石渡達也さんはAWSやKADOKAWAで、言葉を武器に働いてきた。2020年の脳出血で失語症になり、回復の途中で外来の言語療法を打ち切られる。その空白を自分で埋めるために作ったのが、AIと言語聴覚士を組み合わせた「Speech Link」だった。
言葉を仕事にしてきた人が、ある日、言葉を失った。
回復の途中で「おめでとうございます、言語療法は終了です」と告げられる。本人は、まだ思うように話せないと感じていた。けれど、そのことを説明する言葉が出てこなかった。
失語症の当事者である石渡達也さんが、言語聴覚士の多田紀子さんとともに立ち上げたのが「Speech Link」です。訓練のない日をどう埋めるのか──自分が経験した空白から生まれたサービスについて、お二人に伺いました。
「言葉から切り離すことは、絶対にできない」仕事だった
輪違
本日はよろしくお願いします。まず、発症される前はどのようなお仕事をされていたのか教えてください。
石渡さん
IT系の会社に複数勤めていました。直近では出版社のKADOKAWA、その前はAWS(Amazon Web Services)です。マーケティングと営業サポートのような形で仕事をしていました。
輪違
どんなところにやりがいを感じていましたか。
石渡さん
とにかく幅広い人たちと、今にして思えば言葉でやり取りすることがメインの仕事だったなと思うんですよね。イベントでの登壇もそうですし、プロジェクトの折衝もそうです。
なので、僕は言葉から切り離すということは絶対にできない、そういう仕事をしていました。
予兆は、なかった
輪違
働き盛りのときに発症されたと思うんですけど、その前から予兆のようなものはあったんですか。脳出血になりやすい因子があったとか。
石渡さん
私の場合はいきなりですね。脳卒中の予兆を知るものとしてFASTがありますけれども、僕の場合は全くなくという感じでした。
健康診断も人間ドックも発症の半年前に受けていましたし、脂質異常症や糖尿病もありません。そういう意味では、予兆なく突然にやってきたという感じですね。
※FAST(ファスト)は、脳卒中を疑ったときの合言葉です。顔(Face=顔の片側がゆがむ)、腕(Arm=片側の腕や手に力が入らない)、言葉(Speech=ろれつが回らない、言葉が出ない)の頭文字に「すぐに(Time)」をつなげたもので、どれか1つでも突然起きたらすぐに救急車を、という呼びかけです。いずれも発症したときに現れるサインで、発症前の予測に使うものではありません。
輪違
お仕事の負荷はどうだったんでしょう。海外とのやり取りで睡眠が削られていたとか。
石渡さん
海外とのやり取りは日常的にありました。ただ倒れる前はコロナの時代なので、海外出張はほとんど制限されていましたし、仲間と飲みに行くことも少なくなっていました。
多田さん
以前お聞きしたときは、コロナで在宅勤務になって一日中、切れ目がなかったとおっしゃっていましたよね。会社だったら会社を出たら終わりじゃないですか。それがなくて、家でずっと切れ目なく仕事をしてしまっていたと。
石渡さん
それはあるかなと思いますね。もう一日中、会議、会議、会議の連続でしたので。そういう意味では、ストレスは多分に影響していたのかなと思います。
※発症の要因についてはご本人の受け止めを掲載しています。特定の生活習慣と発症との因果関係を示すものではありません。
「右腕が動かなくなってもいい。喋れるようにしてほしい」
輪違
病院ではどんなリハビリをされていたんですか。
石渡さん
急性期は2週間で、正直あまり覚えていないんです。慌ただしくバタバタと過ぎ去っていったなという感じで。言葉のリハビリも、カードを見て「これは何ですか」というような、極めて簡単なことをやっていました。
石渡さん
回復期リハビリテーション病院では、最初に先生から提案を受けたのがPTが4コマ、つまり1時間20分。OTが1時間。STが40分だったんですね。
しばらくそれでやっていたんですけれども、私から先生にリクエストして、全部1時間ずつと書いてもらいました。
石渡さん
全然喋れなかったので。極端な話、右腕が全然動かなくなったとしても、喋れるようにしてほしいという思いがありました。
