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米国の2種類の医師(MDとDO)が治療した入院患者の死亡率は違うのか?

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発表のポイント 

  • 米国の医師の学位には、伝統的な西洋医学を教えてきた医学校を卒業することで授与されるMD(Medical Doctor)と、オステオパシー医学を教えてきた医学校を卒業することで授与されるDO(Doctor of Osteopathic Medicine)があります。MDとDOの学位はいずれも「医師」として施行できる医療行為に違いはありませんが、実際の診療の質が異なるかどうか、分かっていませんでした。
  • 本研究グループは、MDとDOの医師が米国の65歳以上の内科入院患者を治療したときに、患者の転帰(死亡率、再入院率)や行われた医療のプロセスがほとんど変わらないことを示しました。
  • もともとの成り立ちが全く異なる医学校出身の医師によって治療された患者の転帰が変わらないという結果は、米国の医学教育の歴史を通じて、MD養成校とDO養成校の医学教育の標準化が適切に進められてきたことを示しており、成り立ちの異なる学校でも医学教育の標準化が実現可能であることを示唆しています。

同じ病院のMD医師とDO医師が治療した入院患者のアウトカムの比較

 

発表概要

東京大学大学院医学系研究科の宮脇敦士助教、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の津川友介准教授らによる共同研究グループは、アメリカの65歳以上の高齢者を対象とした大規模な医療データを用いて、日本の医学部と同様の西洋医学のみを教える医学校(MD養成校)を卒業した医師と、オステオパシー医学(注1)を中心に教えてきた医学校(DO養成校)を卒業した医師が治療した入院患者のアウトカムは同等であることを明らかにしました。入院後30日での死亡率は、MD医師で9.4%、DO医師で9.5%とほとんど変わりませんでした。再入院率・入院日数・医療費・入院中の専門医へのコンサルテーションの回数やICUの利用率や退院先(自宅や介護施設など)、画像検査や臨床検査の利用も同等でした。

 

多数派のMD医師も少数派のDO医師も現在では制度上、施行できる手術や処方などの医療行為に違いはありません。しかし、MD医師のトレーニングとDO医師のトレーニングは多くは別々に行われています。近年DO養成校は劇的に増加しており、現在医学生の4人に1人はDO養成校に通っています。しかし、MD医師とDO医師の診療やそのアウトカムがどのように異なるのか、ほとんどわかっていませんでした。

本研究の結果は、MD養成校とDO養成校の間で、現在では、入院患者のアウトカムに影響を与えるような、教育内容の違いはみられないことを示しています。これはDO医師のアメリカの医療システムにおける役割がますます重要となっていることを考えると、安心できる結果です。また、MD養成校とDO養成校は、その成り立ちから過去には教育内容は大きく異なっていたことを考えると、医学教育・トレーニングにおいて、患者にとって重要な教育内容を標準化することが可能であることを例証していると考えられ、その点で日本にも示唆を与えてくれると考えています。

本研究成果は、2023年5月29日(米国東部夏時間)に米国内科学会(American College of Physicians)の「Annals of Internal Medicine」にオンライン掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

米国には、成り立ちの異なる2つの医学校(Medical  Doctor[MD]養成校とDoctor  of Osteopathic  Medicine[DO]養成校)があります。どちらの医学校の学生でも、4年間の教育を受けた後、臨床研修(レジデンシー)を経て医師として働くことができます。前者は伝統的な西洋医学を、後者はオステオパシー医学と呼ばれる医療アプローチを基盤にしています。オステオパシーは19世紀末に西洋医学とは異なる立場から始まった、手技療法や運動療法などを用いて、身体の自然治癒力を高めることに重点を置いた医学体系です。過去には大きく教育内容が異なっていましたが、現在では、カリキュラム基準は、いくつかの例外を除いて、MD養成校とDO養成校の学位プログラムでほぼ同じです(違いの1つとして、DO養成校ではオステオパシー手技療法と呼ばれる理学療法の授業と実習があります)。しかし実際にそれぞれの医学校で受ける医学教育や卒業後のトレーニングには違いがあるのではないかという議論が続いており、それを背景とした、レジデンシーにおけるDO医師に対する不公平な扱いも問題になっています。また、そもそもDO養成校を卒業した医師(DO医師)がMD養成校を卒業した医師(MD医師)と同様に処方や手術ができる資格であることが一般に知られていないという問題もあります。

