国連の予測によると、2050年までに世界の60歳以上の人口は現在の約3倍になるとされています。高齢者の筋骨格系疼痛の罹患率は65〜85%で、そのうち36〜70%が腰背部痛を訴えています。腰痛は日常生活動作(ADL)の障害要因となり、転倒や認知症のリスクを高める可能性があります。
高齢者の腰痛の特徴
腰痛の1か月間の有病率は加齢とともに増加し、その重症度は80歳以上で50歳代より約3倍高いと報告されています。また、腰痛の長期化が指摘されており、不十分かつ不適切な治療はADLの低下につながります。過去の研究では、高齢者の腰痛は機能面でのADL障害、特に歩行障害が顕著であり、精神面では抑うつ傾向が認められています。これらは機能障害と関連し、平衡機能障害による転倒の危険性が指摘されています。
画像診断の特徴
高齢者の腰下肢痛の診断において、画像検査は重要な役割を果たします。しかし、若年者と同様に高齢者でも骨折や炎症が明確にできない非特異的腰痛が多く、MRIでは椎間板変性が一般的に認められます。若年層に比べ、腰痛の原因としての活動性は低くなります。
疼痛の特徴
◯悪化要因:伸展、側屈、回旋時に腰痛が増悪。
◯緩和要因:臥位で痛みが軽減。
◯痛みの部位:腰背部や臀部の筋膜性腰痛が顕著。
腰椎変性すべり症と関連疾患
高齢女性では、腰椎変性すべり症に伴う椎間関節肥大と黄色靭帯肥厚が頻繁に認められます。これらが併発すると、脊柱管狭窄や神経根圧迫による神経学的な脱落所見をもたらす可能性があります。脊椎の変性変化は腰痛を誘発する可能性がありますが、無症候の高齢者でも異常な画像所見が高頻度で存在するため、すべてが腰痛に関連するわけではありません。
非特異的腰痛の詳細:仙腸関節や筋膜性疼痛
非特異的腰痛には、以下の要因が含まれます:
◯仙腸関節性疼痛:臀部や大腿後面に痛みを感じ、臥位で緩和する。
◯筋膜性疼痛:他動的伸長に抵抗を示し、触診で圧痛が確認される。
これらは画像診断所見と一致しないことが多く、精神的な要因が加わることで症状が慢性化する傾向があります。
神経性間欠跛行と脊柱管狭窄症
◯神経性間欠跛行:長時間の歩行後に下肢のしびれや疼痛が生じ、前屈姿勢で緩和。
◯原因:単一または複数レベルの腰部脊柱管狭窄症による神経根障害。
骨粗鬆症性圧迫骨折
閉経後の女性では約25%、80歳以降では40%以上が骨粗鬆症性の圧迫骨折と関連する腰痛を経験します。好発部位は胸腰椎移行部で、機能障害が非特異的腰痛よりも大きくなります。
◯楔状骨折:前方が圧壊されることで神経根症の発生要因となる。
◯危険因子:高齢、ステロイド服用、重大な外傷。
骨粗鬆症の定義と診断
2010年に改定された骨粗鬆症の定義では、若年成人平均(ヤンガーアダルトミーン:YAM)と比較した骨密度で判断します。
◯脆弱性骨折の既往がある場合:YAMの80%未満。
◯脆弱性骨折がない場合:YAMの70%未満。
骨粗鬆症性圧迫骨折の予後
予後良好例:
◯5週後、3か月後、6か月後のMRIで椎体の形状が正常化。
◯疼痛の消失。
予後不良例:
◯装具装着と体幹前屈制限の徹底不十分が原因。
骨粗鬆症のリスク因子
主要なリスク因子:
◯高齢
◯女性
◯家族歴
◯喫煙
◯過度の飲酒
◯栄養不足
マイナーなリスク因子:
◯運動不足
◯一部の薬剤使用
◯ホルモン異常
対応策:
◯既往歴や生活習慣の問診時に注意が必要。
◯定期的な骨密度の測定が望ましい。
腰椎変性側弯症
定義:
◯思春期特発性側弯症の既往がなく、50歳以降に発症。
◯コブ角が10度以上の腰椎側弯。
有病率:
◯60歳以降で約68%。
病態:
◯MRIでの骨髄浮腫と腰痛の相関性が報告され、凹側で顕著。
◯側弯の進行因子として、椎間板変性、ヤコビー線の下降、椎体間の不安定性が挙げられる。
脊椎腫瘍
加齢により新生物の発生率は増加しますが、脊椎が原発の腫瘍はわずか1%で、多くは転移性です。主な原因は前立腺や腎臓からの転移です。
典型的な症状:
◯運動や夜間に悪化する腰痛。
◯安静によって緩和しない進行性、断続的、局在性または放散性の自発痛。
診断のポイント:
◯高齢者で腰痛があり、圧迫骨折が疑われる場合。
◯X線で圧迫骨折が確認され、神経学的脱落所見があるが、明確な発症起点がない。
◯MRIで骨折の急性・慢性を確認し、PETで悪性・良性の鑑別が重要。
腹部大動脈瘤
高齢者の合併疾患として珍しくありませんが、破裂すると致死的になることが多いです。
有病率:
◯男性:4〜9%
◯女性:1%
症状:
◯初発症状として腰背部痛を誘発。
重要性:
◯早期の正確な診断と治療が必要。
まとめ
高齢者の腰下肢痛は、多様な要因が絡み合う複雑な疾患です。画像所見と症状が一致しないことも多く、精神的要因や他の疾患の可能性も考慮した総合的な診断と治療が求められます。適切な対応により、ADLの維持・向上や転倒・認知症のリスク軽減につながります。