高齢者の人工呼吸器離脱後の誤嚥性肺炎の発症予測のための新たな舌圧測定基準値を報告

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東邦大学医学部総合診療・救急医学講座の一林亮講師、本多満教授、同医学部口腔外科学研究室の関谷秀樹准教授、兼古晃輔助教らの研究グループは、人工呼吸器が使用された患者(原因が脳血管障害を省く)に対して、舌の圧力を測定し、人工呼吸器離脱後の食事開始による誤嚥性肺炎の発症予測ができるかを調査しました。従来、最大舌圧値は嚥下機能障害のある患者で有意に低いことが報告されており、高齢者においては顕著になっています。

本研究では、高齢者で重症患者の人工呼吸器離脱後の最大舌圧の基準値を新たに示しており、従来の嚥下機能評価法に加え、最大舌圧基準値に基づいた誤嚥性肺炎の発症予測が可能であることを示しました。この検査値が、人工呼吸器離脱後の嚥下機能障害予測と経口摂取前の摂食嚥下リハビリテーション開始是非の判定に利用されることが期待されます。

この研究成果は2022年11月7日に 雑誌「Journal of Clinical Medicine」にて発表されました。

発表者名

一林 亮  (東邦大学医学部総合診療・救急医学講座 講師)

関谷 秀樹 (東邦大学医学部口腔外科学研究室 准教授)

兼古 晃輔 (東邦大学医学部口腔外科学研究室 助教)

本多 満  (東邦大学医学部総合診療・救急医学講座 教授)

発表のポイント

・人工呼吸器離脱後の摂食嚥下機能障害の予測精度が舌圧測定の追加により向上します。

・これまで人工呼吸器離脱後に舌圧測定を行った報告はなく、本邦で初めて最大舌圧の基準値を示しました。

・人工呼吸器離脱後の患者に対して、経口摂取を開始する場合、従来の嚥下評価に組み合わせて最大舌圧値を使用することは、誤嚥性肺炎発症の予防につながります。

・COVID-19感染などによる人工呼吸器管理後の経口摂取開始に対しても、応用できることが期待されます。

発表概要

人工呼吸器を使用した患者の約半数は嚥下機能の低下を一時的にきたし、状況によっては食事を再開した時に誤嚥性肺炎をきたします。このため、原疾患が良くなったとしても誤嚥性肺炎を発症し、人工呼吸器の再装着、入院期間の延長など患者に弊害をきたします。

これまで反復唾液嚥下テストや水飲みテストなど複数のスクリーニングテストを行うことにより嚥下障害の存在を確認してきましたが、スクリーニングで存在なしと判定されても、その2割弱の患者で誤嚥を生じ、誤嚥性肺炎が発生しました。最大舌圧値は嚥下機能を反映することは報告されていますが、本研究において人工呼吸器離脱後の患者に対して、最大舌圧を測定し、その新たな基準値を示すことで、これらの有害事象が減少する可能性が期待されます。研究では人工呼吸器離脱後の患者90人に対して、6時間後と24時間後に最大舌圧値を測定しました(図1)。これら90人の患者は、誤嚥をしなかった正常群と誤嚥群にわけられ、患者背景として誤嚥をきたした群は正常群と比較して高齢でした。6時間後と24時間の最大舌圧値の低下は、患者の誤嚥発症に関連し、さらに75歳以上の高齢患者では、診断カットオフ最大舌圧値の17.8kPaを基準として誤嚥リスク判定が可能でした(図2)。

このため、人工呼吸器離脱後に最大舌圧値を測定してから経口摂取を検討することは非常に有用であることを示しました。また、人工呼吸器離脱後の摂食嚥下リハビリテーションの必要性判定や、救命搬送前における食事形態についての変更を行う上で、一つの基準となりうる結果を示すことができました。

