―――多くの方は、痛みの治療=電気や徒手療法というイメージが強いと思いますがこの考えはあっていますか?
西上先生:それは間違っています。笑 基本的には患者教育が非常に大事で、「痛みとは何か」「痛みがあっても動けることを理解する」こういったことが、慢性痛の患者さんには非常に大事で、「自分自身でやる」ということが非常に大事です。
今までなにが間違っていたか、というとそれは日本人の特性にあると考えています。ある有名な先生が言ったことが学会、本、いまではSNS等で広まり、その情報を強く信じるがゆえ、それを全く変えようとしない特性です。
習慣やルールが一旦広まってしまえば定着しやすい国だと思います。しかし、それが時の経過とともに、世界的にみると非常識ということになることがあります。
―――そのようなことは、特に日本で多いように感じています。
西上先生:実際のところ、「日本でやっていることがおかしいのか」というのはわからないし、「海外が正しいか」というのも難しいです。
例えば、慢性腰痛患者に対して徒手療法とCognitive Functional Therapy(CFT:認知行動療法を取り入れた運動療法)を比較した時に、「CFTというのが非常に有効だ」という研究結果がある中で、理学療法士としてどちらを選択するのかは重要なところです。
オーストラリア理学療法学会に行ったときに、非常に感銘の受けた2つの経験をしました。1つは、プレカンファレンスの時、筋骨格系のセミナーでグループワークを行なっていた時です。
近くにいた女性に、「最近徒手療法やっていますか?」と、聞いてみたところ、「昔はやっていたけれど効果がないので、いまはやっていない」というのです。「今は何をやっていますか?」と聞くと、「患者教育をやっています」と。「患者教育は非常に効果的だから」といっていました。
2つ目は、うちのボス(Lorimer Moseley教授)が講演していて、ある女性が質疑応答の時間に「あんたの20年前の本で、患者教育が大事だよということを知ってから私の臨床は変わったの」といっていました。
つまり、この2人の女性は、それまでの常識にとらわれず、自分たちを変える力が非常にあるのだなと感じる経験でした。日本人にはその力がないのか、その力を抑制する力が強いのかもしれません。
―――話を戻しますが、結局痛みの治療にはコミュニケーションが必要ということでしょうか?
西上先生:もちろんそれも重要です。さらに重要なのは、患者さんの理解です。「疼痛とは何か」と、いうことを分かってもらうことが大事ですね。
慢性痛の患者さんには特に大事で、「器質的な問題がない状況で、痛いというのはどういうことなのか」と、いうことを分かってもらう必要があるし、あとは急性痛から慢性痛に移行させないということです。
やはり、運動に対する不安を抱え続けると、慢性痛に移行しやすく、急性期の状態からそれをつくらないよう努めます。現在も大阪大学医学部附属病院疼痛医療センターで週に1回、慢性痛患者さんの臨床を行いますが、なかなかよくならないケースも存在します。
その点を踏まえて、これからは急性期の時点で、患者教育をおこなうことが、重要な課題になってくると思います。それを伝えて行くことが私たちの使命だと考えています。
―――疼痛に対するアプローチの認識を変える際に、学校教育において「触るのが大切」という部分をどうにか変えなければならないと思うのですが。
西上先生:確かにその通りです。札幌の三木さんと一緒に、雑誌ペインクリニック(2017 年 5 月号Vol.38No.5通巻347号)[これからの慢性痛の運動療法とは:オーストラリアでの経験を踏まえて]というのを書かせてもらいました。
三木さんがカーティン大学で受けた「ペインマネジメント」の授業の中で、「疼痛とは何か」「運動療法の工夫」「集学的診療の効果」など、学部教育の中で疼痛を取り入れていくことが非常に大事になります。
しかし、現実には、日本では教えられる教員が圧倒的に足りていないという現状から、教えられる人を育てるためにもペインリハビリテーション学会の取り組みが必要になってくると考えています。
―――甲南女子大学に入ると、学べますか?
西上先生:うーーーん。笑 それをどの科目で教えるのかというのが非常に難しく、今後カリキュラムの変更がある際に、「疼痛」という科目を組み込めるのかが課題ですね。または、私のゼミに入り、私が行なっている臨床に同行して学ぶ方法があります。
―――現時点で疼痛患者さんを担当する療法士がいます。ズバリ、まずは何から取り組めば良いでしょうか。
西上先生:いい質問ですね。いい質問であり、難しい問題ですが、まず、私たちが大阪大学医学部附属病院疼痛医療センターで行なっていることをご説明します。私たちが疼痛患者さんに対して何をみているのかというと、集学的診療という観点で、その患者さんがよくなる可能性があるのか否かを見極めます。
この時、急性疼痛と慢性疼痛をまず分けて考えます。慢性疼痛の場合、“能力障害”の有無をみます。そして能力障害があれば、そこに対して運動療法を行います。能力障害がないにもかかわらず、痛みだけを訴える患者さんの場合は、改善が困難なケースが多いです。
それを聞き出すポイントは、「何に困っているのか」という部分です。特別な訴えはなく、「痛い」とだけ答える人には、「痛み以外に、困っていることはあるのか、例えば、歩くのは何分できるのか?、階段の昇り降りはできるか」という問いに対してどのような答えが返ってくるのかによって、アプローチ方法を考えます。
「座っている時に痛い」と言われれば座り方の工夫をします。まずは、痛み以外のActivityに焦点を当て、それに対してアプローチをします。
大事なことは、長年慢性痛を抱えている人は痛みがゼロにならない人が多いです。「痛みはゼロにはならない」という理解を持つことが大切で、「ゼロにはならないけど、能力障害の改善に伴って、痛みが減少しますよ」と話します。
昔、講演会を行なっていた時のことです。講演が終わった後、女性の理学療法士が私に相談にきました。その女性は、今ご自身が担当されている患者さんの話を聞かせてくれて、私はそれに対して、いくつかの理由から「多分それ良くならないですよ」と伝えました。
それを聞いた女性は、その場で涙を流し始めまして、「そんなこと言ってくれる人今までいなかった」と。その方曰く、「私のせいで治らないんだと思っていました」と言っていたのが、非常に印象的でした。
もちろん、患者さんに対して最大限の能力を発揮し、改善させようとすることは大切です。それと同時に、痛みは取れなくても、能力障害の改善をもって、改善とする理学療法士側の納得も非常に重要だと思います。
このような経験で、治らない患者さんに対して泣くほど苦しんでいる理学療法士もいるんだなと。どうにかしたいなと思いましたね。
次のページ>>腰痛であればRDQ、腰痛であればRDQ、上肢であればQuick DASH
西上 智彦先生のプロフィール
学歴
平成14年 広島県立保健福祉短期大学保健福祉学部理学療法学科 卒業
平成20年 高知大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程 修了
平成26年 愛知医科大学大学院医学研究科臨床医学系専攻博士課程 修了
職歴
平成14年 医療法人永広会島田病院リハビリテーション科
平成16年 高知大学医学部附属病院リハビリテーション部
平成22年〜現職 甲南女子大学看護リハビリテーション学部理学療法学科 准教授
平成25年 大阪大学医学部附属病院疼痛医療センター 非常勤理学療法士
平成27年 Sansom Institute for Health Research, University of South Australia
Postdoctor
学会活動
日本ペインリハビリテーション学会 理事
日本運動器疼痛学会 評議委員
日本疼痛学会 評議委員
社会活動
NPO法人いたみ医学研究情報センター 理事