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宇宙無重力で育った生物ではドーパミン低下による運動能力の減弱リスクが生じる ―浮遊に伴う物理的刺激の低下が原因―

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【発表のポイント】

  •  ・宇宙無重力環境で生育したモデル生物の線虫では、筋肉タンパク質やミトコンドリア代謝酵素の低下による運動能力の減弱が認められていたが原因は不明であった。
  •  ・宇宙無重力環境、ならびに地上での疑似微小重力環境で慢性的な浮遊状態(接触刺激の低下)においた線虫で、ドーパミン*1 量が減少し運動能力が減弱することを明らかにした。
  •  ・接触刺激を付与することでドーパミン量の低下が抑えられ、運動能力の減弱も改善された。
  •  ・人類がより長期間宇宙に滞在するには、運動に加えて接触刺激の介入も健康を維持する上で大切な要素であることが強く示唆された。

 

【概要】

宇宙の無重力環境は地上の 1G 環境とは大きく異なり、身体を支える力が必要ないことから、骨や筋肉が急速に萎縮します。東北大学大学院生命科学研究科の東谷篤志教授らの研究グループは、JAXA はじめ国際的な共同研究により、これまでにモデル生物である線虫 C エレガンスを用いた宇宙実験を複数回実施しました。その結果、宇宙の無重力下で幼虫から成虫に成長した個体での筋肉タンパク質やミトコンドリア代謝酵素の低下と運動能力の減弱を認めましたが、その要因は不明でした。

 

今回、宇宙の無重力環境ならびに地上での疑似微小重力環境で生育した個体では、神経伝達物質の 1 つであるドーパミン量が低下して運動能力の減弱につながることを明らかにしました。また、ドーパミン内生量の低下は、物理的な接触刺激の付与だけでも抑えられ、運動能力の減弱が改善しました。これらの結果より、人類がより長期間宇宙に滞在するには、運動に加えて接触刺激の介入も健康を維持する上で大切な要素であることが強く示唆されました。

 

本研究成果は、オープンアクセス電子ジャーナル iScience 誌 vol. 25 2 月号に掲載されました。

 

【詳細な説明】

今や人類は国際宇宙ステーションで半年から一年間の長期滞在も可能となり、将来的には月面での生活や火星への有人宇宙探査などの計画が検討され、宇宙空間は益々身近な場所になりつつあります。一方で、無重力環境は地上 1G の重力環境と大きく異なり、身体を支える力の必要がなくなることから、急速に骨や筋肉が萎縮します。宇宙飛行士は、これらの萎縮を抑えるために負荷をかけた運動を日課にしています。

 

これまでに、私たちはモデル生物線虫 C エレガンスを用いた宇宙実験を、JAXA をはじめ NASA、CNES、ESA、UKSA 等との国際的な共同研究により複数回実施してきました。実験に使用した線虫は 1,000 個の細胞からなり、成虫でも長さ約 1 mm、重さも 1 マイクログラム(百万分の 1 グラム)程度の小さな生物であります。また、宇宙実験では、培養液をバックに入れて育てることから液体の浮力も生じ、身体を支える力は無視できるようなものでした。しかしながら、地上 1G 対照区や国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の遠心機を用いた軌道上 1G 負荷区と比較して、無重力区で育った成虫においては、筋肉タンパクやミトコンドリア代謝酵素が低下することを見出してきました(引用文献 1)。また、運動性(液体培地のなかを泳ぐ速度)も著しく減弱していました。しかしながら、無重力下での何が影響して線虫の運動能力を減弱させたのか?また、その回復する方法は?などの疑問点については未だ解明されていませんでした。

 

そこで、これまでに複数回行った線虫の宇宙実験の成果をもう一度精査したところ、神経伝達物質の 1 つであるドーパミンを分解する酵素 COMT-4 遺伝子の発現が無重力で低下することを見出しました。COMT-4 遺伝子の発現はドーパミンが多い時に誘導されることから、宇宙無重力で育った成虫ではドーパミン量が低下する可能性を仮説に立てて、2018 年に英国研究者との共同宇宙実験を企画し宇宙無重力下で成長した線虫の内生ドーパミン量を測定しました。その結果、無重力下ではドーパミン量が著しく低下することを明らかにしました。

 

