ヒトの注意における『右脳の優位性』を解明 「人間にとってなぜ右脳が重要なのか」を解き明かすヒントに

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【要点】

・空間認知における右脳優位性に脳の島⽪質が関与していることを実証。

・⾼い時間分解を持つ脳波実験と⾼い空間分解を持つ fMRI 実験によって、脳の島⽪質の活動を推定。

・右脳の損傷により左側の空間を認知できないという「半側空間無視」の症状のメカニズム解明に貢献。

【概要】

東京⼯業⼤学 リベラルアーツ研究教育院の⼤上淑美研究員と⼩⾕泰則助教らの研究チームは、空間への注意に対する右脳優位性に脳の島⽪質(とうひしつ、⽤語 1)という部位が関連していることを、脳波実験(⽤語 2)と fMRI 実験(⽤語 3)から明らかにした。

空間認知において、ヒトの脳では左脳は右空間のみに対応するのに対し、右脳は右と左の両⽅の空間に対応するという「右脳優位性」という特徴を持っている。脳波実験では、左空間刺激呈⽰時に右脳優位を観察できたが、右空間刺激呈⽰時には左脳の優位性は観察されなかった。fMRI 実験では、左前部島⽪質は右側呈⽰時にのみ活動するのに対し、右前部島⽪質は左右両⽅の刺激呈⽰で活動し、より広い空間に反応していることが⽰された。

右脳を損傷した場合に、⾃分の左側の空間にある物体を知覚できないという半側空間無視という症状が発⽣することが知られている。本研究の結果から半側空間無視に島⽪質が関与していることを⽰すことができた。右脳の島⽪質には情報処理を速める特殊な神経細胞が左脳より多く存在することが分かっており、さらに研究を進めることにより「なぜ⼈間にとって右脳が重要なのか」という問題を明らかにできると思われる。

本研究成果は、東京⼯業⼤学リベラルアーツ研究教育院の⼤上淑美研究員、⼩⾕泰則助教、東京⼤学医科学研究所の吉⽥宜清技師、⾚井宏⾏准教授、国際医療福祉⼤学の國松聡教授、桐⽣茂教授、北⾥⼤学の井上優介教授らによって⾏われ、9 ⽉ 27 ⽇付の「Psychophysiology(サイコフィジオロジー)」オンライン版に掲載された。

●背景

⽬や⽿といった感覚受容器や⼿⾜に損傷がなくても、脳に損傷を受けると視覚情報の処理ができなくなったり、⾜が⿇痺してうまく歩けなくなったりする。そのような症例として『半側空間無視』がある。損傷した脳部位の反対の⽅向へ注意を向けることができなくなるという病態であり、左脳の損傷よりも右脳に損傷を受けた時に空間無視という状態が⽣じることが多い(Mesulam, 1999)。この理由として、左空間への注意は右脳のみの対応に対し、右空間への注意は左脳と右脳の両⽅で対応されていると考えられている。つまり、右脳を損傷しただけで左右両⽅の空間認知に影響が⽣じることを意味しており、左脳を損傷した場合より認知に与える影響が⼤きいと⾔える。このことから、脳の働きにおいて、右脳がより重要である(優位性がある)と考えられる。しかし、なぜ右脳が損傷した場合に多く障害が⽣じるのか、なぜ右脳が優位になるか、その理由については不明な点が多かった。

●研究成果

空間的注意においては、島⽪質という脳の領域が関与しており、左脳よりも右脳の島⽪質が優位に働くということがわかっている。図 1 は、脳の模型を使って、島⽪質(⽩点線で囲った部分)を⽰している。その島⽪質の脳活動は刺激先⾏陰性電位(SPN、⽤語 4)と呼ばれる脳波として、測定(脳波実験を意味する)できる。脳波実験で神経の電気的活動をミリ秒単位で脳波として記録できる。さらに fMRI 実験を⾏えば、脳のどこがどのように活動していたかを観察することができる。

図 1(A)と(B) ⼤脳における島⽪質の位置

図 1(A)⼤脳の外観模型図 1(B)模型の⼀部を外し、島⽪質の位置(⽩点線で囲んだ箇所)がわかりやすいように⽰した図

図 1(A)の⽩点線は、側頭葉と頭頂葉を分ける外側溝という溝を⽰し、その外側溝の奥に島⽪質は位置している。図 1(B)の⽩点線で囲った部分が、島⽪質である。島⽪質は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉の⼀部である弁蓋(べんがい)と呼ばれる部分で覆われ、脳の表⾯からは隠れているため、⾒えない。

