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変形性関節症の新しい遺伝子座位を56カ所発見 -大規模国際メタ解析で高齢化社会最大の課題に迫る-

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理化学研究所(理研)生命医科学研究センター骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、ゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダーらの共同研究グループは、17万人以上の「変形性関節症」患者のゲノムワイド関連解析(GWAS)[1]のメタ解析[2]を実施し、新しい56カ所を含む計100カ所の疾患感受性領域(遺伝子座)[3]を同定しました。

本研究成果は、今後の変形性関節症の原因解明、治療法開発、予防医学研究の基盤になると期待できます。

変形性関節症は、頻度の最も高い筋・骨格系疾患です。世界で3億人以上が罹患しており、社会の高齢化とともに、患者数はますます増加すると危惧されています。関節の痛みと機能障害により、患者の生活の質(QOL)や健康寿命が大きく低下することから、その社会的・経済的影響は甚大です。

今回、共同研究グループは、変形性関節症の相関解析の国際GOコンソーシアム[4]に参画し、17万7517人の変形性関節症患者のGWASメタ解析を実施しました。その結果、100カ所の疾患に関わる遺伝子座を同定しました。そのうち56カ所は今回初めて発見されました。さらに、膝関節、股関節、脊椎関節など変形性関節症の全ての主要部位を含む11の表現型を定義し、1万1897個のゲノムワイドレベルでの有意な相関を示す一塩基多型(SNP)[5]を見つけました。また、親指、脊椎、性別ごとの変形性関節症のリスクバリアント[6]、および荷重関節と非荷重関節の遺伝的影響の違いを発見しました。

 

本研究は、科学雑誌『Cell』(9月2日号)の掲載に先立ち、8月26日付でオンライン掲載されました。

 

背景

「変形性関節症」は、骨・関節疾患の中で最も頻度が高く、世界で3億人以上注1)、日本でも1000万人が罹患しています。膝関節、股関節、脊椎をはじめ、全身のあらゆる関節を侵し、痛みなどのために患者の生活の質(QOL)、健康寿命、生命予後に大きな影響を与えています。要介護となる最大の原因でもあり、社会的・経済的負担は甚大です。

また、変形性関節症は、患者数が世界で最も急速に増加している疾患の一つです。日本でも、厚生労働省『平成26年(2014年)患者調査(疾病分類編)』によると、整形外科疾患の中で平成の間に最も患者数が増加しており、1987年(昭和62年)からの27年間で約3倍になっています注2)。関節軟骨の変性が病理学上の特徴ですが、その原因は不明です。遺伝要因と環境要因の総合的な作用により発症する多因子遺伝病であると考えられています注3)。

池川志郎チームリーダーは、2000年の研究室創設以来、相関解析を中心とするゲノム解析による変形性関節症の病因・病態の解明に取り組んできました。世界で初めて膝の変形性関節症の大規模相関解析に成功するなど注4-5)、これまで、数々の成果を上げてきました。

今回は、変形性関節症のゲノム解析のための国際コンソーシアムであるGO (Genetics of Osteoarthritis) コンソーシアムにアジアから初めて参画し、研究を行いました。

 

注1)GBD 2017 Disease and Injury Incidence and Prevalence Collaborators. Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 354 diseases and injuries for 195 countries and territories, 1990-2017: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2017. Lancet. 2018 Nov 10;392(10159):1789-1858.

注2)厚生労働省『平成26年(2014年)患者調査(疾病分類編)

注3)池川志郎.整形外科領域のゲノム医療-現状と今後今後の課題.日本整形外科学会雑誌2020;94(1): 27-31.

注4)2005年5月2日プレスリリース「椎間板ヘルニアの原因遺伝子を世界で初めて発見

注5)2008年7月12日プレスリリース「膝の変形性関節症の原因遺伝子「DVWA」を同定

 

研究手法と成果

GOコンソーシアムでは、過去に独立に行われていた世界各国の変形性関節症におけるゲノムワイド相関解析(GWAS)のデータを収集しました。82万6690人(変形性関節症患者:17万7517人、非患者:64万9173人)の九つの集団に由来する13の国際コホート研究におけるGWASデータを吟味、統合し、そのメタ解析を行いました。その結果、100カ所の独立した変形性関節症に相関する疾患感受性領域(遺伝子座)を同定しました(図1)。そのうち、52カ所はこれまで見つかっていなかった新しい遺伝子座でした。

 

図1 変形性関節症の国際メタ解析の結果

マンハッタンプロット。個々の点が、一塩基多型(SNP)の相関値を示す。横軸は染色体上の位置。縦軸は、対数変換した相関値。赤破線はゲノムワイド有意水準(P<5×10-8)を示し、それよりも上のSNPが、変形性関節症と有意な相関がある。

 

また、さまざまな層別化解析[7]を行い、親指、脊椎の変形性関節症に特異的な遺伝子座、性別によるリスクバリアントや、体重を支える関節(荷重関節)と体重を支えない関節(非荷重関節)の間での遺伝子座の違いを発見しました。また、変形性関節症の主な症状である痛みに関連する表現型との遺伝的相関の強力な証拠を見つけました。

