歩行分析をはじめた理由
ーー 先生が理学療法士と一緒に仕事をするようになったきっかけはいつ頃だったのでしょうか?
山本先生 私は電気工学部出身で、学生時代は筋電義手の研究をしていました。そこでたまたま福祉用具に携わることになり、最初は義肢装具士の方々と一緒に仕事をするようになりました。その後に、大学の教員となり、以前勤めていた大学院に理学療法士の方々が入学してくるようになりました。
もちろんその頃には、歩行分析などの研究を何十回とやってきていたので、歩行のバイオメカニクスを伝えることが多かったですね。理学療法士の方々の要望が一番多かったのも歩行分析のことでした。
ーー なぜ歩行分析の研究をされたのですか?
山本先生 もともとは筋電義手の研究をしていたので、歩行分析は正直やりたくありませんでした。
しかし、大学を卒業後、最初に研究員として就職した先で上司から「歩行分析をしてほしい」との指示があったので、仕方なくはじめたという経緯です。
その頃でも、歩行分析の研究は山ほどあったのですが、その割には世の中の役に立っているものがなかったので、不毛なのではないかと思って、あまり気乗りしなかったんです。就職してやりたかったのは、ものの開発でした。
現場の人が必要としているものをローテクでいいから開発したいと思っていました。
ゲイトソリューション開発までの道のり
適応症例
●片麻痺、腓骨神経麻痺等。
●足関節底屈および内反筋群の痙性が軽度から中等度。
●著しい足部の変形や拘縮がない。
●立脚相の著しい膝折れや反張膝がない。
効用(ゲイトソリューションを使用することにより以下の効用が期待できます。)
(1)踵接地時に底屈の動きを油圧により制動することにより滑らかな体重移動を可能にします。
(2)なめらかな体重移動により自然な歩容を得ると同時に左右の対称性、バランスのとれた歩容を実現することができます。
バランスのとれた歩容を実現することによりきれいに歩ける、つかれない、歩行速度の増加などの効果を得ることができます。
(3)遊脚相つま先のクリアランスを確保することができます。引用元:https://www.p-supply.co.jp/products/375
ーー ゲイトソリューションの開発もそのような経緯がきっかけだったのでしょうか?
山本先生 最初に歩行分析を仕事として始めたのは、股関節OAの方の分析でした。
私はやり出したら徹底的にやらなければ気が済まない性格ですので、200名以上の患者さんの分析と100名以上の健常者の分析を行いました。
当然、それを論文にして、有名雑誌にも論文が掲載され、学位も取得しました。でもやはり、これは役に立たないなと思っていました。
評価はしていただいたのですが、もともと「やれ」と言われた研究でしたので、もっと人の役に立つものを作りたいということを考えていました。
そのころ、あるリハ医の先生から装具に関する研究を勧められたのがこの研究を始めたきっかけです。
この研究でも患者さんのご協力のもと、徹底的に調べ、悩みまくって、ある一つのポイントに行き着き、ゲイトソリューションの前に一つの装具を作りました。
ーー ゲイトソリューションはこれまでの装具とは違い、デザインへのこだわりを感じるのですが。
山本先生 そうですね。もうすでに、歩行を補助するポイントというのはその研究で明らかになっていたので、装具をつけてもらうことで患者さんの歩行がとてもよくなりました。しかし、デザインが問題で、大きなかさばるものだったのでこれでは喜んで使ってもらえないなと思いました。
そのとき痛感したのは、「患者さんは装具なんて履きたくて履いているんじゃない」ということでした。ですから、少しでも喜んでもらわなければいけないと思って、靴の履きやすさだったり、着脱のしやすさだったりということも、歩行の改善と同等に重要視するようになりました。
その当時、ゲイトソリューションの研究費で7〜8,000万円もらっていたので、デザインは、プロのデザイナーの方にお願いしました。
理学療法の道具としての装具
ーー 理学療法士の中には、装具を外していくために理学療法を行っていると考えている方もいるのですが、それについてどう思われますか?
山本先生 従来の装具であれば当然そのように考えていくでしょうね。
これまでの装具のほとんどは、関節の動きを止める役割をしているものが多くあります。そして、装具の位置付けとして、色々と理学療法を行ったけども、装具をつけないと歩けないから仕方なくつけるといったものでした。
当然、関節の動きを止め筋肉が働かないような環境下で歩行すれば、さらに動きが悪くなりますし、悪くなるという研究結果も出ています。しかし、ゲイトソリューションはそういうものではなく、理学療法の一手段として使えるものとなっています。
歩行に必要な下肢のアライメントを整え、歩行に必要な機能を促す装具ですので、理学療法士の方は、そこに気を取られずもっと別の部分から集中的にアプローチができるようになります。
ですから、私たちの考えた装具は治療の道具としても使えるし、日常生活でも使えるものを作成しました。
ーー 私が見たものでは、足関節のものだったのですが、それ以外の部位の装具もあるのでしょうか?
