-受験専念時代のエピソードはありますか。
宮内さん:受験日の約1ヶ月前に緊急入院したことがあります。クローン病からくる栄養不足と脱水症状により自宅で倒れてしまったのです。そして、その日から入院して絶食することになりました。私はその時に神様に見放されたと思いました。でも、応援してくれる家族や友人のため、何よりも自分が「病気があっても努力は必ず実る」ことを証明したいという気持ちが強く湧き上がりました。そのため、翌日から病室に勉強道具を持ち込んで勉強をはじめました。なんとか受験3日前に退院することができ、その年の試験に合格することができました。その時の努力が今の自分の自信につながっています。
試験合格後もしばらくは理学療法士として働くことになります。私は東京で働きたかったので、お金を貯める必要がありました。ただ、漫然と仕事をしていたわけではなく、何か職場に貢献できることはないかと常に考えていました。当時働いていた介護保険施設では、PTが5名いたのですが、各自が紙でリハビリの記録を記入・管理していたため、情報の共有化が必要だと考えました。そこで、accessを使用してデータベースを構築したことがあります。成果としては、入力もPCで可能になり、効率も上がりましたが、紙の使用量減少にもつながったのは嬉しかったです。この経験が、後の就職先でのシステム構築に役立つことになります。
-公認会計士試験合格後はベンチャー企業に就職したのですね。
宮内さん:東京にある太陽光発電システムやオール電化の提案を行っている会社でした。会社が株式上場を目指しているということで、経理責任者を募集していました。公認会計士試験に合格した人はほとんど監査法人に就職して会計監査を経験します。ただ、私は相手の立場も理解した上でサービスを提供したいと考えていたため、まずは「監査される側」を経験する必要があると考えていました。
-病院やヘルスケア関連企業は選択肢にはなかったのですか。
宮内さん:就職はしやすかったと思いますが、選択肢にはありませんでした。私自身は、公認会計士試験には合格したものの病院以外での実務経験はありません。診療報酬に影響される病院やヘルスケア関連企業は特有の業界であり、私は一般的な営利企業で経験を積む必要があると考えていました。そのため、ベンチャー企業では様々なことを経験しました。経理業務は基本的なものから、銀行融資の資料作成や監査法人や証券会社対応を経験しました。また、営業社員と同様にチラシを配布するために一軒一軒お客様宅のインターホンを押したり、テレアポもしました。私のテレアポがきっかけで数百万円の契約につながったときは嬉しかったです。
ベンチャー企業は資金繰りの予測が重要なのですが、入社当初はそのシステムがなかったため、エクセルにて資金管理表を作成しました。その会社は管理する口座が多く、それぞれから入出金があるため、預金の配分によっては資金ショートしてしまう可能性があります。また、予算と実績の比較もグラフでシミュレーションできるようにしました。理学療法士も患者の現状を評価して予後予測をしますが、その感覚が役立ったような気がします。
-ベンチャー企業は激務のイメージがありますね。
宮内さん:その会社は株式上場を視野に入れていたため、投資家向けに資料を作成する必要がありました。そのためには、その資料を使って誰に対して、どのような目的で、どのような説明の仕方が効果的かを意識する必要があります。資料作成するにあたっては当たり前のことなのですが、この業務を機にさらに強く意識するようになりました。複数の業務が重なる時期は徹夜することもありました。
その頃、ふと浦田理恵さんの事を思い出したことがあります。彼女のお陰で一歩踏み出すことができた。その感謝の気持ちを伝えたくて、浦田さん宛に手紙を書きました。しばらくすると、浦田さんから直筆の手紙で返事が届きました。返事をもらったことにも驚いたのですが、目が見えないのにどうやって文字を書いたのだろうと不思議に思いました。中を見てみると手紙に定規を当てて文字が斜めにならないように一文字ずつ丁寧に書いてくれたみたいです。手紙をもらえたことが嬉しくて当時の自分のモチベーションになっていました。
-その後は監査法人に転職されたのですね。
