理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター親和性社会行動研究チームの大村菜美研究員、黒田公美チームリーダーらの国際共同研究グループは、科学的根拠に基づく赤ちゃんの泣きやみと寝かしつけのヒントを発見しました。
本研究成果は、赤ちゃんの泣きに困る養育者のストレスの軽減や、虐待防止につながると期待できます。
黒田公美チームリーダーらは2013年、親が赤ちゃんを運ぶとおとなしくなる「輸送反応[1]」をマウスとヒトにおいて発見しました。しかしこの研究では、運ぶ時間が約20秒間と短く、かつ運ぶのをやめると赤ちゃんは再び泣き出すという課題がありました。
今回、国際共同研究グループは、赤ちゃんが泣いているとき、母親が抱っこして5分間連続で歩くと、泣きやむだけでなく、約半数の赤ちゃんが寝付くことを発見しました。また、親の腕の中で眠った赤ちゃんをベッドに置くとき、赤ちゃんが目覚めやすいのは親から体が離れるタイミングであり、ベッドに置いた後一部の赤ちゃんは起きてしまいますが、眠り始めから座って5~8分間待ってからベッドに置くことで、赤ちゃんが起きにくくなることが分かりました。
本研究は、科学雑誌『Current Biology』オンライン版(9月13日付:日本時間9月14日)に掲載されました。
泣いている赤ちゃんの泣きやみ・寝かしつけのヒントを科学的に解明
背景
赤ちゃんは泣くのが仕事といわれるように、よく泣くのが普通です。しかし、あまりにも泣きやまず寝付かないと、親にとってはストレスになり、まれには虐待につながることさえあります。寝かしつけには、おんぶや抱っこ、ベビーカーでの散歩、ゆりかご、スワドリング(赤ちゃんを布で巻く)など、文化によってさまざまな方法が用いられてきました。しかし、こうした方法の効果を科学的に検証した研究は意外なほど少なく、赤ちゃんを効果的に泣きやませ、寝付きやすくさせる方法は、薬剤以外ではよく分かっていませんでした。
黒田公美チームリーダーらは2013年、親が赤ちゃんを抱っこして歩くと、泣きの量が減りおとなしくなる現象を発見し、「輸送反応」として報告しました注1)。輸送反応はヒトの赤ちゃんだけでなく、マウスやネコ、ライオンなど他の哺乳動物でも見られます。野生動物の親は、外敵が迫っているなどの危険な状況で子供を運ぶことが多いため、子も暴れたり騒いだりせず、親が運びやすいように協力しているのだと考えられます注2)。しかし当時の研究では、20秒間ほどの短時間の輸送の効果しか調べておらず、親が抱っこして歩くことで泣きが減っても、歩くのをやめると赤ちゃんはすぐにまた泣き始めていました。そこで今回の研究では、より長い輸送や、異なる方法での輸送が、赤ちゃんの泣きや生理指標に与える効果を調べました。
注1)2013年4月19日プレスリリース「抱っこして歩くと赤ちゃんがリラックスする仕組みの一端を解明」
注2)Yoshida S, Esposito G, Ohnishi R, Tsuneoka Y, Okabe S, Kikusui T, Kato T, Kuroda KO. Transport Response is a filial-specific behavioral response to maternal carrying in C57BL/6 mice. Front Zool. 2013 Aug 14;10(1):50. DOI: 10.1186/1742-9994-10-50.
