地方におけるST不足問題はどうすれば解決できるのか【内山 量史】

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ー 内山先生が言語聴覚士になろうと思った経緯を教えてください。

 

内山先生 生まれが三重県にある尾鷲市で漁師町だったので、父親はマグロの遠洋漁業に出てしまって、ほとんど家にいないような家庭で育ちました。

 

母親は看護師で、過疎の町の中にある小さい診療所に勤めていて、物心がついた頃から「医療に従事したい」とは漠然と思っていたんですよね。診療所に遊びに行ったこともありました。

 

中学生になって野球をやるようになってからは、「腰が痛い」「肩が痛い」ってなったときに、リハビリという言葉を知って、怪我をして車いすで歩けなかった人を、歩いて帰せるようにするというのを知って、すごい仕事だなと思って。それで、最初は理学療法士を目指していたんですよ。

 

ただ、そのころは養成校の倍率もすごく高くて、幸か不幸かどこにも受からず。浪人もして。それでも理学療法学科を受けていましたが、届いた合格通知がなぜか言語療法科だったんですよ(笑)。理学療法学科は無理でも、言語療法科は定員が割れていたんでしょうね。当時は、資格もない仕事でしたから、少なからず戸惑い悩みました。でも、もしかしたらパイオニアになれるかもしれないと思い、進学を決めました。

 

今考えたら、それもよかったと思っていますよ。理学療法士になっていたら、今みたいな役職で仕事を色々とやらせていただくことなんてなかったでしょうから。これも運命だったのかなと。

 

ー 今まで「理学療法士になっておけばよかった」みたいな葛藤ってなかったんですか?

 

内山先生 平成2年からずっとここ(春日居サイバーナイフ・リハビリ病院)に勤めているんだけど、憧れの職業だった理学療法士の仕事を、いざ間近で見ているとやっぱりカッコいいなと思いましたね。

 

歩けるようになるということは、生活を変えられるわけじゃないですか。自分の仕事は、話せない人が「えんぴつ」だとか簡単な単語を言えるようにはできるけれども、生活まではあまり変えられない。だからこそ、「コミュニケーションが取れるだけではなく、生活まで変えられる言語聴覚士になろう。」「訓練室の中だけの訓練ではなく、日常会話に繋げられる仕掛けまで作りたい」と、臨床一年目の頃から思っていました。

 

ー 先生は言語聴覚士協会の広報を長年担当されてきていますが、どのような活動をされてきたのか具体的に教えていただけますか?

 

内山先生 言語聴覚士協会の理事になって、初めて任された仕事が広報部で、協会内の会員に情報を発信したり、非会員の方に魅力を持ってもらえるような仕掛けを作ったりしてきました。ただ数年経った時に、これでは一般の市民に国民に言語聴覚士という仕事を、知ってもらうことを同時並行でやらないと若い言語聴覚士が増えていかないと気づきました。

 

そこからは、一般的な広報活動もしたいと協会の中でアピールをして。西城秀樹さんのイベントをやったりだとか、今井絵理子さんへインタビューにしたりだとか、僕自身もいろんなメディアに出させてもらいました。

 

ー 確かに言語聴覚士はどこの病院・施設も人数が足りていないと聞きますから、まずはそもそも全体の母数を増やす必要があると言えますね。

 

内山先生 協会として、言語聴覚士の魅力を若い世代に発信していくのは大切な仕事です。出版社にもお願いをして、言語聴覚士の本を作るときは、日本言語聴覚士協会の監修が必ず入れるようにして、資料提供や執筆者の選定から携わらせていただいています。

 

今は、中学生・高校生向けの「“目指せST(言語聴覚士)”http://mezase-st.com/」というWebサイトも、今リニューアル中です。STに向いているかどうかの適正診断や、資料を通して進学を検討してもらえればと思っています。

 

では、山梨県レベルでの対策はどうすればいいかというと、課題はなかなか複雑です。というのも、言語聴覚士になるための養成校が一つもありません。県民にこの仕事を知ってもらうという点では、かなりのマイナスポイントですよ。

 

1日リハビリテーション体験といって、高校生が病院に職能体験をする県の事業もあって、嚥下食を一緒に食べてもらったり、仕事を体験したりすると、中には「この仕事いいですね。」と目指そうとしてくれる子もいます。

 

ただ、それでも今の子は、あまり親元を離れたがらないので、そうなると県内に養成校がないので断念せざるを得ない。また、県外の学校に進学しに行っても、山梨に戻って来てくれなければいけません。

 

ー 県内に言語聴覚士の養成校を作るという選択肢はないのではないですか?

 

内山先生 少子化で、子供の数が減っていっているので、学校を増やすという選択は、現状では難しいですね。

 

ー 1日リハビリテーション体験した子のうち、実際どれくらいの子が言語聴覚士の養成校に進学したかとかって分かったりするんですか?

 

内山先生 一応、山梨県が県内の高校生がどれくらい理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の養成校に進学したかというデータは出してくれています。今年は、6人で全員が女性です。そのうち体験参加者は1人ですので、割合からしたら多いと言えるのではないでしょうか。

 

うちで働いている言語聴覚士の中には、もともと山梨県で生まれ育ったわけではない子もいます。ただ、女性が多い職業ですので、結婚などのライフイベントでなかなか長く定着してくれないというのが悩みのタネです。

 

ー 今の若手セラピストはモチベーションも低い中で働いている人も多いと思います。

 

内山先生 うまく仕事が行かなかったりだとか、楽しい仕事ばっかりじゃないですからね、辛いこともあるんだけど。ただ我々、技術職なのだから、やっぱり一生懸命患者さんに寄り添って、熱意を持ってやってほしいなとは思います。

 

よく若手セラピストに「自分の親や大切な人が脳梗塞になったら、1年目のSTと30年目のST、どちらにリハビリテーションをやってもらいたいですか?」と話をすることがあるんだけど。多くはベテランの先生にやってもらいたいと思っている人が多い。

 

だけど、一生懸命患者さんと向き合って、一、二年目でも今の知識と経験でできることを患者さんに示して、プラスアルファを先輩が助言するようにすれば、患者さんにとっては1年目でも30年目でも別にいいんですよ。

 

技術に関して突き詰めていけば、STになって30年以上経った今でも、悩むことはたくさんあります。だから、自分がやっていることが全て正しいと思わず、新たな可能性を探索する学ぶ姿勢を持っていってほしいです。

 

あとは、”患者さん”ではなく、”生活者”として家に帰す意識を持ってもらいたいと思っています。“患者さん”って呼ぶのは病院だけで、それまでは町や家で生活をしてきた一般の人です。そのためにも、先ほど述べた通り、ただ食べれるようにするとか、ただ話せるようにするだけで満足するのではなく、役割を持って家に帰すというところまでこだわってほしいですね。

 

ー 先生にとってのプロフェッショナルとは何ですか?

 

内山先生 仕事の魅力やリハビリテーションの魅力をちゃんと人に伝えれる人です。伝えられる人っていうのは、それだけの経験をしてきていないと多分伝えられないと思うので、そういうふうに思っています。

 

地方におけるST不足問題はどうすれば解決できるのか【内山 量史】

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