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【特別講演Vol.2】「かつては私もメンタルのせいにしていた」ドジャース伊藤憲生PTが“原点回帰”で突き止めた、佐々木朗希「回外型スライダー」の代償

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世界最高峰の舞台、ワールドシリーズ。その頂点に立った理学療法士、伊藤憲生氏(31)の口から語られたのは、輝かしい成功談ではなく、自身の過去への「懺悔」と、そこからの「原点回帰」の物語だった。Vol.1では「メンタルは身体機能の上に成り立つ」というメッセージをお伝えしたが、今回は、伊藤氏がいかにしてその境地に辿り着いたのか。そして、不調に陥った佐々木朗希投手を復活に導いた「泥臭いPDCA」と「投球タイプの解析」の全貌に迫る。

「この選手はメンタルが弱い」と逃げていた過去

講演中、伊藤氏は静かに、しかし力強く語り始めた。 「僕もこの10年間で、パフォーマンスが上がらない時、『この人はメンタルだな』と思って片付けてしまったことがありました」

臨床で結果が出ないとき、私たちはつい見えない領域に原因を求めがちだ。伊藤氏もかつてはそうだったと告白する。しかし、メジャーリーグという逃げ場のない環境が、彼を変えた。「メンタルで解決できることは少ない。技術があり、そして何より不安のない身体機能があって初めて、メンタルは安定する」 その確信を得たとき、伊藤氏は「メンタル」という言葉に逃げることをやめ、理学療法士としての原点である「機能評価」にすべてを懸ける覚悟を決めた。

5月16日、ノートに書き殴った「PDCA」

その覚悟が試されたのが、今年5月、佐々木朗希投手が不調でマイナー降格の危機に瀕した時だ。5月15日、佐々木投手は「慢性的な右肩の弱さ」「しっくりこない」と訴えた。ここで「自信を持て」と励ますのは簡単だ。だが、伊藤氏は翌16日、1冊のノートを取り出し、徹底的な「機能障害の洗い出し」を始めた。

Plan(仮説): 投球フォームの崩れと、身体機能(可動域・筋力)の不一致があるのではないか。
Do(評価): アライメント、股関節機能、横向きでの筋力、仰向けでの筋バランス、肩甲骨の可動域……。「PTとしてできることはこれしかないと思って、全部評価しました」
Check(分析): そこで見えてきたのは、本人の感覚と実際の動きのズレ、そして次に解説する「投球タイプと球種のミスマッチ」だった。
Act(アプローチ):評価に基づき、一つひとつ身体のパズルを修正していく地道な作業。 

分析:投手は2つのタイプに分かれる(回内型・回外型)

伊藤氏がMLBのコーチ陣との対話や、自身の臨床経験から導き出した重要な視点がある。それは、投手がボールをリリースする際、指先の使い方が大きく2つのタイプ(およびその中間型)に分類されるという理論だ。

① 回内(プロネーション)型

特徴:人差し指を中心に、ボールを押し込むように腕を内側に捻りながら(回内して)リリースするタイプ。
代表例:佐々木朗希、千賀滉大(メッツ)など。
得意球種:直球、フォークなど、縦に落ちる変化球や押し込むボール。

② 回外(スピネーション)型

特徴:小指側から外側に回すように(回外して)リリースするタイプ。
代表例:ダルビッシュ有(パドレス)、大谷翔平(ドジャース)など。
得意球種:スイーパー、スライダー、カーブなど、横に滑る変化球。

③ 中間(ニュートラル)型

近年のバイオメカニクス研究においても、これらは二項対立ではなく「スペクトラム(連続体)」として捉えられている。完全な回内・回外だけでなく、その中間に位置し、両方の特性をバランスよく持つ投手も存在する。重要なのは、選手が「どの特性(Motor Preferences)を優位に持っているか」を見極めることだ。

「回内型」の投手に「回外型」の球種は毒か

この分類に基づき、伊藤氏は不調のメカニズムを突き止めた。佐々木朗希の不調の引き金は、2023年のWBC以降、トレンドであった「スイーパー」や「スライダー」といった「回外型」の動きを要する変化球を多投したことにあった。

伊藤氏はこう分析する。 「本来、人差し指で押し込む『回内型』の投手が、小指側から切る『回外型』の球種(スイーパー等)を無理に投げようとすると、リリース時に肩へ抜けるような異常なストレスがかかります」

このミスマッチは、身体に代償動作を引き起こした。本来リリースしたいポイントからズレが生じ、それを補うために投球フォームがインステップ(踏み出し足が内側に入る)になり、身体の開きを抑えようとして窮屈なフォームに変貌していたのだ。  その結果が、「爪の割れ(中指の内側から横方向への割れ)」や「肩のインピンジメント(衝突)」として現れた。爪の割れ方は、本来かからないはずの負荷が指先にかかっていた動かぬ証拠だった。

「特別なことはしていない」という強いメッセージ

原因が特定できれば、あとはアプローチ(Act)あるのみだ。伊藤氏は、プライオボールを用いたエクササイズや、胸郭のしなやかさを取り戻す徒手療法を展開し、佐々木投手を本来の「回内型」の動きへと回帰させた。機能が戻るにつれ、佐々木投手の表情から迷いが消え、結果としてメンタルも復調していった。

講演の最後、伊藤氏は学生や現役PTに向けてこう語りかけた。 「僕は特別なことはしていません。学生時代の実習と同じように、目の前の選手の個々の特性を評価し、痛みのない体を作ってあげる。それが理学療法士として一番できることです」

もし今、目の前の患者や選手の改善が停滞し、「メンタル」のせいにしたくなっているとしたら――。一度立ち止まり、解剖学書とゴニオメーターを手に取り、基礎的な評価に戻ってみる。ドジャースを世界一に寄与した理学療法士が示したのは、そんな「原点回帰」の勇気だった。

【目次】

ドジャース・伊藤憲生氏が母校で講演「身体機能がメンタルを支える」─佐々木朗希との1カ月半

「かつては私もメンタルのせいにしていた」ドジャース伊藤憲生PTが“原点回帰”で突き止めた、佐々木朗希「回外型スライダー」の代償

「登板1時間前の打撃練習」 ドジャース伊藤憲生PTが見た、大谷翔平とレジェンド・カーショウの“異常”な準備

恩師の教え、ロッテへの執念、そして「一緒にドジャースへ」 ドジャース伊藤PTの運命を変えた「3つのターニングポイント」

深夜1時半の着信。WSの舞台裏と、伊藤憲生PTが迫られた「究極の決断」

この記事の執筆者
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今井俊太
【POST編集部】取締役 兼 編集長

理学療法士としての現場経験を経て、医療・リハビリ分野の報道・編集に携わり、医療メディアを創業。これまでに数百人の医療従事者へのインタビューや記事執筆を行う。厚生労働省の検討会や政策資料を継続的に分析し、医療制度の変化を現場目線でわかりやすく伝える記事を多数制作。
近年は療法士専門の人材紹介・キャリア支援事業を立ち上げ、臨床現場で働く療法士の悩みや課題にも直接向き合いながら、政策・報道・現場支援の三方向から医療・リハビリ業界の発展に取り組んでいる。

【特別講演Vol.2】「かつては私もメンタルのせいにしていた」ドジャース伊藤憲生PTが“原点回帰”で突き止めた、佐々木朗希「回外型スライダー」の代償

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