研究手法と成果
国際共同研究グループは、生後7カ月以下の赤ちゃん21人とその母親の協力を得て、赤ちゃんを「抱っこして歩く」、「抱っこして座る」、「ベッドに置く」、「ベビーカーに乗せて前後に動かす」という、動きと抱っこの有無を組み合わせた四つのタスクをランダムに行ってもらい(図1A)、そのときの赤ちゃんの状態と心電図を記録しました。
まず、それぞれのタスクを30秒間行った際の赤ちゃんの状態を声や眼の開閉から解析しました。すると、激しく泣いていた赤ちゃんは、抱っこして歩いたとき、あるいはベビーカーに乗せて前後に動かしたときに有意に泣きやみましたが、座ったままの抱っこでは泣きやまないことが分かりました(図1B)。また、おとなしいあるいは少しだけぐずっている赤ちゃんは、抱っこして歩く、ベビーカーを動かすなど、動いているときは変化がありませんでしたが、座ったままの抱っこやベッドに置くなど動いていないときは、むしろ泣き出してしまう傾向が見られました(図1C)。このことから、赤ちゃんの泣きやみには輸送が効果的であることが分かりました。
図1 赤ちゃんに四つのタスクをそれぞれ30秒間行った結果
A)実験で行った四つのタスク。
B)泣いている赤ちゃんに四つのタスクを行ったときのはじめと30秒間後の状態スコアの推移。*P<0.05、***P<0.001。
C)泣かずに起きている赤ちゃんに四つのタスクを行ったときのはじめと30秒間後の状態スコアの推移。**P<0.01、***P<0.001。
次に、激しく泣いていた赤ちゃんに、30秒間のタスクで最も効果のあった抱っこ歩きを5分間行うと、全員が泣きやみ、45.5%が寝てしまいました(図2)。さらに、18.2%の赤ちゃんは歩くのをやめたときには起きていましたが、それから1分間以内に寝ました。従って、抱っこして5分間歩くことは、赤ちゃんの泣きやみに効果が高いだけではなく、約半数の赤ちゃんを昼間でも寝かしつける作用があることが分かりました。
図2 泣いている赤ちゃんを抱っこして5分間歩いた結果
各状態の人数と割合の推移(上)と状態スコアの推移(下)。親の疲労や実験上の配慮によりタスクを中断したケースを(↴)(×)で示す。*P<0.05。
一方、はじめ泣かずに起きていた赤ちゃんは、抱っこして5分間歩いてもほとんど眠りませんでした(図3)。この理由は不明ですが、泣いている赤ちゃんは元々疲れていたり眠かったりしてぐずっていたと考えると、元気に起きていた赤ちゃんと比べて輸送により寝かしつけやすい、という可能性が考えられます。
図3 泣かずに起きている赤ちゃんを5分間抱っこして歩いた結果
泣かずに起きている赤ちゃんを5分間抱っこして歩いたときの各状態の人数と割合の推移(上)と状態スコアの推移(下)。親の疲労や実験上の配慮によりタスクを中断したケースを(↴)(×)で示す。
抱っこ歩きで赤ちゃんが眠った後も、ベッドに置くと起きてしまうという難関が待ち受けています。今回の研究でも、いったん眠った赤ちゃんをベッドに置くと、約3分の1の赤ちゃんが起きてしまいました。
そこで、赤ちゃんの状態をより精密に調べるために心電図を解析しました。赤ちゃんの心拍数の変化は、睡眠や覚醒状態を制御する自律神経の活動状態を敏感に反映します。心拍間隔[2]が大きい(=心拍がゆっくり)ときは、自律神経のうち副交感神経優位のリラックス状態であり、心拍間隔が小さい(=心拍が速い)ときは、交感神経優位の興奮やストレス状態であることを表します。
この心拍数変化から解析すると、寝ている状態で抱っこからベッドに寝かせた赤ちゃんのうち、寝続けていた3分の2の赤ちゃんは、ベッドに置かれた後の方が抱っこのときよりもさらに深い眠りに入ることが分かりました(図4A)。しかし、このように見た目はよく眠ったままの赤ちゃんでも、起きてしまった赤ちゃんと同様、ベッドに置かれる際には心拍数が速くなり覚醒方向に変化していました。そして、この覚醒し始めるタイミングは背中がベッドに着くときではなく、それよりも前の抱っこされている体が親から離れ始めるときでした(図4B、C)。日本では、眠っている赤ちゃんをベッドに置くと起きてしまう現象を「背中スイッチ」といいますが、実はスイッチは赤ちゃんの「お腹」(親との接触面)にあったのです。
ほかにも、眠っている赤ちゃんは、親が抱っこ歩きの際に向きを変えたり、座っている親が赤ちゃんに添えた手の位置を変えたり、親がベッドに寝ている赤ちゃんに触れたりするだけでも、鋭敏に反応して心拍が速くなることも分かりました。つまり、赤ちゃんは寝ているときも、親の行動の変化を常に感知し反応しているのです。
