蒲田和芳先生 私が大学2年生のとき、東京大学アメリカンフットボール部の同級生が、試合中の頭部外傷により亡くなりました。その悲しい出来事を通じてスポーツ医学を知り、アスレティックトレーナーという資格や職業のことを知りました。そして、アメリカのNATAのATC(公認アスレティックトレーナー)の資格取得を目指していろいろと調査を開始しました。その時、相談した鹿倉二郎氏より金言をいただき、理学療法士免許を取得することになりました。その過程で、東京大学教育学部体育学科に進学し、解剖学やスポーツ科学の勉強を始めました。
幸い、アメリカンフットボール部での活動は当時学んでいたトレーニング科学やスポーツ医学の実践の場であり、また多くの経験をさせていただきました。大学卒業後、東大大学院を受験し、理学療法士免許取得のため専門学校の夜間部に入学し、修士課程・博士課程と並行して専門学校に通う生活が始まりました。
午前に大学院、午後に臨床現場での研修またはスポーツ現場のどちらかへ行き、夜に専門学校へ通っていました。4年生の臨床実習では、大学院とスポーツ現場や医療機関での課題や業務が一時的に免除され、実習のみに集中できたので、時間配分や睡眠時間はむしろ余裕がありました。
資格を取得したのは1995年の春ですので、もう20年が経過しました。ちなみに、日本体育協会のアスレティックトレーナーの資格を1996年に取得しました。1995年に理学療法士免許を取得しましたが大学院の博士課程が終わっていなかったので、その後の3年間は引き続き大学院生でした。その間、福岡ユニバーシアード選手村診療所、アトランタオリンピック本部医務班、横浜市スポーツ医科学センター設置準備室などの仕事を経験させていただきました。
大学院生としては十分な研究経験を積んだとは言えませんが、本当に貴重な数多くの実務経験を積ませていただきました。1998年に博士号取得と同時に同センターに入職し、2003年まで理学療法室長として勤務しました。ここで出会った三木英之医師、鈴木英一医師、鈴川仁人氏など多くの同僚理学療法士たち、トレーナー、そして何よりも多数の患者やスポーツ選手は、今の私につながるすべてを与えてくださいました。
Dr. Shelbourneとの出会いによって、関節疾患の治療において完全伸展位獲得というシンプルで一貫した治療方針の重要性に気づくことができました。その後、膝OAにおける回旋アライメントなど、現在の研究テーマに直結する仮説を得たのもこの時期でした。清家輝文氏が編集長として発行されたスポーツメディシン誌に「スポーツ外傷の症候群としての捉え方」という連載を書かせていただいたのもこの時期です。
その執筆を通じて、自分の臨床を見直し、再構築し、システマティックな設計図づくりに着手することができました。症候群とは一つの現認に基づいて多数の症候が存在することを意味します。この一つの原因を見極めることこそが、今の治療法の原点となりました。2003年からコロラド大学ヘルスサイエンスセンター、2005年にはフロリダ大学機械航空学科に研究留学をさせていただきました。
給料や研究費の保証もないまま渡米したので、貯金を使い果たした3年間ではありましたが、アメリカらしい合理性、システム構築、西洋哲学に根差した論理構築、キリスト教的な慈愛の精神など、研究留学の目的をはるかに超えた財産を得て帰ってきました。
当時アメリカ国内での研究者としてのキャリアを模索しつつも、帰国を想定した就職先のリストアップを行いました。その時、現在の職場である広島国際大学とのご縁をいただき、2006年に入職することになりました。一通の電子メールで入職がほぼ決まったようなものでしたので、今思えばそのメールを読んでいただいた方には頭が上がりません。
治療の設計図
蒲田和芳先生 私の専門分野はスポーツ外傷と関節疾患の治療ですので、この分野に限ってお話しします。関節疾患を治す過程で、私が知る限り受傷から競技復帰(または完治)までの流れを整理するための明確な設計図はありませんでした。
疾患別、術式別にリハビリテーションプロトコルはありますが、すべての関節疾患に共通の機能回復過程という大きなテーマが見過ごされていました。筋力、可動域、神経筋機能など回復過程をどのような優先順位で進めるべきなのか、誰も知らない状況でした。
