児童の運動習慣が二極化|児童の運動器健診で身体機能低下を予防、運動療法プログラム開発に期待

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国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻の杉浦 英志 教授は、同専攻の伊藤 忠 客員研究者(愛知県三河青い鳥医療療育センター三次元動作解析室:動作解析専任研究員 兼務)、愛知県三河青い鳥医療療育センター整形外科の則竹 耕治 センター長、小児科の越知 信彦 センター長補佐及び伊藤 祐史 医長らとともに、小学校児童における「身体活動」 注1)と「四肢骨格筋量」 注2)との関係を調べ、「身体活動」が少ない児童は、「四肢骨格筋量」が減少しやすいことを明らかにしました。

 

 

近年、児童の運動不足による身体機能の低下が指摘されており、運動器障害 注3)のリスクが高くなっています。国内外の各種調査報告によると、児童の運動習慣の二極化が起きており、児童の身体機能を調査することは重要ですが、これまで、身体機能に着目した国内の研究報告はほとんどありませんでした。

 

本研究は、そうした身体機能のほか、「身体活動」と「四肢骨格筋量」に着目した研究であり、児童の低下しやすい身体機能を把握する手掛かりになる可能性があります。また、児童の運動器健診は、児童の身体機能低下の予防に繋がることが分かり、特に「身体活動」と「四肢骨格筋量」の評価が重要で、「身体活動」の増加が「四肢骨格筋量」減少を予防できる可能性を踏まえて、今後、児童への適切な運動療法のプログラム開発が期待されます。

 

 

本研究成果は、2021 年 5 月 26 日付国際科学雑誌「PLOS ONE」の電子版に掲載されました。 本研究は、愛知県岡崎市教育委員会、岡崎市医師会、愛知県小児科医会の承認を得て実施されました。 

 

ポイント

・児童の中高強度の「身体活動」と「四肢骨格筋量」に関連が認められた。

・中高強度の「身体活動」を1日あたり1時間以上、週5日以上実施していない児童は、「四肢骨格筋量」が減少しやすい。

・世界保健機構が推奨する「身体活動」を満たしていない児童は、「四肢骨格筋量」が減少するリスクは、満たしている児童の2.34倍になる。

・児童の「身体活動」と「四肢骨格筋量」評価を行う運動器健診は、身体機能低下の予防に繋がる。

 

▶︎https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20210611_med.pdf

 

研究背景

「身体活動」の多い生活スタイルは、筋肉と身体の健康を改善し、小児期や青年期の身体組成や身体機能に良い影響を与えます。世界保健機構による国際的な推奨事項、2018年の米国のガイドライン及び英国のチーフメディカルオフィサーは、小児期から青年期において、週5日以上、1日1時間以上の中高強度の「身体活動」を行う必要があることを示しました。

 

「身体活動」は、人口統計学的および社会的要因によって異なりますが、2008年、推奨される「身体活動」を実施している13~15歳の青年の世界的な割合は19.7%でした。(12か国の9~11歳の子どもを対象とした研究結果(2016年):44.1%、オーストラリアの4~13歳の健康な子どもを対象とした研究結果(2019年):42.0%)。

 

しかし、これらの研究では、推奨レベルの「身体活動」と「身体機能(筋力、バランス機能、歩容など)」との関係については評価されておらず、「身体活動」は、「骨格筋量」と「筋力」を増加させるために重要であると報告されています。

 

最近では、子どもが「サルコペニア」 注4)や「慢性疾患」を発症する可能性があることが研究で示されていますが、「身体活動」が低い子どもは、人生の後半で「サルコペニア」のリスクとなる可能性があります。

 

したがって、推奨レベルの「身体活動」を行っていない子どもの「身体機能」や「骨格筋量」の低下の兆候を確認することは価値があると考えられます。

 

しかし、すべての研究が、子どもの骨格筋量、身体機能、身体活動の関連性を確認しているわけではなく、知る限り、アジア圏内の学童期の子どもを対象に、これらの関連性を調査した研究はありません。本研究は、日本の学童期の児童を対象に、「身体活動」及び「四肢骨格筋量」「身体機能」の関連性を検討しました。

 

研究成果

本研究では、2018年1月~2019年12月の期間に運動器健診(図1)に参加した、6~12歳(9.5±1.9歳)の推奨された「身体活動」を満たすことができている児童153人(男児83人、女児70人)と、推奨された「身体活動」を満たすことができていない児童187人(男児82人、女児105人)の結果を分析しました。

