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軽度認知機能障害に対する長期多要素デイケアには局所脳血流量の低下予防効果がある

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軽度認知機能障害(mild cognitive impairment: MCI)はアルツハイマー型認知症などの認知症の前駆状態と定義されており、アルツハイマー型認知症の早期発⾒・治療にとって⾮常に重要な時期です。運動療法や脳トレ、⾳楽療法など多くの活動を取り⼊れた多要素デイケアが、認知機能に良い影響を与えることは知られていましたが、この際に⽣じる局所脳⾎流量の変化についてはこれまでにあまり検討がなされておらず、その効果のほどは定量的には明らかにされていませんでした。

本研究では、筑波⼤学附属病院で⾏われている多要素デイケアを利⽤しているMCIの⼈を対象に、2 年程度の間隔を空けて2 回ほど脳⾎流検査(single positron emission computed tomography:SPECT)を⾏いました。ここから、経年により局所脳⾎流量がどれほど低下したかを計算し、多要素デイケアへの出席率との関係を調べました。その結果、出席率が⾼いほど右頭頂葉領域の局所脳⾎流量の低下量が⼩さいという相関関係があることが分かりました。

アルツハイマー型認知症では頭頂量領域に障害が⽣じることがすでに知られています。多要素デイケアに⾼頻度で参加することで同部位の変化が⼩さく抑えられたことから、デイケアによる脳⾎流量の低下予防効果が明らかとなりました。本研究結果は、年単位での継続的なデイケア参加者に対する介⼊結果をSPECT で評価した世界で初めての事例であり、多要素デイケアの認知症予防効果を⽰唆するものです。

研究代表者

筑波⼤学 医学医療系

新井 哲明 教授

研究の背景

認知症注1)の⼈の数はほぼ全ての国と地域で増加し続けており、WHOの報告では、2018年の時点で全世界に約5000万⼈と推計されています。⽇本における認知症の⼈の数は2012年時点で462万⼈、そのうち65歳以上の⾼齢者の有病率が15%と推計されており、認知症患者の増加による医療や介護における負担をいかに減らすかが喫緊の課題となっています。

軽度認知機能障害(mild cognitive impairment: MCI)注2)はアルツハイマー型認知症注3)などの認知症の前駆状態と定義されており、認知症の早期発⾒・治療を考える上で⾮常に重要な時期といえます。MCIの⾮薬物療法としては、⾼⾎圧や糖尿病、脂質異常症等の⽣活習慣病の管理の他、運動療法・認知療法・⾳楽療法などを組み合わせた多要素プログラムが有益であることがすでに知られています。しかし多要素プログラムがMCI 患者の脳の機能的変化に与える効果については研究報告が少なく、⼗分なエビデンスの構築がなされていないのが現状です。そこで本研究では、筑波⼤学附属病院の多要素デイケアを利⽤するMCI患者の脳⾎流検査(single positron emission computed tomography: SPECT)を縦断的に解析し、運動療法・認知療法・⾳楽療法を主体とする多要素プログラムによるデイケア活動が、MCI 患者の脳の機能的変化に与える効果について検証しました。

研究内容と成果

多要素プログラムによるデイケア活動が、MCI 患者の脳の局所脳⾎流量の経時的変化に及ぼす効果について検証するために、平均2年間程度にわたってデイケアを継続的に利⽤しているMCI患者に対して、期間中、2回以上の脳⾎流SPECT検査を⾏いました。筑波⼤学附属病院では、週に3⽇の頻度で多要素デイケア活動が開催されており、利⽤者は参加する曜⽇を固定した上で、週1 ⽇(午前2 時間と午後2時間の2セッション実施)のペースでデイケアに参加しています。各セッションでは、表に掲げた6 つのプログラムの中の1 つが実施されましたが、参加する曜⽇でプログラム組成の偏りが⽣じないよう⽉単位でプログラムが構成され、利⽤者には前もって予定表が伝えられました。デイケアに参加しつつ2回以上のSPECT 検査を受け、その期間中に認知症に進展しなかったMCI 患者24 名(平均74 歳)を解析の対象としました。その結果、アルツハイマー型認知症で顕著にみられる右頭頂葉領域の脳⾎流量の経時低下量とデイケアの出席率との間に負の相関がある(デイケア出席率が⾼いほど、脳⾎流量の低下が⼩さい)ことが明らかになりました(図参照)。