 

本研究では、空間的注意に関わる脳活動の違いを時間評価課題中の SPN(脳波実験)と脳の活動部位(fMRI 実験)から検討した。時間評価課題では実験参加者に指定された時間(4 秒)が経過したらボタンを押してもらい、指定された秒数通りにボタンを押したか否かの FB 刺激(フィードバック、⽤語 5)をボタン押しの後に呈⽰する。FB 刺激は脳の左脳右脳の働きを観察するために⽚側の空間のみ(左側刺激・右側刺激)に呈⽰した。加えて、FB 刺激は、⼆つの知覚刺激を⽐べるため視覚刺激(記号)条件と聴覚条件(ビープ⾳)を設定した。SPN を⾼密度脳波電極(頭⽪上 58 個の電極)から測定し、fMRI実験では⾎流動態から脳の活動部位を調べた。

結果は、脳波実験では左側刺激時に右脳優位(左脳よりも右脳が活発に働く状態)であったが、右側刺激時には左側優位性はなかった(図 2 と図 3)。また、聴覚刺激でも視覚刺激でもこの結果は同じであった。

図 2 は、脳波実験を⾏った結果で、視覚条件と聴覚条件内での左側刺激と右側刺激でのSPN の振幅の棒グラフである。視覚刺激も聴覚刺激も左側呈⽰された場合には右脳の活動が有意に増えているが、右側呈⽰では左脳の活動は増えていない。

図 2 ⽚側(左側/右側)のみに視覚刺激と聴覚刺激を呈⽰した場合の脳波の違い

左側刺激呈⽰時は右脳優位、右側刺激呈⽰では左脳の脳波と右脳の SPN に差がなくなる。左脳も右脳も活動していると⽰唆された。** p < 0.01

 

図 3 は頭⽪上電位分布図であるが、SPN という脳波は陰性電位のため、活動の強弱は⻘⾊の濃淡で⽰され、濃い⻘⾊になるとその場所の活動が⼤きいといえる。図 3 の⾚点線で囲んだ箇所が SPN の活動が増している。図 2 の棒グラフに⽰された通り、左右どちら側に刺激を呈⽰した場合でも右脳の活動が増加していることがわかる。

図 3 頭⽪上電位分布図

頭を後ろから⾒た平均脳波の分布図で、FB 呈⽰前の図である(頭頂から⾸まで)。SPN は陰性の脳波なので、⻘⾊が濃いと活動が⾼く、⻘⾊が薄いと活動が低いことを意味している。頭部の右側の⽅が濃い⻘⾊になっているので、活動が⼤きいことを⽰している。

 

図 4 に fMRI 実験での結果を⽰す。fMRI 実験では、右側刺激時にのみ左前部島⽪質が活性化し、右前部島⽪質は左右両⽅の刺激で活性化していた。左の前部島⽪質は聴覚刺激または視覚刺激の右側呈⽰でのみ活動を⽰すのに対し、右の前部島⽪質は全条件で活動が⾒られることが明らかになった。

図 4 右の島⽪質は必ず活動している

これは、fMRI 実験で脳を⽔平⾯で撮影した図である(額が上を向いている)。左下の z は座標値で深さを⽰している。⽩い丸で囲ったところが前部島⽪質で、活動が観察された部分が⽰されている。視覚刺激でも聴覚刺激でも右の島⽪質は刺激呈⽰側に関係なく活動がある。

 

島⽪質は、脳の中で「顕著性ネットワーク」と呼ばれるネットワークを構成し、この中⼼領域として島⽪質が活動することが知られている。顕著性ネットワークは感情・認知・他の脳内ネットワークのコントロール・⾝体情報の知覚など様々な機能と関係しており、この顕著性ネットワークも右脳優位性を⽰すことが分かっている(Zhang et al., 2019)。注意機能が右脳優位になる理由は、上記の通り、顕著性ネットワークに属する島⽪質が右脳優位性を⽰すからである。なぜ島⽪質が⽰す右脳優位性については、フォンエコノモ神経(VEN、⽤語 6)の左右の脳での分布量の違いが原因と考えられる(Zhang et al., 2019)。この VEN は主に島⽪質と前部帯状⽪質に存在することがわかっており、右脳には左脳よりも 3 割も多く存在する。さらに、VEN は他の神経細胞より信号を伝達する樹状突起(じゅじょうとっき、⽤語 7)が⻑く、そのため神経間の信号伝達を促進する⾼い伝導性を持っていると考えられる。つまり、右脳に VEN 神経が多く存在するため、情報をより早く処理でき、結果として左脳よりも右脳の活動が⾼まると考えられる。

