―――インスリン抵抗性の病態では、どういった運動をすればいいのですか?
運動療法の効果のメカニズムは徐々に明らかにされていきました。運動は急性効果としての血糖降下作用に加え、慢性効果として“インスリン抵抗性”の改善の作用があることを知ったときは、すごく感動したことをよく覚えています。
そのとき、ようやく運動と糖尿病と理学療法が、一本の線でつながったような気がしました。
インスリンの標的臓器は肝臓、筋、脂肪であり、それぞれに対して作用することで適正な血糖値が維持されます。肝臓に対するインスリンの働きは抑制的なものであり、すなわち、肝臓からの糖の放出を抑えます。
一方、筋、脂肪に対しては促進的に働き、血液の中から糖が取り込まれていきます(図1)。インスリン抵抗性とは、インスリンの効きが悪い状態です。
肥満や運動不足の状況ではインスリン抵抗性を引き起こし、インスリンは肝、筋細胞に対して作用せず、インスリンが血中に溜まって高インスリン血症をもたらします(図2)。
筋細胞に糖が取り込まれるメカニズムを以下に示します(図3)
- 血中インスリンが筋細胞の表面にあるインスリン受容体に結合する。
- インスリン受容体から、PI3キナーゼなどの活性化を介して細胞内に存在する糖輸送担体(glucose transporter 4;GLUT4)へ信号を送る(インスリンシグナル伝達経路)。
- 細胞内のGLUT4が細胞膜へ移動する(トランスロケーション)。
- GLUT4が開口し、血中の糖と結合する。
- 糖と結合したGLUT4は細胞内へ移動する。
- 筋細胞内においてグリコーゲンに変換される。
図3 筋細胞に糖が取り込まれるメカニズム
運動療法には多様な効果がありますが、ここでは下記の二つを説明します。
<急性血糖降下作用>
運動をすることにより血中の糖が筋に取り込まれ、その時の血糖値は低下します。この運動の急性効果には、インスリン非依存性およびインスリン依存性糖取り込みが作用しているといわれています。
インスリン非依存性糖取り込みでは、筋収縮によりAMPキナーゼが活性化され、GLUT4の細胞質から細胞膜への移動(トランスロケーション)が促進されます。
通常、「筋収縮そのものの刺激による経路」と「インスリンシグナル伝達経路」の2つの糖取り込み経路が加算効果となって表れるといわれています。
<インスリン抵抗性の改善(慢性効果)>
運動を積み重ねることにより、骨格筋GLUT4の総量が増加することが報告されています。同量のインスリンに対して反応するGLUT4が増えれば、それだけ筋への糖取り込み能力が増大することになります。
また、脂肪が減量されると、遊離脂肪酸、TNF-αの分泌の減少およびアディポネクチンの分泌の増加によりインスリンの効きがよくなり、インスリン抵抗性が改善されることになります。
さらに、インスリンが働いて糖を利用する現場である筋肉の量が増大すれば、インスリン抵抗性改善につながります。
インスリンの効きをよくすること、すなわちインスリン抵抗性の改善が運動療法の重要な目的になります。一般的には有酸素運動とレジスタンス運動を併用することが推奨されていますが、体組成や身体機能のことも考え、運動の種類を考案していきます。
肥満では食事療法が重要となります。そして、理論的には脂肪燃焼のためには有酸素運動が有用ですが、エネルギー摂取制限によって筋肉量が減少してしまう可能性もあり、レジスタンス運動を合わせて実施すべきだと思います。
糖尿病患者さんに対してレジスタンス運動を行っても、見た目に四肢の状態がすごく変わるというわけではありません。しかし、体組成分析装置で測定してみると筋肉量が増加しているケースはよくあります。高齢の運動器疾患患者に対する運動と同じことだと思います。
参考文献:井垣誠:血糖だけが相手じゃない─糖尿病に対する運動療法.丸山仁司ほか(編).考える理学療法[内部障害編]評価から治療手技の選択.pp358-372.文光堂,2008.
*目次
日本糖尿病理学療法学会の情報
|設立の趣旨
糖尿病は増加の一途を辿る国民病であり、理学療法士には糖尿病の基本治療である運動療法の専門家として、糖尿病チーム医療の主軸を担うことが期待されています。
理学療法士による糖尿病患者への関わりは世界的にも類がなく、また、糖尿病理学療法に関するエビデンスは蓄積されていません。本学会は、糖尿病に対する理学療法の理論、介入方法および効果検証に関する学術研究の振興と発展を図り、世界に先駆けて糖尿病理学療法学の体系化を目指します。
また、理学療法診療ガイドラインや成書の作成、糖尿病理学療法を専門とする人材育成への活動も推進します。
井垣先生オススメ書籍
糖尿病の理学療法
井垣 誠先生のプロフィール
所属
公立豊岡病院日高医療センター リハビリテーション技術科 科長
資格
専門理学療法士(内部障害)、認定理学療法士(代謝)、日本糖尿病療養指導士
学 歴
1991年 川崎リハビリテーション学院 理学療法学部卒業
2012年 兵庫県立大学大学院環境人間学研究科 博士前期課程修了 修士(環境人間学)
兵庫県立大学大学院環境人間学研究科 博士後期課程 在籍
学会等での活動
<日本理学療法士協会>
2013年~日本糖尿病理学療法学会 運営幹事
2015年~同学会 副代表運営幹事
2014年~理学療法学 査読委員
<日本糖尿病療養指導士認定機構>
2014年~編集委員会委員
<兵庫県理学療法士会>
2009~2015年 健康増進部 部長