信州大学医学部運動機能学教室と附属病院リハビリテーション部は2014年より小布施町、新生病院と共同して住民運動器検診による疫学研究「おぶせスタディ」を行っております。おぶせスタディの脊椎部門研究グループである西村輝作業療法士は、リハビリテーション部池上章太講師、運動機能学教室髙橋淳教授らとともに、50歳から89歳の一般住民を対象とした検診で、放射線学的アプローチに基づく脊椎矢状面バランス評価により認知機能低下のスクリーニングが行えることを明らかにし、国際学術誌Scientific Reports (Impact factor 4.379) にその成果を報告しました。
軽度認知障害は健康な状態と認知症の間の状態であり、高齢者の1-2割が発症していると推定されています。この状態は元の状態に回復することもあるため、軽度認知障害であるかどうかを確認することは将来の認知症予防にとって重要です。おぶせスタディ脊椎グループは過去の研究で高齢者では運動機能低下が認知機能低下とともに起こってくること、運動機能低下が姿勢の変化として表在化してくることを明らかにしており、高齢者特有の姿勢変化をとらえることで認知機能低下をスクリーニングできるのではという仮説を立て、その仮説が正しいことを突き止めました。
図: 検査によって評価された脊柱の姿勢。左は脊柱の前後バランスがとれた姿勢で、中央と右は上半身が骨盤に対して前方に出ており、重心が前方化している。高齢になると重心は前方に移動する傾向がある。これを評価することにより、認知機能の軽度低下を検出することが可能。
脊椎矢状面バランスの代表的な指標として、Sagittal vertical axis (SVA) があります。SVAは単純X線写真側面像にて第7頚椎の重心線が仙骨椎体後上縁からどれだけ前方に位置するかの水平距離です。姿勢のバランスが取れている場合、第7頚椎は仙骨の直上付近に位置するためSVAは0cm付近となりますが、加齢とともに背中が丸くなってくると徐々に頭部が前方に移動しSVAは5cm、10cmと大きくなっていきます。西村らは、男性50歳以上かつSVA 10cm以上、70歳以上かつSVA 9cm以上、80歳以上かつSVA 7cm以上の場合、認知機能低下が起こっている可能性が高いと主張しました。また、女性では50歳以上では年齢にかかわらずSVA 7cm以上の場合やはり認知機能低下が起こっている可能性が高いとしました。
高齢者の認知機能低下は同時に起こってくる身体機能低下、社会的役割の消失などと結びついて健康を失い要介護になりやすい高齢者特有の状態「フレイル」の要素であると考えられています。おぶせスタディ脊椎グループはこの研究成果を踏まえ、住民の姿勢検診によりフレイルを早期に見つけ適切な介入をすることで、将来の要介護を防ぐ取り組みに役立てていきたいと述べております。
論文:
Nishimura H, Ikegami S, Uehara M, Takahashi J, Tokida R, Kato H. Detection of cognitive decline by spinal posture assessment in health exams of the general older population. Sci Rep. 2022 May 19;12(1):8460.
論文掲載URL:
https://www.nature.com/articles/s41598-022-12605-7.pdf
EurekAlert!
https://www.eurekalert.org/news-releases/955581
詳細▶︎https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/topics/2022/06/17166798.php
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