現代の建築において、設計図なしで建物を建てるということはあり得ません。しかし、治療は設計図なしに進められることがしばしばあります。設計図がない状態で治療を進めると、思ったように機能回復や症状軽減が進まない場合に設計図を変えてしまったり、場当たり的な対症療法のみになったり、あるいは問題の改善をあきらめ漫然と同じプログラムを数週間も繰り返すことになってしまいがちです。設計図なしで治療することは、設計図なしで建築するのと同じと捉える必要があると思います。
学生や若手セラピストが治療上の“迷子”に陥る場合の指導について考える中で、シンプルな設計図の必要性を痛感していました。このような状況に対して、不完全であることは覚悟の上で、一つのモデルとなる設計図を提唱しなければならないと思いました。
そこで、2011年ころより、CSPTというセミナーにおいて、「リアライン・コンセプト」という設計図を提唱し始めました。すべての関節、すべての疾患についてこのモデルの妥当性を学術的に証明するのはたいへんな作業ですが、経験に基づき、思い切ってシンプルな設計図を作ってみました。多少の修正は加えてきましたが、現在はこのモデルからはみ出す症例はほとんど経験しなくなってきました。
技術は設計図通りに仕事を進めるためには不可欠です。建物の建築であれば、設計図は建築家が作成し、大工または職人が設計図通りに家を作ります。治療では、医師の処方と治療概念に基づき、セラピストが治療技術を駆使して治療を進めていきます。
その際、確固たる設計図があれば、あとは治療技術の習得のみが学習課題となり、その進捗に応じて治療の前進速度が決まります。言い換えると、治療の速度に個人差はあるにせよ、治療が前に進む過程はベテランも新米も同じ過程を通ることになります。設計図がないと、個々のセラピストが自由に治療技術や治療機を選び、地図に記載されていない山道に迷い込んでしまうことになります。
治療技術は、運動療法、補装具療法、徒手療法、物理療法などが含まれます。それらの目的をさらに細分化することで、治療法の選択についても一貫した設計図に基づいて使い分けていくことができます。例えば、運動療法は神経筋協調性の改善または筋機能の向上のため、補装具は不安定性に対する制動のため、そして徒手療法は拘縮(または組織間の滑走不全、癒着)に対して用います。
このルールを定めることにより、効果が得られるはずのない治療法を選択することが一切なくなります。例えば、不安定性に対して、運動療法を用いても、いったん伸びてしまった靱帯は短くなることはありません。治療技術選択の誤りを皆無にすることにより、さらに治療は技術のみに依存することとなり、セラピストとしての研鑽の目標が統一化されます。
セラピスト教育
蒲田和芳先生 現在、理学療法士の半分は20代となり、セラピストとしての経験不足が指摘されることが多くなっています。また医療機関もセラピストの能力を高めるため、院内の勉強会や外部の研修会や学会への参加を促すような施策を推進しています。
その際に、①施設または部門として治療の設計図を制定し、それに見合った研修内容を選択しているのか、②治療の設計図を推進するために必要な技術の習得を目指した研修を選択しているのか、の2点を常に意識することが重要です。設計図がなければ、何のために技術が必要なのかがあいまいになります。その結果、セミナーショッパーと呼ばれるように多数のセミナーに参加しても何も身につかない、というような状況に陥る可能性が高くなります。
治療の設計図の決定には、処方を下す医師の関与が不可欠です。疾患別のリハビリテーションプログラムを制定する前に、是非とも関節疾患に共通の設計図を準備し、すべてのプログラムはこの設計図に基づいて作られるべきだと考えています。
すなわち、設計図はプログラムを作るための憲法のようなもので、すべての法律は憲法に基づいて制定されることになります。プログラムは随時修正すべきですが、憲法はそう簡単には変えられません。その理由は、憲法を変更すると、治療プログラムとの整合性に問題が生じることとなり、すべてのリハビリテーションプログラムをすべて見直すことになるためです。
医師と共同で作成または選択した治療の設計図があれば、これに基づいて施設としての教育プログラムを作ることが可能となります。設計図を理解するための研修会や文献の収集、あるいは設計図通りに治療を進めるための治療技術を習得するためのセミナーの選択ができるようになり、システマティックな教育が行えるようになります。施設としても、研修費の使用目的が明確になり、さらにはその効果を検証することが容易になります。