山本先生 最近ですとゲイトソリューションの技術を応用した長下肢装具もできました。しかし、基本的に歩行は床反力をコントロールして全身の動きにつなげていくものです。
足関節のコントロールは装具に任せて、それ以外の部位、例えば骨盤や体幹に関してのコントロールは理学療法士の方々が行うべきだと思っています。
歩行の分析によって片麻痺の患者さんの歩行を決定する因子として誰でも共通して言えることは、足関節背屈筋がうまく働かないことですが、他の部位に関しては千差万別です。
この部分については機械で制御できることではないことだと思っていますし、ベテランの理学療法士の先生の臨床を目の当たりにして、特にそう思います。先生方のこれまでの経験に裏づけられた勘にあたる部分のコントロールは一つの装具でどうにかできるものではありません。
しかし、歩行を決定する最大のポイントの1つは踵から接地し、前脛骨筋の遠心性収縮で下腿を引き出すことで、それに関してはゲイトソリューションでコントロールすることができます。
世界一装具の選択肢があるのは日本
ーー 海外では活用されていますか?
山本先生 海外の多くは、装具に対する意識が低いのか、あまり装具に対してお金をかけることがありません。
例えばアメリカでは平均的に5,000円くらいのものが、お店の壁にずらっと並んでいるような状態です。「歩ければなんでもいいでしょ」ということなんだと思います。
この分野に関しては、私が思うに日本が一番選択肢があり、深く追求されているのではないかなと思います。
そういったこともあり、装具と理学療法が深く結びついているのは、日本が最も最先端であると言っても過言ではないような気がします。
ーー 今現在、日本では介護・医療向けロボットの開発が進んでいますが、それに関して先生が思うところはありますでしょうか?
山本先生 確かに最近増えましたね。工学科出身の人が今一生懸命取り組んでいる分野が、この分野だと思います。私個人の意見としては、やりすぎだなと思うところがあります。
私が、ゲイトソリューションを作って思うところは、最初ゲイトソリューションを片麻痺の患者さんに使っていただくと「ふにゃふにゃして歩きにくい」と思われる方もいると思います。
しかし、それをつけて理学療法士の方の手が加わると2〜3週間もすれば見違えるほどにキレイな歩行になります。
そういったことを目の当たりにすると、装具というものは、使用者の機能を高めるものであって、それに依存するものではないと考えています。
もう少し具体的なお話をすると、モーターなどで不足分を補って求心性収縮のみを補助するものであってはいけないと私は思っています。
ロボットの開発は技術自体は最先端ですし、華やかな分野ですので注目を集めやすいですが、もっと現場の人が「現場ではハイテクのものばかりが欲しいのではない、もっと現場のニーズに即したものが必要」といったことを伝えていかなければいけないと思っています。
現場を知らずして、テクノロジーの進化に依存した開発は、誰のための商品なのかわからなくなってしまいます。
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山本澄子先生の経歴
経歴:慶応義塾大学大学院工学研究科修了。
東京都補装具研究所研究員、東京都福祉機器総合センター主任技術員を経て、1998年東北大学大学院医学系研究科助手、講師、助教授。
2001年より国際医療福祉大学大学院 福祉支援工学分野 教授
学位:工学博士
研究実績:
1) Yamamoto S., Fuchi,M., Yasui T., 2011, Change of rokcer function in the gait of stroke patients using an ankle foor orthosis with an oil damper: immediate change and the short-term effects, Prosthetics and Orthotics International, 35(4) 350-359
2) 山本澄子 萩原章由 溝部朋文 佐鹿博信 松田靖史 安井 匡 宮崎信次, 2002, 油圧を利用した短下肢装具の開発, 日本義肢装具学会誌, 18(4)、301-308
3) 山本澄子 石井慎一郎、江原義弘、2010、学生と教員のための基礎バイオメカニクス、医歯薬出版
4) 江原義弘 山本澄子 編集、2008、臨床歩行計測入門、医歯薬出版
5) 山本澄子、江原義弘、萩原章由、溝部朋文, 2005, ボディダイナミクス入門 片麻痺者の歩行と短下肢装具、医歯薬出版
6) Neumann K著、月城慶一、山本澄子、江原義弘 盆子原秀三(訳), 2005, 観察による歩行分析, 医学書院