やっぱり言葉で生きてきたという自負があったので、このまま言葉が出ないということは、本当に人生が終わってしまう。そういう意味で、その配分にしてもらったという感じですね。
「ご心配なく。徐々に良くなっていきますから」
輪違
担当の言語聴覚士さんとの関わりで、特に支えになったのはどんなことでしたか。今でも覚えている言葉はありますか。
石渡さん
急性期の頃は本当に訳が分からなかったんですよね。なんで自分がここにいるのか。脳卒中って何、失語症って何だろう、と。いろいろ一度に押し寄せてきて、うまく消化できませんでした。
それが回復期に移って、徐々に自分の中の思考も整理されてきて。当時は失語症は治らないと言われていたので、どうすれば治るのかなということを漠然と考えていたんですね。
石渡さん
そういう中で、担当STさんと毎日40分ぐらいのセッションをする中で、「本当に僕の言葉の能力は良くなっていくんでしょうか」ということを投げかけたんです。
そうしたら、「ご心配なく。徐々に良くなっていきますから、安心してください」と。それが、今でも覚えている励みの言葉だったのかなと思いますね。
輪違
どうなるか分からないときに、そういう言葉をかけてもらえるのは大きいですよね。
石渡さん
ですね。それからは、宿題に加えてオンライン英会話とか、思いつく限りのことは何でもやるようになったのは、その一言からです。
輪違
入院中からオンライン英会話をされていたんですか。
石渡さん
リハビリ病院のときから始めていました。当時のSTさんにお願いして、部屋をちょっと使わせてくれないかと。晩ご飯を食べた後の1時間は自由に使ってもらって構わないよと言われたので、その1時間を使ってオンライン英会話をしていました。
あとは50音の書き取り。これは相当やりましたね。
「おめでとうございます。言語療法に関しては終了です」
輪違
リハビリを続けたかったのに、訓練の機会が途切れてしまったと伺いました。どのような経緯だったのでしょうか。
石渡さん
退院した後も、OT・ST・PTともに外来での受診を続けていたんですけれども、これが退院して5か月ぐらい経ったタイミングで、「石渡さん、おめでとうございます。言語療法に関しては終了です」と言われたんですね。
石渡さん
それまでは40分ぐらい、外来でやっていました。それがいきなりSTが打ち切られましたと。
当時の先生の見立てとしては「もう大丈夫でしょう」と。残りの時間はPTとOTのほうにどんどん回していきましょうね、と言われたんですけれども。
石渡さん
いやいや、全然自分はまだしゃべれないですよと。もっとしゃべるようになりたいんだけれども、それをうまいこと説明できなくて、泣く泣く打ち切りになってしまった。そういう感じなんですね。
まだ話せていないという事実を、話して伝えることができない。
失語症のある人が訓練の終了に直面したときに起こりうるのは、この二重の状況です。
「大阪に面白いSTがいる」── 多田さんとの出会い
石渡さん
それでどうしようかなと。Facebookなどでどんどん書き込みをしている中で、たまたま多田さんとご縁があって、それで今に至るというところですね。
多田さん
共通の知り合いが「大阪に面白いSTがいるけど、オンラインだからいいんじゃない」と石渡さんに伝えてくれたらしくて。私にもその方から「友達がすごく困っているから、ちょっと一回つなげていいですか」と連絡があったんです。
輪違
初めてお会いしたときは、もう結構喋れる状態だったんですか。
多田さん
そのときの動画があります。当時のテスラの販売戦略について話してもらったんですけど、「テスラとトヨタでは何が違うんですか」とお聞きしたら、途中から一気に簡素な表現になった。言葉が出てこなかったんだと思います。
あとは値段が上がる・下がるを間違えて言っているけれど、それにご本人が気づいていない。私が「下げる、ですよね」と言ったときに、しばらくして「そうそうそう、下げるです」という言い間違いもあって。かつ表情が乏しい。
多田さん
今は本当に表情豊かですし、声の抑揚もあるじゃないですか。そういう抑揚もあまりなくて、淡々と話されている状況でした。