 

米国ではMD医師が多数派で、全医師の90%を占めます(図1)。しかし、MD養成校の学校数が横ばいの一方でDO養成校は増加傾向にあります。2022年には、全医学生の1/4がDO養成校に通っているため、将来的にDO医師が更に増加することが見込まれます。DO医師は、MD医師と比較して、地方や経済的に貧しい地域で診療を行い、プライマリーケアに従事する傾向が強く、米国における医療アクセス格差の縮小に貢献する役割を持っています。

 

図1:米国におけるDO医師の割合の推移(2010−2020)

 

しかし、このようにDO医師の増加が見込まれるにも関わらず、提供している医療の内容やアウトカム、医療費が、この成り立ちの異なる2種類の医学校を卒業した医師(MD医師とDO医師)の間で異なるかどうかについては、エビデンスが限られていました。米国の医療システムにおいてDO医師が果たす重要な役割を踏まえると、MD医師とDO医師が治療した患者の転帰に違いがあるかどうかを評価することは重要であると考えられます。

 

〈研究の内容〉

このような背景から、アメリカの大規模データであるメディケアデータ(65歳以上の高齢者を対象とした診療報酬データ)を用いて、アメリカのMD医師とDO医師が治療した緊急入院患者のアウトカム(30日患者死亡率、30日再入院)・入院期間・医療費を比較しました。今回は、ホスピタリスト(入院患者のみを診る医師)が治療した医師に注目しました。ホスピタリストは通常、シフト制で勤務するため、医師は患者を選ぶことができません。また、患者が医師を選ぶことができない状況を作り出すために、緊急入院した患者のみに分析を限定しました。このように医師も患者を選べないし、患者も医師を選べない状況では、MD医師とDO医師への「患者の割付」が同じ病院の中では、ほぼランダムに近い状況と考えることができるため、患者の重症度の違いが結果を歪めることを防ぐことができます。

 

MD医師とDO医師はDoximityという医師のオンラインソーシャルネットワーキングサービスからのデータを用いて同定しました。Doximityでは、登録者が自ら学位を登録しますが、先行研究からその登録内容の妥当性が高いことが示されています。メディケアデータに記録のある医師の92%がDoximityデータにも登録されていました(アメリカの医師にはnational provider identifierと呼ばれる背番号が割り当てられておりそれを使って異なるデータベースを紐付けることができます)。米国には米国外出身の医師も多く働いているため、米国外の医学部の卒業生は除外しました。MD医師とDO医師の比較の際には、さまざまな患者の要因(年齢、性別、主傷病、併存疾患など)、医師の要因(性別、年齢、年間診療患者数)、および病院の固定効果を調整することのできる回帰モデルを使用し(病院の固定効果を調整することで、同じ病院内で治療された患者を実質的に比較しています)、それらの影響を統計的に補正しました。

 

この研究手法を用いて、2016年から2019年の間に3,428病院の17,918人の医師が治療した329,510人の患者(平均年齢79.8歳、女性が59%)を分析したところ、入院後30日以内の調整後死亡率はMD医師で9.4%、DO医師で9.5%とほとんど変わらない事がわかりました(図2)。また、退院後30日以内の再入院率は、MD医師で15.7%、DO医師で15.6% 、入院日数はMD医師で4.5日、DO医師で4.5日、入院医療費はMD医師で1,004ドル、DO医師で1,003ドルと、ほぼ同等でした。入院中の専門医へのコンサルト回数やICUの利用率や退院先(自宅や介護施設など)、画像検査や臨床検査の利用も同等であり、同じ病院で働いているMD医師とDO医師の提供している医療の「質」は、ほぼ同等であることが示唆されました。

