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第198回 脊髄損傷者の専門トレーニングジム J-Workout 代表取締役社長 伊佐拓哲先生 no.1

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手足が動かない…

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——— 差し支えなければ、伊佐さんがケガをされた理由を教えていただけますか?

伊佐先生:私は、テレビ番組の企画に出演し、その企画の、ある競技の途中に大きな玉の下敷きになってケガをしました。

正直、ケガをしてすぐに「手足が動かない」ということがわかっていて、「これはまずいな」と感じていましたね。

最初のリハビリは座るところからはじまって、ベッド上で食事をしたり、着替えをしたり、車椅子をこいだり、生活していく上で最低限のリハビリを入院中に行っていました。

 

脊損専門トレーニングジムを見学しに渡米

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——— J-Workout創始者の渡辺淳さんに出会ったきっかけは?

伊佐先生:中学からの同級生だったんですよ。

私が退院して1年後、アメリカのProject Walk(脊髄損傷者専門トレーニングジム)という施設を知り、当時サンディエゴに留学していた渡辺に通訳をたのみ、見学に行きました。

Project Walkに出会ったきっかけは、私が退院し、大学に復学していた頃、アメリカから療法士の先生が来て、在宅で出来るメニューをレクチャーする会があり、参加しました。

その話の中で、アメリカでは、脊損患者に急性期でもガンガントレーニングするという話を聞き、「これはいいな」と率直に思いました。

その話の中に、民間でもトレーニングしている施設がカリフォルニアにあると聞いた場所がProject Walkでした。

 

J-Workout創設の経緯

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——— J-Workoutの立ち上げは渡辺さんと一緒にやられたんですか?

伊佐先生:アメリカの施設を見学した頃に、渡辺が「ここに入るわ」と決め、大学の学部も教育学部から体育学部に編入しました。

卒後、Project Walkに就職希望をだし、翌年からアシスタントとして入りはじめていましたね。2005年頃だったと思います。

私も、クライアントとして渡米しました。2006年に向こうでビザを出してくれるということでビザをとって1年間向こうに行き本格的に移住し、渡辺と一緒に生活しながら過ごしました。

渡辺は、普通よりも速いスピードでトレーナーまで昇進し、日本人特有の細やかな指導からアメリカ人の指名も取れるようになっていました。

最終的に先輩から、「そろそろ日本に帰って立ち上げたら?」と声をかけられ、「一緒に帰ろうか」という流れになりました。

それで、2007年に海外プロジェクト公認の店舗ということで、日本でJ−Workoutが立ち上がりました。

 

目次

  1. [1]J-Workout創設の経緯

  2. [2]実際のトレーニングの流れ/a>

  3. [3]患者・医療従事者へのメッセージ

 

伊佐 拓哲先生 経歴

【経歴】

2012年12月 ジェイ・ワークアウト株式会社 取締役 就任

2014年7月 ジェイ・ワークアウト株式会社 代表取締役社長 就任

現在に至る。

【所属】

脊髄損傷者の専門トレーニングジム J-Workout

 

 

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