令和7年9月26日の第198回社会保障審議会医療保険部会で、厚生労働省は令和8年度診療報酬改定の基本方針案を提示した。物価・賃金上昇への対応を重要な視点として位置づけ、医療機関の経営環境改善と2040年を見据えた医療提供体制の構築を両立させる方針を示した。
医療機関の経営状況(病院の赤字拡大)については別稿「医療機関の経営危機が深刻化、病院の赤字拡大が鮮明に 社保審医療保険部会で実態明らかに」にて。
高額レセプトの急増と医療保険制度改革の議論は別稿「高額レセプト10年で6倍に急増、現役世代の保険料負担『限界』 医療保険制度改革が急務」をご参照ください。
4つの基本認識で改定の方向性示す
厚生労働省が提示した「資料2 令和8年度診療報酬改定の基本方針について」によると、改定に当たっての基本認識として4点を掲げた。
第1に「日本経済が新たなステージに移行しつつある中での物価・賃金の上昇、人口構造の変化や人口減少の中での人材確保、現役世代の負担の抑制努力の必要性」を挙げ、医療機関を取り巻く厳しい環境への対応を重要な項目とした。第2は「2040年頃を見据えた医療提供体制の構築」で、生産年齢人口減少と85歳以上人口増加に対応する体制整備を求めた。第3に「医療の高度化や医療DX、イノベーションの推進」、第4に「制度の安定性・持続可能性の確保」を掲げている。
「光熱水費・委託費も明記を」医師会が要望
日本医師会常任理事の城守国斗委員は基本方針案について「記載されている内容に異論はないが、物価・賃金・人手不足などの対応を重点項目として位置づけていただきたい」と述べた。
城守委員は具体的方向性で「食材料費等」とされている記載について「食材料費だけでなく、光熱水費、委託費も医療機関にとって大きな負担となっているため、光熱水費、委託費、食材料費等と明記していただきたい」と要望した。
また、医療DX推進について「導入費用だけでなく、保守点検、システム更新、入れ替え等の運用コストが非常に大きくなっているため、この運用コストの評価もしていただきたい」と求めた。
病院会「人的要件の緩和も必要」
日本病院会副会長の島弘志委員は「労働生産人口減少により、診療報酬の施設基準における人的要件緩和も考え始めないと制度自体が破綻してしまう」と指摘した。島委員は「最高ランクの施設基準を取るために国家資格を持った職員の雇用が必要だが、今後そうした資格取得者も減ってくる」と現状を説明した。
賃上げ促進税制についても「国公立病院や社会医療法人は適用外で、赤字病院も使えない。実際に使われているのは2割程度にとどまっている」と制度の限界を指摘した。
「2040年のビジョン明示を」
NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事の袖井孝子委員は「2040年をターゲットにするなら、どういう社会、どういう医療体制を考えるのかビジョンを示す必要がある」と求めた。袖井委員は「人口推計だけでなく、世帯推計、労働力推計、医師などの将来推計、診療所ゼロ自治体の推計なども必要」と具体的なデータ整備を求めた。
経団連「医療機能の分化・連携強化を」
日本経済団体連合会社会保障委員会医療・介護改革部会長の横本美津子委員は「具体的方向性で医薬品に関する事項のみが記載されているが、効率化・適正化の観点からは他にも取り組むべき事項が多い」と指摘した。横本委員は「医療機能の分化・連携・集約化を通じた効率的な医療提供体制の構築も重要な視点だ」と述べた。
保険者「制度の持続可能性確保が大前提」
健康保険組合連合会会長代理の佐野雅宏委員は「保険者としては医療保険制度の安定性・持続可能性の向上が大前提」と強調した。佐野委員は「現役世代の保険料負担が限界に来ている中、高額薬剤等による医療費増加に強い危機感を持っている」と述べた。
その上で「効果的・効率的な医療提供体制の構築と保険給付の重点化が、医療の人手不足・コスト増に対応しつつ保険料上昇を抑制することにつながる」と指摘した。
看護協会「夜勤者確保が深刻化」
日本看護協会副会長の任和子委員は「最も重要なのは人材確保で、とりわけ病院の夜間人材確保が深刻化している」と報告した。任委員は本会調査データを示し「いずれの病床規模でも15%程度は短時間勤務または夜勤免除者が病棟に配置されている」と実態を説明した。
「医療機関は夜勤手当増額や賃上げに取り組みたくても、物価高騰により深刻な経営難に直面し、他産業並みの処遇改善が困難」と現状を訴えた。
日本看護協会『2024年 病院看護実態調査(日本看護協会調査研究報告 No.101 2025)P27
日本看護協会『2024年 病院看護実態調査(日本看護協会調査研究報告 No.101 2025)P100
薬剤師会「医薬品供給不安定が継続」
日本薬剤師会副会長の渡邊大記委員は「医薬品の供給が不安定なまま続いており、かなりの現場負担がかかっている」と報告した。渡邊委員は「切り替えの利かない薬がなくなり、切り替え先の薬もない状態で、患者への大きな影響が懸念される」と述べた。
高額薬剤については「薬局が在庫を抱えることになり、そのまま破棄となれば大きな損失となる。これらの医薬品にまつわる負荷について、今後の議論で評価していただきたい」と要望した。
来年度改定スケジュール確認
厚生労働省の資料によると、令和8年度診療報酬改定に向けて4月にキックオフし、12月の諮問・答申を目指すスケジュールが示されている。医療経済実態調査や薬価調査の実施、各種専門部会での検討を経て、総合的な改定内容を決定する予定だ。