日常生活では困らないかも知れませんが、お仕事がお仕事なので、復帰にあたっては困るだろうなと思いました。
多田さん
言語聴覚士の方なら分かると思うんですけど、標準失語症検査はほぼほぼできていて、「くりちゃん」のような談話能力が求められる4コマ漫画になると難しいというレベルです。
AIが「喋る」ようになった日
多田さん
週1回30分のセッションでは、とにかく石渡さんがキャッチしたITの最新ニュースを私に説明するというトレーニングをしていたんです。
ChatGPTの音声機能がアメリカで始まったというのは夏前に聞いていて。2024年の秋に、石渡さんが実際に使っているのを見て、「おーっ」と驚いたんですよね。日本語でここまでできるんだ、と。
輪違
AIにどのような可能性を感じたんでしょうか。
石渡さん
そもそもAIが喋るということが今の技術で可能になったので、それで初めてAI×STというのが可能になったというのはあるかなと思いますね。
踏ん切りがつかなかった
多田さん
石渡さんは割と早く、簡単なラフ案をAIで作って、あちこち昔のお友達に会うたびにその企画書を見せていたと思いますよ、その時期。
石渡さん
見せていたんですけれども、どうしても踏ん切りがつかなかったんですよね。
AWSのときにそういう会社をいくつもサポートしているので、大変さがすごく分かるんですよ。自分がやる側になったときに、すごい大変だろうなというのは思いました。
かつ、自分自身まだリハビリをしなくちゃいけない。リハビリ半ばの身で、そんな中途半端に「やっぱりやめます」と言うのは失礼だろうなというのを悶々と考えていて。
輪違
それでも作る側に踏み出した、決定的なきっかけは何だったんでしょうか。
石渡さん
まだSpeech Linkという名前もできる前に、「こんなことを考えているんだけど」と言ったら、「それはぜひ欲しい」と、必要としている人がいるということが分かったから。今にして思えば、そういうことじゃないかなと。
Speech Linkとは何か ── AIとSTのハイブリッド
輪違
初めて知る方に向けて、Speech Linkは誰の、どんな困り事を支えるサービスなのか教えてください。
石渡さん
Speech Linkは、失語症の方に向けた、しゃべることをサポートするためのサービスです。具体的にはAIとSTのハイブリッドと申し上げています。
まずAIとの会話で、練習の量をどんどん高めていただく。これは24時間何回でも可能ですし、何度同じような間違いをしても、全然嫌な顔をしません。そういう感じでAIが量をサポートします。
石渡さん
加えてSTの先生方には、月に1回か2回、オンラインでのやり取りを通じて、たとえば「石渡さん、ここは良くなりましたね。だからもうちょっとこれは継続していきましょう」ですとか、「ここの部分はこんな課題をやってみたらどうですか」というような。
AIには分からない、きめ細かいところがあるので、そういった意味でのAIとSTの掛け合わせのサービスになります。
AIとSTの役割分担
AI が担う
量
音声での会話練習。24時間、何回でも。同じ間違いを繰り返しても反応は変わらない。反復に付き添う。
言語聴覚士(ST)が担う
評価と調整
月1〜2回のオンライン面談。何ができるようになったかを見て、次にどの課題をやるかを決める。
※プランによりSTの面談回数が異なります。料金・プランの詳細は公式サイトをご確認ください(2026年9月時点)。
「脳を損傷しても、全部できなくなるわけじゃない」
輪違
ご自身には使いやすくても、ほかの当事者には使いにくかった、という経験はありましたか。
石渡さん
日々感じているところではあるんですけれども、利用者さんは基本的にマニュアルを一切読まないのだなというのは、改めて痛感したところです。
ログインして最初にこの画面のこのパートを見るだろう、というファーストビューのところに、お知らせだったり今日の課題だったりを置く。作り手はこう判断してこう動いてくれるだろうと思っているんですけれども、なかなかそうはいかない。そこは日々改善している感じです。