図1. 運動器健診の様子

「身体活動」は、世界保健機構が作成した質問紙の日本語版を使用し、参加した児童に聴取を行い、推奨されている「身体活動」が実施されていない児童を判定しました。その結果に基づいて、「身体機能評価(四肢骨格筋量、体脂肪率、歩容、歩行速度、握力、5回椅子から立ち座りテスト 注5)、Timed UP-and-Go test [TUG]  注6)、片脚立位、歩行効率 注7)」を比較しました。その結果、推奨された「身体活動」を満たしていない児童は、「四肢骨格筋量」「歩容」「握力」「TUG」「片脚立位」において、両群の間に統計学的有意差があり、全ての項目で低い値を認めました(図2)。

 図2.推奨された身体活動を満たすことができない児童の身体機能低下の特徴

次に、「身体活動」との関連を調査するために、年齢と性別で調整された二項ロジスティック回帰分析をしました。その結果、推奨された「身体活動」を満たしていない児童は、「四肢骨格筋量」「体脂肪率」「歩容」「TUG」「片脚立位」が「身体活動」と関連していることが認められ、特に「四肢骨格筋量」との関連が高い(オッズ比:2.34倍)ことが明らかになりました(図3)。

 

これらの結果から、児童の「四肢骨格筋量」の発達には、推奨された「身体活動」の実行が重要であることが示されました。

図3. 本研究の結果から推察される身体活動低下による身体機能低下のリスク

 

今後の展開

運動器障害が発生しやすいリスクが高いことを明らかにしました。本研究により、従来の運動器調査項目に加えて、医療従事者による運動器健診による身体機能を総合的に評価することは、児童の身体機能を把握し、機能低下の予防に繋げていく上で、重要な評価であることが分かりました。

 

また「身体活動」の調査と「四肢骨格筋量」の評価は、児童の「サルコペニア」の評価に役立つことが考えられます。今後、活動量計を使用して実際の「身体活動」を調査し、「身体活動」を高めるために必要な介入を行うことで、「四肢骨格筋量」が増加するかを明らかにする研究へと発展することが期待されます。

 

用語説明

注1)身体活動:安静にしている状態より多くのエネルギーを消費する全ての動き。

注2) 四肢骨格筋量:四肢の筋肉量を身長(m)の 2 乗で割った「生体インピーダンス法」※や二重エネルギーX 線吸収測定法の値。今回は前者で評価。

※「生体インピーダンス法」とは、身体に微弱な電流を流し、その際の電気の流れやすさを計測することで体組成を推定する方法。

注3) 運動器障害: 骨や関節などの運動器の働きが低下して、立つ、歩くといった動きがしにくくなった状態。

注4) サルコペニア:筋肉量が減少することで、筋力や身体機能が低下する状態。

注5) 5回椅子から立ち座りテスト:膝を90°曲げて座ることができる椅子から、最大限の速さで立ち座りを5回繰り返す。

注6) Timed UP-and-Go test [TUG]:椅子から立ち上がり、3m 先のコーンを目指して歩 き U ターンをして椅子まで戻って座るまでの時間を測定。

注7) 歩行効率:(歩行中の心拍数-安静時心拍数)/歩行速度の式で算出された値。

 

論文情報

雑誌名:PLOS ONE

論文タイトル:Relationship between the skeletal muscle mass index and physical activity of Japanese children: A cross-sectional, observational study

著者:Tadashi Ito1,2*, Hideshi Sugiura2, Yuji Ito3, Koji Noritake4, and Nobuhiko Ochi3

所属:

  1. Three-Dimensional Motion Analysis Room, Aichi Prefectural Mikawa Aoitori Medical and Rehabilitation Center for Developmental Disabilities, Okazaki, Japan
  2. Department of Physical Therapy, Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Japan
  3. Department of Pediatrics, Aichi Prefectural Mikawa Aoitori Medical and Rehabilitation Center for Developmental Disabilities, Okazaki, Japan
  4. Department of Orthopedic Surgery, Aichi Prefectural Mikawa Aoitori Medical and Rehabilitation Center for Developmental Disabilities, Okazaki, Japan

*筆頭著者・責任著者

DOI:10.1371/journal.pone.0251025

English ver. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0251025

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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