さらに、股関節、膝関節、脊椎関節、指関節など、変形性関節症の全ての主要部位を含む11の表現型を定義し、表現型による層別化解析を行いました。その結果、1万1897個のゲノムワイドの相関を持つ一塩基多型(SNP)を新たに発見しました。これらに、表現型内の条件付き分析[8]を適用した結果、223個の独立した相関に分類できました(表1)。これらのうち84個は、これまで変形性関節症、およびその関連表現型との相関は見つかっていませんでした。

 

表1 表現型による層別化解析で発見されたゲノムワイドの相関を持つ一塩基多型の数

変形性関節症を11の表現型に定義し、表現型による層別化解析を行った結果、1万1897個のゲノムワイドの相関を持つ一塩基多型(SNP)が新たに発見された。これらに表現型内の条件付き分析を適用した結果、223個の独立した相関に分類でき、これらのうち84個は、これまで変形性関節症、およびその関連表現型との相関は見つかっていなかった。

 

このように大規模に、変形性関節症の部位別の相関が同定されたのは、今回が初めてです。これらの結果から、変形性関節症の発生部位による遺伝的異質性が示唆されました。変形性関節症には、個別化医療の必要性が高いと考えられます。

 

今後の期待

これらの成果は、今後の変形性関節症の原因、病態の解明、治療法の開発、予防医学研究の基盤になると期待できます。特に、患者にとって最大の問題である痛みに関連する相関の解明は、患者の満足度の高い治療に結びつくものと考えられます。

 

補足説明

1.ゲノムワイド関連解析(GWAS)

疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する方法。検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。GWASは、Genome-Wide Association Studyの略。

2.メタ解析

独立して行われた複数の研究の統計解析結果を合算する統計学的手法。

3.疾患感受性領域(遺伝子座)

疾患の発症に関連している染色体上の領域のこと。

4.GO(Genetics of Osteoarthritis)

コンソーシアム変形性関節症のゲノム解析のための国際コンソーシアム。ドイツのEleftheria Zeggini博士を中心に、主に北・西ヨーロッパの研究機関の研究者で構成されている。2017年に発足し、全部で46の研究機関、アジアからは理化学研究所生命医科学研究センターが初めて参加した。

5.一塩基多型(SNP)

ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるが、個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列の違いがある。これを遺伝子多型という。遺伝子多型のうち一つの塩基が、ほかの塩基に変わるものを一塩基多型と呼ぶ。SNPは、Single Nucleotide Polymorphismの略。

6.リスクバリアント

持っているとその疾患の感受性(発生する確率)を上昇させるゲノムDNAの塩基配列。

7.層別化解析

元の集団を、さまざまな亜集団、部分集合ごとに分けた解析。

8.条件付き分析

関連解析の手法の一つ。あるSNPの疾患への関連は、常に連鎖不平衡にある他のSNPの影響を受けている。疾患と関連しているSNPの影響を除外した上で、疾患に関連するSNPが他にないかを検討する手法。

 

共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター

骨関節疾患研究チームチームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)

客員研究員 多久和 紘志(たくわ ひろし)

(島根大学 医学部 整形外科)

研修生 伊藤 修司(いとう しゅうじ)

(島根大学 医学部 整形外科)

研究員 中島 正宏(なかじま まさひろ)

ゲノム解析応用研究チーム

チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)

島根大学 医学部 整形外科

教授内尾 祐司(うちお ゆうじ)

 

原論文情報

Cindy G. Boer, Konstantinos Hatzikotoulas, Lorraine Southam, Lilja Stefánsdóttir, Yanfei Zhang, Rodrigo Coutinho de Almeida, Tian T. Wu, Jie Zheng, April Hartley, Maris Teder-Laving, Anne-Heidi Skogholt, Chikashi Terao, Eleni Zengini, George Alexiadis, Andrei Barysenka, Gyda Bjornsdottir, Maiken E. Gabrielsen, Arthur Gilly, Thorvaldur Ingvarsson, Marianne B. Johnsen, Helgi Jonsson, Margreet Kloppenburg, Almut Luetge, Reedik Mági, Massimo Mangino, Rob R.G.H.H. Nelissen, Manu Shivakumar, Julia Steinberg, Hiroshi Takuwa, Laurent Thomas, Margo Tuerlings, [arcOGEN Consortium], [HUNT All-In Pain], [ARGO Consortium], George Babis, Jason Pui Yin Cheung, Steve A. Lietman, P. Eline Slagboom, Kari Stefansson, Jonathan H. Tobias, André G. Uitterlinden, Bendik Winsvold, John-Anker Zwart, George Davey Smith, Pak Chung Sham, Gudmar Thorleifsson, Tom R. Gaunt, Andrew P. Morris Ana M. Valdes, Aspasia Tsezou, Kathryn S.E Cheah, Shiro Ikegawa, Kristian Hveem, Tõnu Esko, J Mark Wilkinson, Ingrid Meulenbelt, Ming Ta Michael Lee Joyce B.J. van Meurs, Unnur Styrkársdóttir, Eleftheria Zeggini, "Deciphering osteoarthritis genetics across 826,690 individuals from 9 populations", Cell, 10.1016/j.cell.2021.07.038

 

発表者

理化学研究所

生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム

チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)

ゲノム解析応用研究チーム

チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)

 

詳細▶︎https://www.riken.jp/press/2021/20210830_2/index.html

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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