多田さん
ここはすごく大事なんですけど、脳出血によって、石渡さんは言葉のところが大変になりましたけど、ネットリテラシーやパソコンのリテラシーは全然レベルが高いまま、能力は残存していますよね。
それは一つ、脳損傷の人への誤解だと思うんですよね。全部できなくなったみたいに思われているけど。
想定していなかった使われ方
輪違
実際に利用された方やご家族から届いた声で、最も心に残っているものは何ですか。
多田さん
2020年からオンラインリハをやっている方が今も利用されているんですけど、割と重度の方なんですね。その方が「ことばトーク」をすごく気に入ってくださっていて。
奥様も横で、「主人が言いたいことをAIがよく拾ってくれる」と言ってくださっていて。
多田さん
ちょっと話がずれるんですけど、そもそも私、Speech Linkは軽度の方向けに考えていたんですよ。重度の方は難しいなと思っていたんですけど、単語が難しい方も使えるんだなって。
多田さん
お二人の意見から私が考えたのは、重度の方って、会話の練習をする機会がすごくないんですよね。そもそも施設にSTがいないじゃないですか。通所にしてもデイサービスにしても。
いたとしても、重度の方はカードを使ってみたいになるんだと思うんですけど、でも本当にやりたいのは会話なんだろうなと。
多田さん
今、初級のプロンプトを修正しまくっているんです。重度の方の会話の練習ができるように。Speech Link、育成中です。
はなから難しいかなと思っていたところが評価されているのは、すごく嬉しかったですね。
※利用者の方・ご家族の声は個別の体験であり、同様の変化を保証するものではありません。
「いち早く卒業してもらう」のがゴール
輪違
Speech Linkを通じて、利用者にどのような日常を取り戻したり、新しく始めたりしてほしいと考えていますか。
石渡さん
ちょっとぶっちゃけた話をしてしまうと、Speech Linkは月額の料金も極めて抑えたサービスなんですね。でも、これをずっと使ってもらうということは想定していないんですよ。
石渡さん
Speech Linkを使って集中的に言語リハビリ、ないしは喋るというところにフォーカスしたものを使ってもらって、いち早く卒業してもらう。そこが自分にとってのゴールかなと思うんですよね。
たとえば初めは初級のところから始めたけれども、徐々に1か月、2か月と使い続けていくことで上級にどんどんなって、うまく喋るようになって、それで卒業して、Speech Linkのサービス自体は解約というのが、ものすごくハッピーな形なんじゃないかなと思っています。
輪違
最後に、かつての石渡さんと同じように、リハビリを続ける方法が分からず困っている方やご家族に、何を伝えたいですか。
石渡さん
僕自身は、もうすぐ丸6年になるんですね。2020年の9月に倒れてしまったので。
Speech Linkがやっているのは言語リハという限られた領域で、失語症というすごくニッチな点に対しての取り組みです。ですので、ぜひとも諦めずに。言語リハに関しては、Speech Linkをはじめ他社のサービスもありますけれども、僕らのサービスにおいては、短期集中で徹底的に使ってもらえると、少しでも言語リハの領域ではお手伝いができるんじゃないかと考えています。
まずどこから体験・相談ができるのか
石渡さん
まずSpeech Linkのウェブサイトに来ていただいて、そこから2週間のトライアルということで無料体験ができます。その中では私に対しての質問を投げていただいても構わないですし、多田さんとの30分の無料のアセスメントも含まれていますので、どんどん体験や相談ができるようになっています。
スピーチリンク株式会社
失語症のある方に向けた言語リハビリ支援サービス「Speech Link」を運営。AIとの音声会話による反復練習と、言語聴覚士によるオンラインでの個別指導を組み合わせている。代表取締役は言語聴覚士の多田紀子。創業者の石渡達也は、2020年9月に脳出血を発症し、右半身の麻痺と失語症のある当事者。発症前はAWS、KADOKAWAなどでマーケティングに従事していた。