今後の展開

これらの研究結果は、⻑期にわたる多要素デイケアへの参加が脳⾎流量の低下を予防する効果を有することを⽰しています。多要素デイケアが認知機能の改善・低下予防に効果があること、数か⽉程度のデイケアへの参加による脳形態への影響はすでに研究されていましたが、年単位で多要素デイケアに参加するMCI 患者を対象に、デイケア活動の介⼊結果を脳⾎流SPECT で定量的に評価した研究は本研究が世界で初めてです。本研究グループは、この研究の前に、頭部MRI を⽤いて同様の検討を⾏い、多要素デイケアの出席率が⾼いほど、左前頭葉(吻側前部帯状⽪質)の容積が保たれる傾向があることも明らかにしています注4)。今後、さらに症例数を増やすとともに、多要素デイケアにおける最も効果の⾼いプログラム⽐率の確⽴や、週に何時間の介⼊が最も効果的であるかなどを検討し、多要素デイケアによる認知症の予防を推進していく予定です

参考図

 

 

図 画像解析結果のまとめ

左図:脳⾎流SPECT画像データの例。デイケア利⽤者のSPECT画像の変化から、経年でどれほど⾎流量が低下したかを計算した。その差分を2回のSPECT撮影の間隔で除し、⼀⽇当たりの⾎流低下量を算出した。

右図:⼀⽇当たりの⾎流低下量とデイケア出席率との間に有意な負の相関があった領域(⾚⾊部分)

⽤語解説

注1) 認知症

記憶、⾒当識、実⾏機能、視空間機能などの認知機能の障害によって、仕事や⽇常⽣活に⽀障を来す疾患の総称。せん妄(意識障害)や精神疾患に伴う認知機能障害は認知症には含まれない。

注2) 軽度認知障害(mild cognitive impairment: MCI)

物忘れなどの軽い認知機能障害の訴えが本⼈あるいは家族からあるが、⽇常⽣活全般には⽀障がない状態。その⼀部が認知症に移⾏することから、本症が認知症の前段階を⽰している場合がある。

注3) アルツハイマー型認知症

認知症の原因として最も多い疾患。通常記憶や⾒当識の障害から始まり、緩徐に進⾏する。65歳以降の⽼年期に発症することが多いが、50 歳台〜60 歳台前半に発症することがあり、これらは若年性アルツハイマー型認知症と呼ばれる。脳内にアミロイドβ蛋⽩とタウ蛋⽩という2種類の蛋⽩が蓄積することが病態に関係すると考えられている。

注4) Boku Y, Ota M et al. The multicomponent day-care program prevents volume reduction in a memory-related brain area in patients with mild cognitive impairment. Dement Geriatr Cogn Disord 2022;51:120‒127

研究資⾦

本研究は、精神神経科奨学寄附⾦を⽤いて⾏われました。本研究では特記すべき利益相反はありません。

掲載論⽂

【題 名】 Effects of a multicomponent day-care program on cerebral blood flow in patients with mild cognitive impairment

(軽度認知機能障害を対象とした多要素デイケアが局所脳⾎流にもたらす影響について)

【著者名】 Youshun Boku, Miho Ota, Miyuki Nemoto, Yuriko Numata, Ayako Kitabatake, Takumi Takahashi, Kiyotaka Nemoto, Masashi Tamura, Aya Sekine, Masayuki Ide, Yuko Kaneda, Tetsuaki Arai

【掲載誌】 Psychogeriatrics

【掲載⽇】 2022年5⽉9⽇

【DOI】 doi:10.1111/psyg.12847

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220713141500.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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