鎮静・抗コリン作用薬剤の処方が多いほど要介護認定リスクが高まる〜つくば市の医療介護レセプトデータを解析〜

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高齢者は慢性疾患の治療薬を複数服用していることが多く、薬剤関連の有害事象に対する注意が特に必要です。なかでも鎮静作用(中枢神経抑制や筋弛緩作用)や抗コリン作用(自律神経の働きを調整する神経伝達物質アセチルコリンの働きを阻害する作用)を有する薬剤は、フレイルと呼ばれる心身の虚弱化や転倒、認知機能低下を起こす危険があることが指摘されています。しかし、これらの薬剤の使用が実際に高齢者の生活自立機能の低下と関連しているのか、日常の診療行為に基づく情報(リアルワールドデータ)を用いての検証はなされていませんでした。

本研究では、「つくば市及び国立大学法人筑波大学の医療介護分野におけるデータ分析に関する覚書」に基づいて、つくば市から筑波大学に提供された医療レセプトと要介護認定調査を連結した匿名化データセットを用い、高齢者における鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の使用と初回の要支援・要介護認定の発生リスクの関連を調べました。

他の要因の影響を統計学的に調整して分析した結果、これらの薬剤の累積処方量が多いほど要支援・要介護認定のリスクが大きくなることが明らかになりました。この結果は、鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の高齢者への処方は、リスクを上回る利益が期待される場合にのみ必要最小量で行われるべきことを示しています。

本研究成果が、医療現場における薬剤処方の意思決定や地域の保健行政に役立てられ、高齢者への同薬剤の処方を低減する機運がさらに高まることが期待されます。

研究代表者

筑波大学 医学医療系/ヘルスサービス開発研究センター

田宮 菜奈子 教授

研究の背景

高齢者は慢性疾患の治療薬を複数服用していることが多く、薬剤関連の有害事象に対する注意が特に必要です。なかでも鎮静作用(中枢神経抑制や筋弛緩作用)や抗コリン作用(自律神経の働きを調整するアセチルコリンの働きを阻害する作用)を有する薬剤は、フレイルと呼ばれる心身の虚弱化や転倒、認知機能低下を起こす危険があることが指摘されています。しかし、これらの薬剤の使用が実際に高齢者の生活自立機能の低下と関連しているのか、リアルワールドデータを用いての検証はなされていませんでした。本研究では、「つくば市及び国立大学法人筑波大学の医療介護分野におけるデータ分析に関する覚書」に基づいて、つくば市から筑波大学に提供されたつくば市の医療介護データを用い、高齢者における鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の使用と初回の要介護認定発生リスクとの関連を推定しました。

研究内容と成果

国⺠健康保険・後期高齢者医療制度の被保険者となっているつくば市⺠(65 歳以上の市⺠の約 9 割)を研究対象としました。2014〜18 年度に新規要支援・要介護認定者となった高齢者(以下、新規要介護認定者群、2123 例)の認定前 24 カ月間の鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の処方量と、新規要介護認定者群と年齢・性別・生活圏域・観察期間が一致する未認定の対照群(4万 295 例)の同薬剤の処方量を医療レセプトからそれぞれ算出し、比較しました。

鎮静・抗コリン作用を有する薬剤として、日本老年医学会による「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015」の「特に慎重な投与を要する薬剤のリスト」注1)の中から、鎮静・抗コリン作用を有する 109剤(11 クラス)注2 )を選定しました。これらの 24 カ月間の累積処方量を、Defined daily dose(DDD)注3)により標準化して算出しました。また、鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の処方量を算出する手前の 6 カ月間のレセプトから、要介護認定の原因となりうる傷病の有無、通院・入院状況を測定し、これらの要因の影響を条件付き多変量ロジスティック回帰分析で調整することで、薬剤の処方による独立したリスクを推定しました(参考図1下)。

分析の結果、要介護認定リスク(調整後オッズ比)は鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の累積処方量が多いほど(使用なし群と比較して、1‒364DDD で 1.07、365‒729DDD で 1.25、730DDD 以上で 1.33)、使用された薬剤クラス数が多いほど(使用なし群と比較して、1種類で 1.07、2種類で 1.19、3種類以上で 1.42)要介護認定リスクが高まるという用量反応的な関連が認められました(参考図2下)。

これらの結果は、処方量の算出のラグタイム注4)を 12 カ月に延⻑する、慢性疾患併存の標準的指標である Charlson Comorbidity Index の傷病の有無を調整する、定期的な医療受診があった人だけを分析するなどの条件変更を行っても同様でした。

本研究では、全ての薬剤についての多剤併用による要介護認定リスクも推定しており、上記の鎮静・抗コリン作用を有する薬剤によるリスクの推定も多剤併用の影響を統計的に調整したものです。

今後の展開

レセプト傷病名では疾患の重症度や生活への負荷が完全には調整できておらず、本研究には、薬剤処方のリスクが過大評価されている可能性があります。このため、鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の減量が高齢者の自立期間を延⻑するかどうかについてはさらなる検証が必要です。しかし、これらの処方が地域ポピュレーション全体において要介護認定の発生リスクと関連していることを示したことは、市町村が医療機関や薬局などと連携して地域全体でこれらの処方の低減に取り組んでいく施策の根拠となります。また、医療現場においても本研究成果が活用され、鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の使用を最小限にするような患者と医師の共同意思決定注5)が実践されることが期待されます。

参考図

図 1 薬剤処方量の算出期間の時間的位置づけ

図2 鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の使用と要介護認定リスクの関連

用語解説

注1)特に慎重な投与を要する薬剤のリスト

高齢者において潜在的に有害事象が多い可能性があり、効果が確かでより安全な代替薬が存在しない場合にのみ慎重に使用すべき薬剤のリスト。

注2)鎮静・抗コリン作用を有する 11 クラスの薬剤

抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬、三環系抗うつ薬、スルピリド、抗パーキンソン薬(抗コリン薬)、受容体サブタイプ非選択的α1受容体遮断薬、H1受容体拮抗薬(第一世代)、H2受容体拮抗薬、制吐薬、過活動性膀胱治療薬。

注3)Defined daily dose (DDD)

世界保健機構による1日投与量の基準値。365DDD は 1 日の維持用量 1 年分に相当する。

注4)ラグタイム

薬剤処方の算出から除外される要介護認定の直近期間。要介護状態に移行する健康状態悪化の結果として鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の処方が増加するという逆向きの因果関係の可能性を低減することを目的としている。

注5)共同意思決定

治療者と患者が情報と価値観を共有した上で共同して治療方針を決定する意思決定のあり方。

研究資金

本研究は、厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業 21IA1010)の助成を受けて実施されました。

掲載論文

【題 名】

Associations of polypharmacy and drugs with sedative or anticholinergic properties with the risk of long-term care needs certification among older adults in Japan: A population-based, nested case-control study.

(ポリファーマシーおよび鎮静または抗コリン作用を有する薬剤の使用と要介護認定リスクの関連:地域レベルのコホート内症例対照研究)

【著者名】

Kuroda N, Iwagami M, Hamada S, Komiyama J, Mori T, Tamiya N

【掲載誌】

Geriatrics & Gerontology International(日本老年医学会公式英文誌)

【掲載日】

2022 年5月 18 日(日本時間)

【DOI】

10.1111/ggi.14393.

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220516140000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

鎮静・抗コリン作用薬剤の処方が多いほど要介護認定リスクが高まる〜つくば市の医療介護レセプトデータを解析〜

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