ドーパミンは、ヒトにおいて運動調節、学習、意欲、快の感情などに関わり、線虫においても餌の有無に伴う運動調節や匂い学習に関与することが知られています。従って、無重力で育った線虫の筋力ならびに運動性の低下は、ドーパミンの低下に起因する運動意欲の低下であった可能性が強く示唆されました。また、地上 3D クリノスタット*2 を用いた疑似微小重力環境下で育てた線虫においても、宇宙無重力環境と同様に COMT-4 の発現低下、ドーパミン内生量の低下、運動性の減弱を確認しました。さらに、3D クリノスタットでの培養時にドーパミンを投与することで運動能力の減弱が回復すること、また、抑制型の D2 様ドーパミン受容体遺伝子 dop-3 を欠損させた線虫では、疑似微小重力下における運動能力の減弱が生じないことも明らかになりました。すなわち、無重力環境下での成長においては、ドーパミン量が低下することで抑制型ドーパミン受容体が優位な状況となり運動を控えるモードに入り、最終的な筋力低下、ミトコンドリア活性の低下が生じたものと考察されました。

 

次に、何故、無重力環境下での成育ではドーパミン量が低下するのか、慢性的な浮遊状態に伴う物理的な接触刺激の低下に起因するのか証明するために、培養バックに小さなプラスチックビーズ(水と同じ比重 1g/cc)を加えて 3D クリノスタット培養時における接触刺激を増加させる実験を行いました。その結果、ビーズを加えて接触刺激を増やすことで、線虫のドーパミン量の低下の回復とともに運動性の減弱が回復することが明らかになりました。また、ビーズに接触するたびに、線虫の体壁筋 Ca2+レベルが上昇し、接触刺激が感覚神経を経て運動神経から筋収縮シグナルが入力されることを確認しました(図 1)。以上の結果から、無重力においては慢性的な浮遊状態により物理的な接触刺激の入力が著しく低下し、このような刺激の少ない状況で成長すると、運動調節に関わるドーパミン量が低下し抑制型ドーパミン受容体の応答が優位となり、慢性的に運動意欲が失われ、最終的には運動能力、筋力の減弱につながる構図が示されました(図 2)。

 

これまでに、ロシアのバイオサテライトによるマウスの長期宇宙飼育において、脳線条体におけるドーパミン合成(TH)や分解(COMT)、活性型のドーパミン受容体(DOP1)などの遺伝子発現が低下する類似の現象が報告されていました。マウスにおいては、それなりの重さがあり身体を支える力がなくなる要素も考慮しなければならず、根本原因については不明でありました。今回の線虫での宇宙実験結果を考慮しますと、無重力環境において長期飼育されたマウスにおいても慢性的な浮遊状態によって、四肢と床面との接触刺激が著しく低下し、物理的な接触刺激の低下に起因した可能性が強く示唆されました。今後は、マウスの四肢に軽い接触刺激などを与えることで、無重力下においても運動能力の維持がはかられるか調べる次期宇宙実験の実施が待たれます。また、事故や病気などにより身体を動かし難くなった患者に対する軽い刺激(マッサージ等)により筋力がある程度維持できる効果も、同じく、感覚神経の活性化からドーパミン量が定常に維持され、末梢の骨格筋の収縮刺激などを促し衰えを抑制することにつながっているのかもしれないと考えられます。このような宇宙実験の成果は、宇宙飛行士の健康維持のみならず超高齢化社会における健康寿命の増進などに役立つことが引き続き期待されます。

 

引用文献 1:Higashibata et al. npj Microgravity. 2016 Jan 21;2:15022. doi:10.1038/npjmgrav.2015.22.

 

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「宇宙に生きる」ならびに革新的先端研究開発支援事業「AMED-CREST メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」の支援を受けて行われました。

 

【図 1】

 

【図 2】

 

【用語説明】

*1 ドーパミン:ヒトにおいては中枢神経系に存在する神経伝達物質の一つで、運動調節、学習、快の感情、意欲、ホルモン調節などに関わる。線虫や昆虫などの無脊椎動物においても同様に、摂食行動、運動調節、学習などに関わる。

*2 3D クリノスタット:x y z 方向の 3 次元的に試料(実験サンプル)を回転させることで、重力方向を連続的に変化させ、実験サンプルにかかる重力ベクトルをほぼゼロの状態にすることで、宇宙の無重力環境を模擬するための装置。

 

【論文題目】

題目:Loss of physical contact in space alters the dopamine system in C.elegans

著者:Surabhi Sudevan, Kasumi Muto, Nahoko Higashitani, Toko Hashizume, Akira Higashibata, Rebecca A. Ellwood, Colleen S. Deane, Mizanur Rahman,

Siva A. Vanapalli, Timothy Etheridge, Nathaniel J. Szewczyk, Atsushi Higashitani

筆頭著者情報:Surabhi Sudevan、武藤 夏澄(東北大学大学院生命科学研究科)

雑誌:iScience

Volume Page:Vol.25 (2), 103762

DOI:10.1016/j.isci.2022.103762

詳細▶︎https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/02/press20220201-03-space.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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