宮内さん:たまたま私が就職した監査法人はヘルスケアに関する会計監査としては業界最大規模で、環境には恵まれていたため全国の病院の会計監査を経験することができました。病院の特色を知るために、院内巡視をさせてもらうことがあるのですが、回復期病棟やリハビリテーション科で担当者に質問する時は、共通言語があるので理解がスムーズでした。とても刺激的な日々でした。驚いたのは私以外にも元々医療関係職(管理栄養士やMR)の公認会計士がいたことです。ただ、出張が多い部署であったため、持病の関係から食事やトイレの心配が多かったです。当時もトイレは頻回でしたので、万が一の時を想定してオムツを履いて仕事をしている時もありました。
その頃の印象的なエピソードのひとつとして、大分への出張があります。滞在中宿泊した旅館は初めて利用したのですが、旅館についた時に妙な既視感を感じました。周りを見渡すと見覚えのある風景でした。実は、社会人になって初めての旅行が大分でした。その時は、あまりお金がなかったため安いホテルに泊まったのですが、「今度来る時にはもっと良い所に泊まれるよう仕事を頑張ろう」と思って見比べていたのが、偶然にもその時宿泊していた旅館だったのです。その時は感極まって夜にひとりで泣いてしまいました。これまで頑張ってきてよかったと思いました。また、沖縄に出張した時に病院の事務職員の人と話す機会があり、私のこれまでの経歴と目標について話したところ、その方は時折涙を浮かべゆっくり頷きながら話を聞いてくれました。それまでは暗闇の中を走ってきたような気持ちでしたが、自分の判断は間違いではなかったと感じました。
-仕事の傍らこれまでの半生を講演することもあったそうですね。
宮内さん:日本公認会計士協会の東京会青年部が主催するCPA TALKsというイベントがあります。様々な分野の第一線で活躍する人物のカンファレンスを開催しているTED(Technology Entertainment Design)というグループにならって、カンファレンス形式でこれまでの生き様をプレゼンテーションするもので、渋谷ヒカリエで講演する機会をいただきました。しかし、講演用の原稿を作成している途中、イベントの1ヶ月前に医師から人工肛門増設を提案されました。しかも、手術はイベントの1週間後。流石に精神的にショックを受けて、講演をお断りしようかと何度も考えました。
手術を宣告されて本当は精神的に不安定なのに、講演の時は笑顔で「皆さんも夢を諦めないでください」という前向きなメッセージが発信できるのか。当日は本当に気力だけで乗り切りました。公演後は一気に体から力が抜けて舞台袖で大泣きしました。あの時は今よりも10kg以上痩せていました。公認会計士試験直前にも入院しましたので、つくづく神様は自分に試練を与えるなと思いました。しかし、その講演がきっかけで交友の幅も広がりました。
続くー。
【目次】
第二回:難病のレジリエンス
第三回:公認会計士から見た理学療法士
最終回:コンサルティング会社の設立
宮内さんオススメ書籍
宮内謙一さんのプロフィール
公認会計士・理学療法士
会計・税務のほか情報セキュリティやシステム構築にも強みを持つ。
現在は、代表取締役として社会的課題に取り組む企業に対してコンサルティングを提供している。
また、仕事の傍ら持病のクローン病啓発のための活動も行っている。
会社webサイト:http://hilo-sc.com
TED形式のイベント CPA TALKs2017動画:
https://jicpa-tokyo-cpa-youth.jp/movie/miyauchi/
<最終学歴>
神村学園専修学校 理学療法学科
<職歴>
2005年-2008年 医療法人厚徳会 日高内科クリニック 理学療法士
2010年-2011年 医療法人トウスイ会 稲津病院 理学療法士
2012年-2013年 介護老人保健施設 長生園ナーシングセンター 理学療法士
2013年-2015年 オーチアス株式会社 経理責任者
2015年-2017年 新日本有限責任監査法人 公認会計士
2017年-現在 河野公認会計士事務所 公認会計士
2018年5月-現在 株式会社HiLOソーシャルクリエイト 代表取締役