家族のケアを担う子ども・若者の実態把握へ ――英国ヤングケアラー尺度の日本版作成と 中高生 5,000 名へのヤングケアラー存在率調査結果――

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発表者:

笠井 清登(東京大学大学院医学系研究科 精神医学/東京大学医学部附属病院 精神神経科教授)

金原 明子(東京大学医学部附属病院 精神神経科 特任助教)

発表のポイント:

・英国放送協会(BBC)が行った調査で用いられたヤングケアラー尺度日本版を作成し、日本の中高生 5,000 名に調査したところ、7.4%が「ヤングケアラー」であることがわかりました。

・国際的に比較可能な日本版尺度を作成し、ヤングケアラーの存在率を示したことは日本で初めてです。

・ヤングケアラーの人は、そうでない人に比べて不安や抑うつが強いこともわかり、ヤングケアラーに対する教育、福祉、保健領域における支援の必要性が示されました。

発表概要:

ヤングケアラーとは、ケアを必要とする家族の世話や家事を行うことなど、通常は大人が負うと想定されているような責任を担う 18 歳未満の子どもや若者を指します。ヤングケアラーは英国で生まれた概念ですが、近年日本でも知られるようになり、国や自治体による実態調査や法整備の検討も含めた支援体制の構築が進められています。しかし、日本にヤングケアラーがどのくらいいて、どのようなケアを担っているのかについて、国際的に比較することができる尺度はありませんでした。

東京大学医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授らの研究グループは英国ノッティンガム大学の Stephen Joseph 博士との国際共同研究により、日本と他の国の状況を比較することが可能なヤングケアラー尺度を作りました。さらに、その尺度を用いて、国内のヤングケアラーの存在率を調べました。これは日本で初めてのことです。

具体的には、英国放送協会(BBC)と英国ノッティンガム大学が共同で行った調査において用いられたヤングケアラー尺度の日本版を作成しました。そして、日本の中高生 5,000 名にこの尺度を用いて調査したところ、7.4%が「ヤングケアラー」に該当することがわかりました。ヤングケアラーは、そうでない人に比べて不安や抑うつ(気分の落ち込みなど)が強いこともわかりました。

今後、国際的に比較可能なヤングケアラー尺度日本版によって、日本のヤングケアラーの実情を詳しく調べ、教育、福祉、医療などの支援を届ける必要があります。

本研究成果は、日本時間 9 月 21 日に科学誌「Psychiatry and Clinical NeurosciencesReports」に掲載されました。

(1)研究の背景

ヤングケアラーの定義は、国際的には「慢性的な病気や障害、精神的な問題などを抱える家族の世話をしている 18 歳未満の子どもや若者」とされていますが、日本では、必ずしも病気や障害のために限定せず、「家族にケアを要する人がいるために、本来大人が担うと想定されているような家事や家族の世話などを日常的に行っている 18 歳未満の子どもや若者」としています。

英国では、ヤングケアラーの支援に関する法律が制定されており、先進諸国ではヤングケアラーに関する調査や研究が行われ、その存在率は約 5~8%とされています。日本では、日本ケアラー連盟の活動や、本研究の共同研究者でもある澁谷智子氏の著書などによって、ヤングケアラーという概念の認識が広まってきました。さらに、厚生労働省と文部科学省は、支援体制の構築について共同で審議しており、政府は法整備を含めて検討を進めています。今後、日本でヤングケアラーの支援を行うためには、実態調査が欠かせません。これまでに国や自治体が行った調査では日本におけるヤングケアラーの存在率は約 4~6%と推定されています。今後、英国や他の国々での高度な取り組みから学び、日本のヤングケアラー支援を促進するために、国際比較が可能な尺度を用いて、実態調査を実施する必要があります。本研究は、BBC とノッティンガム大学が共同で実施したヤングケアラー調査で使用された尺度の日本版を作成(日本語に翻訳し、標準化(信頼性と妥当性を検証))することを目的としました。