最後に、どうすれば眠っている赤ちゃんを起こさずにベッドに置けるのかを明らかにするため、赤ちゃんが起きてしまったグループと眠り続けていたグループで、親の寝かせ方に違いがなかったかを調べました。親が赤ちゃんの体を置く速度や、体のどの部分を一番に置くかなどが違うのではないかと考えて細かく調べましたが、二つのグループの間で差はありませんでした。
唯一、二つのグループではっきり違っていた点は、ベッドに置く前の赤ちゃんが寝ていた時間の長さでした(図4D)。起きてしまった赤ちゃんは眠り始めてから平均3分間、寝続けていた赤ちゃんは平均8分間経ってベッドに置かれていました。寝続けていた赤ちゃんであっても、眠ってから5分間以内に置かれた場合には、置く途中で目を開けたり声を出したりと、かなり起きかけていたことも分かりました。実は、眠ってすぐの睡眠は「ステージ1睡眠」と呼ばれ、まだ眠りが浅くちょっとした物音でも起きてしまうことが睡眠の研究で明らかになっています。このステージ1睡眠の長さが、赤ちゃんでは平均で8分間程度だったのです。このことから、赤ちゃんが眠り始めてから5~8分間ほど待つと、より深い睡眠の段階に入るため、赤ちゃんが起きにくいと考えられます。
図4 眠っている赤ちゃんをベッドに置くときの変化
A)抱っこされて眠っている赤ちゃんとベッドで眠っている赤ちゃんの心拍間隔。ベッドに置いた方が心拍間隔が大きくなり、より深く眠れている。**P<0.01。
B,C)眠っている赤ちゃんをベッドに置くときは、体が離れ始めるときに心拍間隔が覚醒方向に下がる(B)。体の一部がベッドに着地するときは、既に心拍間隔が低い状態にある(C)。
C)赤ちゃんが眠ってからベッドに置くまでの時間と、置いてから40秒後までの間に覚醒した時間の割合。青:ベッドに置いても眠り続けた子。ピンク:ベッドに置くと起きてしまった子。青・ピンク実線:眠ってから置くまでの時間の平均±SEM。青・ピンク点線:置いた後40秒後までの覚醒時間の割合の平均±SEM。**P<0.01、***P<0.001。
以上の結果をまとめると、赤ちゃんが泣いているときには、抱っこしてできるだけ一定のペースで5分間歩き、その後赤ちゃんが寝ついてもそのままベッドに置くのではなく、抱っこしたまま座って5~8分程度待ってからベッドに置くと、赤ちゃんが起きずにさらに深く眠れる可能性が高いことが分かりました。
今後の期待
赤ちゃんの寝かしつけや夜泣きの問題には、寝る前のルーティンを決める、昼によく遊ばせるなど日々の習慣の改善や、赤ちゃんが自分で寝られるようにトレーニングすることなどが提案されており、それぞれに効果があるといわれています。しかし、夜泣きが起こっているまさにそのときにできることはあまり知られていません。授乳で落ち着かせようとしてもその場に母親がいなかったり、ひどく泣いているときはミルクやおしゃぶりさえも受け付けない場合があります。
本研究では、そのようなときに利用でき、数分間で効果のある「抱っこ歩き」の効果を実証しました。歩く場所は、つまずきやすいものがない平らなところにします。抱っこは手でも、また抱っこひも・おんぶひもを使っても良いですが、ぐらぐらしないよう赤ちゃんの体と頭を自分の体につけて支えるようにします。歩き始めたら急に向きを変えたり不必要に立ち止まったりせず、一定のペースで淡々と5分間ほど歩くことが、赤ちゃんの心拍を落ち着かせ、泣きやみを促進する上で効果的です。そして、もしこの5分間の輸送の間に抱っこした赤ちゃんが眠ったら、5~8分間座って待ってからベッドに置いてみましょう。置く前にしっかり眠っていれば、体が離れる際に少し目覚めかけても、また睡眠に戻っていくことも、今回の研究で分かりました。
5分間程度抱っこして歩くことは、赤ちゃんを連れての健診や買い物など、日常生活の中でも経験することから、一般的な注意をすれば安全に行えます。もし5~10分間歩いても赤ちゃんが全く泣きやまないようなら、赤ちゃんの様子にいつもと違ったところはないか、観察してみることをお勧めします。例えば、中耳炎などで具合が悪くて泣いている場合には、輸送では泣きやまないと考えられるからです。一方で、赤ちゃんの泣きには個人差が大きいことも分かっており、医療機関などに相談して特に医学的な問題がないのであれば、泣きの量自体はその後の発達には影響がないとされています。
育児の方法は文化によりさまざまで、赤ちゃんが泣いたとき抱っこするなどしてなだめることは、赤ちゃんを穏やかに育てるために大切と考える文化もあれば、逆に自分で泣きやんだり眠る力をつけるのを妨げ、甘やかしてしまうと考える文化もあります。このような長期的な影響については、今回は調べていないので分かりませんが、実際はどうなのか、一層の科学的研究が必要です。
