人工透析医療の合併症「透析アミロイドーシス」に新リスク因子を発見-血中の血清アルブミンを高濃度に保つことがアミロイドーシス予防のカギ-

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【研究成果のポイント】

・人工透析医療により血中の血清アルブミンが減少することで、人工透析患者特有の透析アミロイドーシスの原因であるβ2-ミクログロブリンのアミロイド線維が形成されやすくなることを明らかにしました。

・2021 年、日本で約 35 万人が慢性腎不全の治療のために人工透析を受けています。15 年以上透析治療を受けた透析患者の約 10 人に 1 人が透析アミロイドーシスを発症します。しかしながら、どの患者がこの病気を発症しやすいかを予測することはできませんでした。

・新たな関連因子を発見したことにより、人工透析患者のアミロイドーシスを予防し、人工透析医療のさらなる発展に貢献することが期待できます。

概要

大阪大学国際医工情報センターの後藤祐児特任教授(現・大学院工学研究科、特任研究員)・中島吉太郎特任研究員(常勤)(現・大学院工学研究科、特任助教(常勤))、新潟大学医歯学総合病院の山本卓准教授らの研究グループは、新潟薬科大学、福井大学と共同で、人工透析医療※1 の合併症である透析アミロイドーシスと呼ばれるアミロイドーシス※2の発症機構を蛋白質科学の手法で研究しました。

透析アミロイドーシスは、人工透析を受ける患者に特有の病気であり、透析治療を長期間にわたり受けた患者に発症する合併症です。これまでの研究から、β2-ミクログロブリンと呼ばれる蛋白質のアミロイド線維がこの病気の原因であることが明らかになっていましたが、どの患者が体内でアミロイド線維ができやすく、この病気が発症しやすいかを予測することはできませんでした。

今回、後藤特任教授らの研究グループは、独自開発したアミロイド誘導装置(HANABI-2000※3)により、透析患者等から採取した 100 検体以上の血清を用いた実験を行い、血中の血清アルブミン※4 の量が減少することで、β2-ミクログロブリンのアミロイド線維が形成されやすくなることを解明しました。これまで、人工透析を受ける患者の体内で血清アルブミンの量が減少することは知られていましたが、これが透析アミロイドーシスの発症機構に関連すると考えられたことはありませんでした。新たな関連因子の発見により、人工透析を受ける患者の合併症を予防し、透析医療のさらなる発展に貢献することが期待されます(図 1)。

本研究成果は、Nature Research が提供するオープンアクセス・ジャーナル Nature Communicationsに、2022 年 10 月 3 日(月)18 時(日本時間)に公開されました。

図 1:本研究では、多くの透析患者血清を独自開発した HANABI-2000 で分析し、血中の血清アルブミンの減少がβ2-ミクログロブリンアミロイドの形成を促し、透析アミロイドーシスの発症リスクを高める可能性があることを明らかにしました。

研究の背景

人工透析医療は、腎不全患者の生命維持のために重要な医療です。人工透析をひとたび始めると、これを終生続ける必要があるため、10 年以上の期間にわたり人工透析を受けている患者は珍しくありません。透析期間が 15 年を越える患者の約 10 人に 1 人が透析アミロイドーシスと呼ばれる合併症を発症し、手首や関節の強い痛みや運動障害などの症状が現れます。この病気の原因は、β2-ミクログロブリンのアミロイド線維です。透析をはじめると血中のβ2-ミクログロブリン濃度が高まり、透析期間が長期化することでも発症リスクが高まります。事前に発症リスクを察知し、病気を予防することが望まれますが、現在の医学では発症予測は困難であり、β2-ミクログロブリン濃度上昇、透析期間の長期化に加え、未知のリスク因子の存在が予想されています(図 2)。

図 2:発症リスク因子と実際の発症例。透析期間が長く、血中β2 ミクログロブリン濃度が高い患者が必ず発症するわけではなく、発症予測が困難。

研究の内容

後藤特任教授・山本准教授らの研究グループでは、透析アミロイドーシスの新たなリスク因子を探索するために、透析患者血清と独自に開発した超音波を利用したアミロイド誘導装置 HANABI-2000 を用いました。

健常者血清と透析患者血清の違いを分析したところ、透析患者の体内は健常者と比較してアミロイドが形成されやすい危険な環境であることがわかりました(図 3A)。次に、透析患者血清を一回の透析治療前後で採取し、その違いを分析しました(図 3B)。実験から、透析治療の直後はリスクが低下した状態であることがわかりました。研究の結果から、透析患者の血清環境はアミロイド形成リスクが高まっていますが、こまめに透析治療を受けることでそのリスクを低減できることがわかりました。

さらに研究を進めると、血中の血清アルブミンがアミロイド形成を妨げていることが明らかになりました(図 4)。血清アルブミンは「マクロモレキュラークラウディング(高分子混み合い)」効果によって血中の蛋白質の恒常性(プロテオスタシス)の維持に関わっていると考えられます。血清アルブミンの量が減ってしまうことが、血液中でのアミロイド線維形成を容易にし、透析アミロイドーシスに至る可能性が示唆されます。血清アルブミンは栄養状態を示す指標でもあるため、栄養維持により透析アミロイドーシスを予防できる可能性があります。

図 3:研究で得られた実験結果の模式図。(A) 透析患者血清と健常者血清の効果の比較。(B)透析患者血清の透析治療前後の効果の比較。

図 4:血清アルブミンがβ2 ミクログロブリンのアミロイド線維形成を妨げる仕組み。血清アルブミンがβ2-ミクログロブリンと結びつき、アミロイドを形成させないように恒常性を保っている。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、血中の血清アルブミンが減少することが、β2-ミクログロブリンのアミロイド線維形成を容易にし、透析アミロイドーシスの発症リスクを高めることが新たにわかりました。この知見をもとに、人工透析医療による合併症の根絶に貢献することが期待されます。また、透析アミロイドーシスのみならず、アルツハイマー病やパーキンソン病などの他のアミロイドーシスも含めた予防や治療の進展にもつながる可能性を秘めています。