(2)研究内容

まず、ヤングケアラー尺度日本版(添付資料:YCS-J paper appendix 1 (Japaneseversion) )を作成しました。これは、BBC とノッティンガム大学による調査で使用された尺度を、通常の尺度翻訳の手続きを経て日本語に翻訳したのち、信頼性と妥当性を確認(標準化)したものです。尺度の項目は以下の通りで、選択式で回答を求めます。国際的な定義に則って、①と②を満たす場合、ヤングケアラーと判断します。

 

<尺度の項目>

①同居家族に病気や障害を抱えている人がいるか

②いる場合、その人の手助けをしているか

③その人は家族の中の誰か

④その手助けが必要である理由

⑤同居家族に病気や障害を抱えている人がいるかいないかに関わらず、過去1か月間の手助けの内容・頻度

 

さらに、この尺度の一部(項目①、②)を用いて大規模なヤングケアラー存在率調査を行いました。首都圏の一つの都道府県における私立全日制中学校・高等学校の団体の協力により、加盟校に通う 5,000 人の中高生に対して調査を実施したところ、ヤングケアラーの存在率が 7.4%と推定されました。これは標準化されていない尺度で調べた日本の調査結果と概ね同じ割合です。この割合は、同じ基準で調べた英国の結果(22%;ケアを多く行っている人に絞ると 7%)よりも低い数字でしたが、他のヨーロッパ各国で行われた結果とは類似していました。日本が英国に比べて、ヤングケアラーの存在率が低い理由は明らかではありませんが、ヤングケアラーの概念が英国ほどは社会で普及しておらず、ヤングケアラーが「ケアをしている」という自覚をもっていない可能性があります。この調査では、ヤングケアラーであるかどうかの質問項目のほかに、不安や抑うつの度合い、向社会性(進んで人を助ける傾向)などについても回答してもらいました。その結果、ヤングケアラーは、そうでない人に比べて不安や抑うつ(気分の落ち込みなど)が強いこともわかりました。一方で、ヤングケアラーは、そうでない人に比べて、向社会性(進んで人を助ける傾向)が高いこともわかりましたが、横断調査であるため、因果関係の解釈には慎重である必要があります。

(3)社会的意義・今後の予定

ヤングケアラーの人は、そうでない人に比べて不安や抑うつが強いことから、ヤングケアラーに対する教育、福祉、保健領域における支援の必要性が示されました。今後は、ヤングケアラー尺度日本版の全項目を活用し、日本のヤングケアラーの実情を詳しく調べ、家族の中の誰に、どのような理由で、どのような種類のケアをしている場合に、心身の負担が強く、支援がより必要なのかを明らかにしていきたいと考えています

 

最後に、ヤングケアラー尺度日本版のわかりやすさについて、貴重なご指摘をしてくださった中学生や中学校教員の方々に感謝いたします。

本研究は、厚生労働省科学研究費補助金(課題番号:20DA1001)、文部科学省科学研究費補助金(課題番号:JP21H05171、 JP21H05174、 JP20H03596、 JP21K13474)などの支援により実施されました。

発表雑誌:

雑誌名:「Psychiatry and Clinical Neurosciences Reports」(オンライン版:9 月 21 日)

論文タイトル:Young carers in Japan: Reliability and validity testing of the BBC/Universityof Nottingham young carers survey questionnaire and prevalence estimationin 5,000 adolescents.

著者:Akiko Kanehara, Ryo Morishima, Yusuke Takahashi, Haruna Koike, Kaori Usui,Shun-ichi Sato, Akito Uno, Yutaka Sawai, Yousuke Kumakura, Sho Yagishita,Satoshi Usami, Masaya Morita, Kentaro Morita, Sho Kanata, Naohiro Okada, SyudoYamasaki, Atsushi Nishida, Shuntaro Ando, Shinsuke Koike, Tomoko Shibuya,Stephen Joseph, Kiyoto Kasai*

DOI 番号:10.1002/PCN5.46

URL:https://doi.org/10.1002/pcn5.46

添付資料:

ヤングケアラー尺度日本版(YCS-J paper appendix 1 (Japanese version) )

詳細▶︎https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/20220921.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

家族のケアを担う子ども・若者の実態把握へ ――英国ヤングケアラー尺度の日本版作成と 中高生 5,000 名へのヤングケアラー存在率調査結果――

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