発表内容

この研究の参加者は、食事開始を判断するスクリーニングテストである反復嚥下テストと改訂水飲みテストが正常であるため、本来は抜管後に肺炎や誤嚥の発症はありそうにない患者です。しかし、現実には90例中20例で誤嚥が生じています。本研究は、従来のスクリーニング法では検出できない、嚥下障害による人工呼吸器離脱後の経口摂取開始で起こる誤嚥性肺炎を、最大舌圧と従来の嚥下評価方法を組み合わせることで予測できる可能性を示しています。

正常群では抜管6時間後と24時間後にMTP値(注1)に有意差は認められませんでしたが、3日後には値が有意に増加していました。誤嚥群では、MTP値は抜管後1週間で回復しませんでした。抜管後6時間のMTP値は、正常群(25.5 kPa)よりも誤嚥群(13.9 kPa)で有意に低いことがわかりました。本研究では、抜管後24時間で誤嚥群の値は18.7 kPaに回復しましたが、既存報告による正常値(30 kPa)を下回っていました。したがって、嚥下障害を予測する抜管の24時間以内にMTP値を測定することが重要と考えられます。

さらに本研究では、抜管の6時間後および24時間後のMTP値のROC曲線による解析で、MTP値が誤嚥を予測するための指標として使用できることを示しました(図3)。6時間後のMTP値の診断カットオフ値は17.8kPaで陰性適中率は92.2%でした。24時間後のMTP値の診断カットオフ値は23.2kPaで、陰性適中率は94.9%でした。また本研究の結果は、年齢が抜管後の誤嚥の危険因子であることを示しています。75歳以上という年齢因子と救命センター搬入原因疾患という2つの交絡因子調整後の統計的解析では、6時間後の診断カットオフ値17.8kPaによって、有意にリスク判定が可能という結果を示しました。

この判定方法は従来の摂食嚥下機能のスクリーニング検査に加え、24時間以上挿管された高齢者や緊急患者の経口摂取を開始する時期を決定するために使用できます。さらに、MTP値の変化を使用して、経口摂取を再開できる最適な時期と、摂食嚥下リハビリテーションの必要性や実施後の有効性を判定できます。誤嚥性肺炎発症を予防することは、入院期間の短縮や医療費の減少に寄与する可能性があり、COVID-19感染による人工呼吸器装着患者における廃用症候群(注2)による摂食嚥下障害への応用も期待されます。

発表雑誌

雑誌名

「Journal of Clinical Medicine」(2022年11月7日)

論文タイトル

Use of Maximum Tongue Pressure Values to Examine the Presence of Dysphagia after Extubation and Prevent Aspiration Pneumonia in Elderly Emergency Patients

著者

Ryo Ichibayashi, Hideki Sekiya, Kosuke Kaneko, Mitsuru Honda

DOI番号

doi.org/10.3390/jcm11216599

アブストラクトURL

https://www.mdpi.com/2077-0383/11/21/6599

用語解説

(注1) MTP値(最大舌圧値)

最大舌圧値は舌機能の指標として有用性が報告されている。30kPa未満を口腔機能の軽度の低下、20kPa未満を口腔機能の低下が進行した状態とされ、一般的に20kPa未満の場合、誤嚥を生じやすいとされている。

(注2) 廃用症候群

安静状態が長期にわたって続くことによって起きる、さまざまな心身の機能低下等を指す。

添付資料

 

図1. 舌圧測定法

上の図に示したように風船を口腔内に配置します。歯で咥えて風船を固定し、舌硬口蓋と舌で風船を押し潰すよう患者に指示し、舌圧を測定します。測定された圧の単位はkPaであり数値として測定されます。

 

図2. 最大舌圧値の推移

(上折れ線:健常群、下折れ線:誤嚥群)

図3. ROC曲線による診断のためのカットオフ値計算

抜管後6時間値(左)、抜管後24時間値(右)

 

詳細▶︎https://www.toho-u.ac.jp/press/2022_index/20221202-1256.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

高齢者の人工呼吸器離脱後の誤嚥性肺炎の発症予測のための新たな舌圧測定基準値を報告

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