 

図2:同じ病院のMD医師とDO医師が治療した入院患者のアウトカムの比較

エラーバーは95%信頼区間を示す。患者の要因(年齢、性別、主傷病、併存疾患など)、医師の要因(性別、年齢、年間診療患者数)、および病院の固定効果で調整後。

 

〈今後の展望〉

この結果のメカニズムとしては、医学校における教育の標準化と卒後教育におけるトレーニングの標準化の2つが考えられます。MD養成校とDO養成校は、別々の認定機関によって認定を受けていますが、どちらも基礎医学と臨床実習を伴う4年間のカリキュラムを含む同様の厳しい認定基準に従っているため、医学校における教育内容にはほとんど差がない可能性が考えられます。また、研修のシステム上、MD医師とDO医師が同じレジデントプログラムに参加することが頻繁に起こっており、医学校卒業後に受けるレジデントやフェローシップの研修が、MD医師とDO医師の診療方法の標準化に寄与している可能性も考えられます。

日本や米国を含む先進各国では医学教育は標準化されてきていますが、まだまだ医学校ごとに異なる点も多く残っています。しかし、医学教育の内容が、将来その医師が診る患者にどのような影響を与えるのか(または与えないのか)、という点についてはわかっていないことが多いのが現状です。今回の研究では、過去には異なる教育内容であったMD養成校とDO養成校で、今では少なくとも、入院患者のアウトカムに影響を与えるような、教育内容の違いはみられない(=教育内容が適切に標準化されている)、もしくは、仮に教育内容に違いがあっても患者のアウトカムに影響するようなものではない、ということを示しています。日本においても医学部や臨床研修における教育内容の違いは存在するため、どのような違いが患者にとって重要で、どの違いは多様性として許容されるのか、今後の研究が期待されます。

 

発表者

東京大学大学院医学系研究科

宮脇敦士(助教)

〈研究当時:UCLA David Geffen School of Medicine訪問研究員を兼務〉

 

UCLA David Geffen School of Medicine

津川友介(准教授)

 

論文情報

〈雑誌〉

Annals of Internal Medicine

〈題名〉

Comparison  of  Hospital  Outcomes  for  Patients  Treated  by  Allopathic Versus Osteopathic Hospitalists

(MD医師とDO医師の治療した入院患者のアウトカムの比較)

〈著者〉

Atsushi Miyawaki*, Anupam B. Jena, Nate Gross, Yusuke Tsugawa*Corresponding author

〈DOI〉

10.7326/M22-3723

〈URL〉

https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M22-3723

 

研究助成

本研究は、National  Institutes  of  Health/National  Institute  on  Aging(課題番号:R01AG068633)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)オステオパシー医学:

19世紀末に米国の医師アンドリュー・テイラー・スティルによって開発されたアメリカ独自の医学体系。スティル医師は当時の(伝統的な)西洋医学は薬物治療に偏重しすぎており、それは時として害になると考え、全身的アプローチや予防医学、筋骨格系により焦点を当てる医学アプローチを提唱した。1892年に最初のオステオパシー医学校(DO養成校)が誕生し、現在では38校(MD養成校は150以上)に達する。伝統的な西洋医学と徐々に医学教育のカリキュラムは同様のものとなってきたが、現在でも200時間以上のオステオパシー手技療法(筋骨格系の整体療法)を医学校の間に修了する必要がある。1989年までに全ての米国の州でDO医師は医療行為をMD養成校卒業の医師と同等に行えるようになった。

 

詳細▶︎https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400215692.pdf

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

米国の2種類の医師(MDとDO)が治療した入院患者の死亡率は違うのか?

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