また、今回調べた5分間の輸送は、今泣いている赤ちゃんを泣きやませるのに即時的な効果がありますが、赤ちゃんが寝付きやすいように生活リズムや環境を整えるなど、普段の育児の方法を代替するものではありません。今回の方法はむしろ、毎日の寝かしつけというよりも、旅行や親の不在など普段と異なる状況において、赤ちゃんが眠いのに寝付けなくてぐずっているような場合に役立つのではないかと考えられます。
さらに、今回の実験は母親に行ってもらいましたが、抱っこやベビーカーでの寝かしつけは、父親や祖父母、ベビーシッターなども行うことがあることから、母親以外の人でも効果があると考えられます。人によってその効果が異なるかどうかなども、今後検証していきたいと考えています。
補足説明
1.輸送反応
哺乳類の赤ちゃんに生得的に備わっている、運ばれるときにおとなしくなる反応。運ばれるときに赤ちゃんは、泣きの量が減り、鎮静化し、副交感神経優位状態となる。四足歩行動物ではコンパクトな姿勢になることも多い。親が子を運ぶときに安全にスムーズに運べるよう、親に協力する反応だと考えられている。
2.心拍間隔
心臓の鼓動と鼓動の時間間隔のこと(単位はミリ秒)。心拍数は1分当たりの鼓動の数で、心拍間隔の逆数である。正常な心臓では心拍間隔は常に一定ではなく、揺らぎがあり変動している。心拍間隔の制御には、呼吸、血圧、自律神経などさまざまな生体機能が関与している。
国際共同研究グループ
理化学研究所 脳神経科学脳神経科学研究センター 親和性社会行動研究チーム
チームリーダー 黒田 公美(クロダ・クミ)
研究員 大村(田金) 菜美(オオムラ(タガネ)・ナミ)
テクニカルスタッフⅡ(研究当時) 大熊 ラーナ(オオクマ・ラーナ)
(現 人間認知・学習研究チーム テクニカルスタッフⅡ)
研究員 篠塚 一貴(シノヅカ・カズタカ)
テクニカルスタッフⅡ 宮澤 絵里(ミヤサワ・エリ)
トレント大学(イタリア)
教授 ジャンルカ・エスポジート(Gianluca Esposito)
大学院生(研究当時) アンナ・トゥルッツィ(AnnaTruzzi)
(現ダブリン大学トリニティカレッジ研究員)
助教 アンドレア・ビゼゴ(Andrea Bizzego)
上智大学 総合人間科学部 心理学科
准教授 齋藤 慈子(サイトウ・アツコ)
埼玉県立循環器・呼吸器病センター 検査技術部
副部長 横田 進(ヨコタ・ススム)
埼玉県立小児医療センター 総合周産期母子医療センター
センター長 新生児科診療部長 清水 正樹(シミズ・マサキ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究(B)24730563(研究代表者:Gianluca Esposito)、16K21617(研究代表者:大村菜美)、同若手研究19K17074(研究代表者:大村菜美)、同基盤研究(B)18KT0036(研究代表者:黒田公美)、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発事業 JPMJRX18B1(研究代表者:黒田公美)による支援を受けて行われました。
注意事項
理化学研究所では、当該研究成果の利用における確実性、安全性等につきましていかなる保証もいたしません。また当該成果を利用することによって生じたいかなる損害についても一切の責任を負いません。
原論文情報
Nami Ohmura, Lana Okuma, Anna Truzzi, Kazutaka Shinozuka, Atsuko Saito, Susumu Yokota, Andrea Bizzego, Eri Miyazawa, Masaki Shimizu, Gianluca Esposito, Kumi O. Kuroda, "A method to soothe and promote sleep in crying infants utilizing the Transport Response", Current Biology, 10.1016/j.cub.2022.08.041
発表者
理化学研究所
脳神経科学研究センター 親和性社会行動研究チーム
チームリーダー 黒田 公美(クロダ・クミ)
研究員 大村(田金) 菜美(オオムラ(タガネ)・ナミ)
詳細▶︎https://www.riken.jp/press/2022/20220914_1/index.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。