第一回:昭和大学藤が丘病院へ【常葉大学 健康科学部 理学療法学科 教授|理学療法士 金承革先生】

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福井勉先生直属の膝班に配属

 

―理学療法士になったきっかけを教えてください。

金先生 小学校4年からサッカーをやっていたこともあり、中学校終わりのころ、はじめはサッカー選手として生きる気持ちを持っていました。ただ、今とは異なり、Jリーグもない時代です。社会人リーグでも、私自身在日韓国人3世ということもあり、外国人枠(当時1チーム3人まで)で入れる技能的保証や実績も無く、どこかのチームに入れる隙はありません。

 

母からは、中学卒業や高校卒業時に非常に心配されていまして、母の強い勧めもあり、医師を目指すことになりました。大学受験浪人をする訳ですが、実際には、4年浪人してもなかなか入ることができませんでした。ただ思い返せば、高校卒業当時に数Ⅰもまともに分からない状態でしたから、受かるわけもありませんよね。

 

医学部合格には遠いので気がして、医療系で他の資格がないかなと探していた時、理学療法士を紹介している受験情報誌を見て、興味をもったので受験し、東京都立医療技術短期大学に入学しました。高校2年のときサッカー試合で靭帯損傷をして、ケガについてアドバイスをくれる人がいたらいいなと思うこともありましたし、生物に興味もあったので、人体にも興味をもてたのだと思います。

 

 

―最初、昭和大学藤が丘リハビリテーション病院に勤められていますが、きっかけはありますか?

金先生 東京都立医療技術短期大学の学生の頃、臨床実習で昭和大学藤が丘リハビリテーション病院に行きました。昭和大学藤が丘リハビリテーション病院の実習では,福井勉先生にお世話になりました。福井先生とは養成校時代に関係がありました。PT養成校時代に、福井勉先生が助手でいらっしゃってたのです。

 

私が学生の頃、福井先生から「勉強会をやらないか?」と、お声がけいただいて、運動学や動作分析を中心に勉強会を開催していただき、参加していたという関係がありました。

 

私が3年に上がる頃、福井先生は昭和大学に戻られましたが、3年の実習で再びお世話になった訳です。ある日、福井先生が車で送ってくれるときがあって、「どこに就職するの?」とおっしゃられていたので、「空きがあれば昭和大学に行きたいです」とお願いしました。

 

福井先生は意外だったという感じでちょっと驚かれていましたが、「少し話してみる」と、話をしてくれて、就職試験を受けて就職することになりました。

 

 

―当時の“藤が丘”というと、そうそうたるメンバーですよね。

金先生 そうですね。今の若い人たちからするとそういう風に言われています。ただ当時の学生からすると「昭和大学は厳しい実習地」として、名が通っていました。ですから、あまり就職希望者はいなかったかと思います。

 

 

―先生の同期で入られた方って誰がいますか?

金先生 石田泰男先生という入谷誠先生を尊敬してずっとインソールを教えてもらっていた理学療法士がいて、東京衛生学園出身で、同期です。柿崎藤泰先生が2つ上の先輩で、遠藤優先生が東京都立医療技術短期大学の先輩です。

 

就職すると仕事をいろいろ任されリハビリテーション部内の配属が決まるわけですが、学生の頃からお世話になっていたこともあり、福井先生が直属の上司になる膝班に配属されました。当時、3次元動作解析システムVICONの初期型(VICON VX)があり、福井先生が稼働へ向けて努力されていたので、手伝いしなから学んでいきました。

 

 

-学部や大学院へ通って学位を取得されたきっかけは何ですか?

金先生 入職してすぐに、職場が大学病院ということで「学会で発表しなさい」と、言われていましたから、入職して1年後の学会で発表することが決まりました。ただ、研究するにも筋電計や計測機械の使い方もデータの解析の仕方も全くわかりませんでしたからね。

 

改めて、理学療法の教育で、この部分が抜けているのを実感しました。「理学療法士の教育は建前では科学と言いながらも、客観的に物事をみて表現する方法(計測やデータ解析)はほとんど教えていないんだな」と。研究の体験はするけれど、原理や根本概念と呼ばれる本質部分を理解するところまではやらないんだなと感じてました。

 

研究もするからにはきちんとしたかったので、入職直後から「大学で(計測や解析を)勉強したい」という思いになりました。福井先生にも、勉強する方法を聞きましたが、「Winterの本で勉強した」「東京理科大学にも通った」ということだったので、これは私も大学へ行く必要があるなと思いました。

 

(Winterの本→Winter DA: Biomechanics and Motor Control of Human Movement, 2nd Edition, Wiley International, 1990.)

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ただ、大学病院ですし、私は新入職者ですから、「(理学療法分野以外の)大学に入りなおしたい」と申し出ても、すぐに許可がおりるわけでもなく、1年間我慢したのちに東京理科大学工学部第二部経営工学科へ行くことに許可をいただき、入学しました。

 

入学するまでの間は、膝班にいたこともあり、前十字靭帯損傷の患者さんや変形性膝関節症,変形性股関節症を多く担当して、その中から疑問に思ったことを研究していました。

 

東京理科大工学部第二部経営工学科を卒業するころに,さらに研究能力の向上をしたいと思い,大学院にも行こうと決意して,大学院受験の紆余曲折はありましたが,東京理科大学大学院工学研究科へ進学しました。

続くー。

 

【目次】

第一回:昭和大学藤が丘病院へ

第二回:教員人生の始まり

第三回:サルに学べ

最終回:改革の時

 

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 金承革先生のプロフィール

学歴

1993年3月 東京都立医療技術短期大学理学療法学科卒業

1999年3月 東京理科大学工学部第二部経営工学科卒業

2001年3月 東京理科大学大学院工学研究科修士課程修了 修士(工学)

2002年4月 昭和大学医学部リハビリテーション医学診療科特別研究生

2010年7月 昭和大学医学部リハビリテーション医学診療科特別研究生修了

2010年7月 昭和大学大学院医学研究科 博士(医学)

教育歴(職歴)

1993年4月 昭和大学藤が丘リハビリテーション病院 理学療法士

1997年4月 昭和大学医療短期大学理学療法学科・助手

2002年4月 昭和大学保健医療学部理学療法学科・助手

2007年4月 健康科学大学健康科学部理学療法学科・准教授

2011年4月 健康科学大学健康科学部理学療法学科・教授

2013年4月 常葉大学健康科学部静岡理学療法学科・教授[現在に至る]

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