特記事項

本研究成果は、2022 年 10 月 3 日(月)18 時(日本時間)に Nature Research が提供するオープンアクセス・ジャーナル Nature Communications に掲載されました。

タイトル:“Macromolecular crowding and supersaturation protect hemodialysispatients from the onset of dialysis-related amyloidosis”

(高分子混み合い効果と過飽和が血液透析患者を透析アミロイドーシスの発症から保護する)

著者名:Kichitaro Nakajima, Keiichi Yamaguchi, Masahiro Noji, Cesar Aguirre,Kensuke Ikenaka, Hideki Mochizuki, Lianjie Zhou, Hirotsugu Ogi, Toru Ito, IchieiNarita, Fumitake Gejyo, Hironobu Naiki, Suguru Yamamoto, and Yuji Goto

(中島 吉太郎、 山口 圭一、 野地 真広、 Cesar Aguirre、 池中 建介、 望月 秀樹、 LianjieZhou、 荻 博次、 伊藤 徹、 成田 一衛、 下條 文武、 内木 宏延、 山本 卓、 後藤 祐児)

DOI:10.1038/s41467-022-33247-3

なお、本研究は、株式会社ダイセル、並びに株式会社コロナ電気の出資により設立された蛋白質凝集制御デバイス寄附研究部門(2020 年 4 月-2022 年 5 月)の成果であり、大阪大学蛋白質研究所共同研究(CR-21-02)、科学研究費助成事業(20K06580、20K22628、21K19224、22H02584、22K14013)、科学研究費補助金新学術領域研究(17H06352)、日本学術振興会・研究拠点形成事業(A 型)、AMED 先端計測分析技術・機器開発プログラム、公益財団法人 JKA 研究補助事業の一環として行われました。

用語説明

※1 人工透析

医療糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎などの腎臓疾患による腎臓機能の低下を補うための医療の総称です。腎臓は血液から老廃物をこしとり、尿を作り出す役割を担いますが、この役割を人工的に行う医療が人工透析医療であり、主な方法に血液透析と腹膜透析があります。ヒトは尿を排泄することができないと尿毒症で命の危険にさらされますが、1 回 3-5 時間程度の血液透析を週 3 回受けることで生命を維持します。しかしながら、透析アミロイドーシスをはじめとするさまざまな合併症は、患者の生活に悪影響を及ぼします。2021 年、日本では約 35 万人の方が人工透析医療を受けています。透析アミロイドーシスの原因蛋白質がβ2-ミクログロブリンであることは、1985 年、共著者のひとりである下條文武(当時、新潟大学)らによって、世界に先駆けて報告されました。

※2 アミロイドーシス

生体内で蛋白質がアミロイド線維と呼ばれる針状の異常な塊を作った時に引き起こされる病気の総称です。アミロイドーシスの代表として、アルツハイマー病、パーキンソン病、Ⅱ型糖尿病などが挙げれます。本論文で研究した透析アミロイドーシスもこの病気の一つです。治療法が確立されていない難病が多く、その予防や治療は重要な研究課題です。後藤特任教授らのこれまでの研究から、アミロイド線維の形成は、塩の結晶化や水が氷になるのと類似した反応であり、原因物質の過飽和状態(あるいは過冷却状態)が解消されて起きることがわかってきました。

※3 HANABI-2000

後藤特任教授らの研究グループが独自に開発した蛋白質のアミロイド形成反応を研究するための装置で、HANABI は HANdai Amyloid Burst Inducer (阪大アミロイド爆発誘導装置)の略称です。超音波により蛋白質溶液を刺激し、蛋白質の過飽和状態を壊すことによって、短時間でアミロイド線維を作り出します。同時に光を使った計測を行い、アミロイド線維が形成される反応をリアルタイムに計測することができます(図 5)。

※4 血清アルブミン

血液中の蛋白質の約 60%を占める蛋白質であり、浸透圧の調整や物質を運ぶ役割を果たします。栄養摂取が不足すると血液中の量が減少するため、栄養状態や肝臓・腎臓の健康状態を知るための血液検査の検査項目の一つです。本研究から血清アルブミンが高濃度に存在することにより、「マクロモレキュラークラウディング(高分子混み合い)」効果によってβ2-ミクログロブリンのアミロイド線維形成を阻害することが明らかとなりました。

図 5:(左)HANABI-2000 は、患者検体(色の違い)に応じたアミロイド形成リスクを研究することができます。超音波の効果により、まるで花火が打ちあがるように一斉にアミロイド形成を引き起こすことにちなみ HANABI と名付けました。(右)長岡花火大会(新潟県長岡市)の様子。透析アミロイドーシスの原因蛋白質がβ2-ミクログロブリンであることは、1985年、共著者のひとりである下條文武(当時、新潟大学、現・新潟薬科大学学長)らによって、世界に先駆けて報告されました。国民の約 380 人に 1 人が人工透析医療を受ける世界屈指の「人工透析大国」である日本において、透析医療の合併症である透析アミロイドーシスの予防を目指す研究は重要です。

詳細▶︎https://www.niigata-u.ac.jp/news/2022/254204/

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

人工透析医療の合併症「透析アミロイドーシス」に新リスク因子を発見-血中の血清アルブミンを高濃度に保つことがアミロイドーシス予防のカギ-

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