私たちが立ち上げた(社)日本健康予防医学会は、リアライン・コンセプトを設計図として採用し、それに基づいた治療技術の教育、そしてその設計図や治療技術の科学的検証を推進しています。その際には、保存療法やリハビリテーションに関して十分な教育を受けていない医師向けの資格制度や教育プログラムを策定し、医師とセラピストが共通の設計図を学ぶことができるようになります。
医師や施設が一貫した治療の設計図を採用することにより、セラピストの治療技術の習得に関して「絶対必要だからこの技術を身につけなさい」と背中を押すことができるようになります。当学会では、このような期待に応えられるような充実したカリキュラムを準備し、十分な臨床能力を身につけていただけるような資格制度を整備したいと考えています。さらには、医師を対象としたカリキュラムや資格制度も今後整備しなければなりません。
* 目次
第一回:治療の設計図
蒲田先生からのお知らせ
1) 蒲田研究室では大学院生を常時募集しています。膝や骨盤を中心に 関節疾患の評価や治療法についてリアライン・
kazgamada☆ortho-pt.com(☆を@に変えてご連絡ください)
2)リアライン・コンセプトを学びたい方は日本健康予防医学会の 公式カリキュラムであるCSPT(
株式会社GLAB主催セミナー http://www.glabshop.com/
3)リアラインの理論と技術を学び、
4)(株)GLABでは、随時正社員、
蒲田和芳先生経歴
■現職
広島国際大学総合リハビリテーション学部 リハビリテーション学科 准教授
株式会社GLAB(ジーラボ) 代表取締役
日本健康予防医学会 副理事長
■学位・免許・資格
1995年4月 理学療法士免許(第14544号)
1997年3月 日本体育協会アスレティックトレーナー(776C70813)
1998年3月 学術博士(東京大学大学院 総合文化研究科 生命環境科学系)
■学歴
1987 卒業: 富山県立高岡高等学校
1987 入学: 東京大学 理科II類
1991 卒業: 東京大学 教育学部 体育学科 【教育学学士】
1994 修了: 東京大学大学院<前期課程> 教育学研究科体育学・スポーツ科学専攻【教育学修士】
1995 卒業: 専門学校 社会医学技術学院 夜間部理学療法学科 【理学療法士】
1998 修了: 東京大学大学院<後期課程> 総合文化研究科生命環境科学系 身体運動科学研究室 【学術博士】
■職歴
1997年4月~1998年3月 正職員: 横浜市衛生局 横浜市スポーツ医科学センター開設準備室
1998年4月~2003年3月 正職員: 横浜市スポーツ振興事業団 横浜市スポーツ医科学センター 整形診療科 理学療法室長
2003年6月~2003年5月 博士研究員: コロラド大学ヘルスサイエンスセンター 医学部整形外科 整形外科バイオメカニクス研究室
2005年6月~2006年3月 研究員: フロリダ大学航空機械工学科 整形外科バイオメカニクス研究室
2006年4月~2007年3月 正職員: 広島国際大学 保健医療学部 理学療法学科 助教授
2015年4月~ 職名・職階変更: 広島国際大学 総合リハビリテーション学部 リハビリテーション学科 教授
■非常勤・臨床
1990年12月~1998年3月 研修: 日本体育協会スポーツ診療所 理学療法室
1992年7月~1993年9月 アドバイザー: 株式会社セノー トレーニングマシンSXシリーズリニューアルプロジェクト
1995年4月~1996年3月 非常勤講師: 富士ビジネス&アスレティックカレッジ(機能評価学、スポーツ医学、アスレティックリハビリテーション担当)
2007年4月~2008年9月 非常勤理学療法士: 蜂須賀整形外科, 広島市
2008年4月~ 臨床アドバイザー: 貞松病院, 大村市
2008年10月~2011年11月 臨床アドバイザー: 和光整形外科, 広島市
2010年11月~2015年9月 非常勤理学療法士: アオハルクリニック, 東京都港区
2011年4月~ 臨床アドバイザー: 東広島整形外科, 東広島市
■スポーツ現場
1991年4月~2003年5月 東京大学運動会アメリカンフットボール部Warriors トレーナー
1995年9月 福岡ユニバーシアード 選手村診療所 理学療法士
1996年7月 アトランタオリンピック 日本選手団本部医務班 理学療法士
1997年4月~1999年3月 株式会社ワールド ラグビー部 非常勤理学療法士
2000年8月 シドニーオリンピック 日本選手団本部医務班 理学療法士
2002年9月~2003年3月 株式会社シャンソン 女子バスケットボール部 非常勤理学療法士
2012年5月~2013年3 中国電力女子卓球部 トレーニング指導