以上の結果から、⼊⼒される知覚刺激に対して、左脳よりも右脳での活動が増加し、その基となるのが顕著性ネットワークの中の島⽪質であると考えられる。左脳に⽐べて、右脳に VEN が最⼤ 3 割程度多く存在するという事実は、今回⾏った脳波実験および fMRI

実験の結果と合致する。

●社会的インパクト

研究の背景で述べたとおり、反側空間無視の症状において、なぜ右脳が損傷した場合に多く障害が⽣じるかは明らかになっていなかったが、本研究の結果から右脳損傷時に多く⽣じる半側空間無視に島⽪質が関与していることを⽰すことができた。注意と島⽪質の関与の詳細を基礎的な研究から明らかにできれば、半側空間無視という病態の緩和につながる治療法といった応⽤を⽣み出せる可能性が出てくる。また、右脳は⾃尊⼼や他者の気持ち理解、社会性などにも関与していることが分かっている。本研究をさらに進めることにより、将来的には「なぜ⼈間にとって右脳が重要なのか」という謎の解明につながる可能性がある。

●今後の展開

今回の研究では、島⽪質が右脳優位性になる理由として、VEN が右脳により多く存在するということで説明ができたが、「なぜ右脳に多くの VEN が存在するのか」については不明な点が残っている。島⽪質は迷⾛神経(⽤語 8)と呼ばれる神経の⼊⼒を受けており、迷⾛神経は⼼臓や内臓に張り巡らされている。それは、左脳と⽐べて右脳は⾝体とより深く繋がっている可能性を⽰唆しており、今後は、体性感覚(⽤語 9)刺激などの刺激を⽤いて、fMRI や脳波の実験を⾏い、右脳優位性と島⽪質の関係をさらに解き明かしていく予定である。

●付記

本研究は、JSPS 科学研究費助成事業 基盤研究(C) 20500536 の助成を受けたものである。

【⽤語説明】

(1)島⽪質:

⼤脳の表⾯からは⾒えないところに位置し、左脳にも右脳にもある(図 1参照)。

(2)脳波実験:

脳から⽣じる神経の電気活動を頭⽪上に置いた電極で記録する時間分解が⾼い測定⽅法である。

(3)fMRI 実験:

functional Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴機能画像法)は、MRI装置を使って⾮侵襲的(⽣体を傷つけず)に脳活動を調べられ、空間分解が⾼い測定⽅法である。

(4)刺激先⾏陰性電位:

課題に関連した知覚刺激が呈⽰された時に、その刺激が出る前の数秒間に出現する脳波(事象関連電位)である。

(5)FB 刺激:

実験課題において指定された⾏いに対する結果を⽰す刺激のことをフィードバック刺激という。

(6)フォンエコノモ神経:

von Economo neuron は、細⻑い細胞体と、先端およびその終末から突出する⻑い樹状突起によって定義される神経のこと。

(7)樹状突起:

神経細胞の⼀部であり、神経細胞が外部からの刺激や他の神経細胞から送り出される情報を受け取るための細胞体から樹⽊の枝のように分岐した複数の突起のこと。

(8)迷⾛神経:

複雑な神経経路を形成して脳と⾝体に広く分布している。迷⾛神経は、脳から末梢器官へ情報伝達する下⾏性の神経と、末梢から脳へ伝達する上⾏性の神経に⼤別される。

(9)体性感覚:

⽪膚感覚、深部感覚、内臓感覚など⾝体に関する感覚を意味する。

【論⽂情報】

掲載誌:Psychophysiology

論⽂タイトル:The contralateral effects of anticipated stimuli on brain activity measured by ERP and fMRI

著 者 : Yoshimi Ohgami, Yasunori Kotani, Nobukiyo Yoshida, Hiroyuki Akai, AkiraKunimatsu, Shigeru Kiryu, Yusuke Inoue

DOI:10.1111/psyp.14189

詳細▶︎https://www.titech.ac.jp/news/2022/065077

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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