眼球運動を素材に、運動学習の本質に迫る
ー 先生が大学院の博士課程で行った眼球運動の研究について教えていただけますか?
角友起先生 筑波大学大学院に入って研究したのは、随意性眼球運動の運動学習についてです。随意性の眼球運動は、サッケードと呼ばれる視線を移動させるためのものと、パスートという動く指標を目で追いかけるものの2種類しかありません。私の研究素材はサッケードでした。
サッケードは、とても正確に視線を対象物に移す運動です。視線が定まっているというのは、対象物の像が網膜上のごく限られた一点にピシっと向いている状態のことです。
ごく限られた一点とは、網膜の中心窩という部位で、そこには視細胞が高密度に存在します。
中心窩はものすごく小さいため、対象物の光を中心窩に正確に合わせないと、ものがはっきり見えません。逆に言うと、ものをよく見るためには視線を正確に動かして対象物に向ける必要がある、ということです。そして、この視線移動の眼球運動の正確性は、運動学習によって支えられているというのが、わりと昔から知られています。
眼球周辺、例えば眼窩組織などは成長とともに大きくなったり、老化すれば少し硬くなったりしますが、眼球運動は正確さを維持します。
眼球運動制御のシステムに学習機能が備わっていて、常に運動信号を修正しているからです。サッケードの運動制御に関わる小脳の部位があるのですが、そこが運動学習にも関わっていることが分かっていて、私もその詳細なメカニズムの解明に取り組んできました。
サッケードの運動信号自体は、大脳から中脳の上丘に下り、その後、脳幹網様体においていくつかのニューロンで構成されるサッケードジェネレータ(以下SG)回路を経由し、最終的に運動ニューロンに至り、眼球を動かします。
これに対して、上丘から橋被蓋網様核(NRTP)という場所を介して小脳に入っていき、小脳はこのシグナルをSGに戻す、という側副路が存在しています。その側副路信号が、上丘-SG経路で作られるサッケード運動信号を修正していると考えられています。
側副路からくる修正信号を規定するために必要なのが、サッケードが不正確であったことを示す誤差情報の入力です。
小脳が誤差に応じて修正信号の量を決めて、次回のサッケードを行う際にSG回路の振る舞いを適宜修正する、というしくみです。この誤差情報は何らかの経路で小脳に到達するわけですが、どこを経由して小脳に到達するのかということを知ることが、学習の神経回路の全容をつかむ大事なポイントとなります。
小脳に届く誤差信号の直接の発生元は延髄の下オリーブ核であることは生理学的にも解剖学的にもわかっていましたが、その下オリーブ核に誤差情報を送っているのはどこか、というのが全くの謎でした。
そこで我々は、脳内の電気刺激によって人工に神経信号を発生させることで、意図的にサッケードの学習が起こせるか、というチャレンジをしました。
電気刺激で学習が起こる部位が見つかれば、その刺激部位が誤差信号の起始であると言えます。
このチャレンジは見事に成功し、中脳の上丘が誤差情報の脳幹起始核であることが見出されました。先ほども話した通り、上丘はサッケードの「運動信号」の発生源ですが、その上丘が「誤差信号」も発生する、ということです。
おそらく上丘の中に運動信号を出すニューロンとは別に、下オリーブ核経由で小脳に誤差信号を放り込むニューロンがあるのだろうと思います。
この発見は、眼球運動のみならず広く運動学習研究全般において、誤差信号の脳内表現を非常に明確に示したとして高く評価していただき、立派な国際誌に掲載されました。
図:上丘刺激による適応誘発実験の倫理
この図は今の話について国内誌に総説として掲載させてもらった
いくつかの雑誌でこの話を書かせていただきました。
世間に評価されたことは非常に名誉でしたが、終始ご指導頂き、苦楽を共にしてきた岩本義輝先生と研究の成功の喜びを分かち合えたことが何よりも大きかったです。
続くー
【目次】
第二回:研究は使命感よりも好奇心
第三回:PT/OT/STのための生理学?
角先生のおすすめ書籍
Posted with Amakuri at 2017.9.5
彦坂 興秀, 河村 満, 山鳥 重
医学書院
角友起先生 この本は彦坂興秀先生という、世界的にも有名な生理学の先生が書いた本です。この先生は私の大学院の先生の先輩にあたる方で、尊敬する学者の一人です。対談形式になっていて、すごく読みやすくてオススメです。神経科学の専門的な話が多いのですが、臨床の疾患の話とかもいろいろ絡め、専門外の人でも興味を持てるように話を展開していて、その造詣の深さに感服します。
脳科学の真実--脳研究者は何を考えているか (河出ブックス)
Posted with Amakuri at 2017.9.5
坂井 克之
河出書房新社
角友起先生 「世の中に氾濫している脳ブームというものがどれだけ怪しいものか」ということを機能的MRIの有名な研究者が論理的に冷静に説いた本です。一般に、機能的MRIの画像は視覚的なインパクトが強く、それを見ると脳のこの部位が活動した・・・と安直に捉えてしまいますが、それは一番やってはいけないということを説いています。少し古くなった本ですが、内容は現在も通用するでしょう。
角友起先生のプロフィール
茨城県立大学医科学センター 准教授
【学歴】
2003年3月 茨城県立医療大学 保健医療学部 理学療法学科 卒業
2005年3月 筑波大学大学院 修士課程医科学研究科 医科学専攻 修了(医科学修士)
2009年7月 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 感性認知脳科学専攻 修了(神経科学博士)
【経歴】
2008年4月~2010年8月 植草学園大学 保健医療学部 助手
2010年9月~2013年3月 植草学園大学 保健医療学部 助教
2013年4月~2014年7月 植草学園大学 保健医療学部 講師
2014年8月~2017年3月 茨城県立医療大学 医科学センター 助教
2017年4月~ 茨城県立医療大学 医科学センター 准教授
【著書】
「コメディカル専門基礎科目シリーズ 生理学」理工図書 第2章・第6章執筆
Posted with Amakuri at 2017.9.5
桑名 俊一, 荒田 晶子
理工図書