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人の痛みや恐怖を和らげるウェアラブルロボットを開発

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ワクチン接種の機会が増えました。注射は苦手、という人も多いはず。医療処置中の痛みや恐怖を軽減できれば、広く人類に歓迎されるに違いありません。看護や介護などの現場では、人の痛みや不安を和らげるために、その人の腕や背中などをなでたりさすったりすることが日常的に行われています。ソーシャルタッチと呼ばれるこうした人同士の接触がもたらす効果は、さまざまな学問領域で報告されており、近年では人とロボットの間のソーシャルタッチも研究され始めています。

本研究チームは、ユーザーが手にはめて握ることにより、痛みや恐怖を和らげられるウェアラブルロボットの開発を進めています。今回、その効果を初めて定量的に確認しました。実験に使用したロボットのプロトタイプは柔らかな素材で覆われており、独立して膨張・収縮を制御できる三つのエアバッグを内蔵しています。これにより、握ることに加え、外から大きな手で握られている感覚などをユーザーに与えることができます。

実験では、参加者に利き手でプロトタイプを握ってもらう一方、反対側の腕に熱刺激装置から痛みを加えました。そして、その間に感じる痛みや痛みを加える前後の不安度合などを口頭聴取・アンケート・唾液分析により検証しました。

参加者のうち66人から得られたデータを分析しました。口頭聴取の結果から、ロボットを着用していた条件では、痛み値が有意に減少していたことが分かりました。さらに、ユーザーの握りに反応してロボットが握り返す動作を行う条件では、唾液中のオキシトシンが減少する傾向がありました。オキシトシンは、人のストレスレベルの低下に沿って減少することが知られているホルモンです。これらの他、8種類の具体的注射体験について尋ねるアンケート結果から、本実験参加後に参加者の注射に対する恐怖心が有意に低下したことも分かりました。

研究チームは今後、こうした実空間上のロボットを仮想現実(VR)/拡張現実(AR)など仮想世界上の手法と融合し、より広い場面や用途で人の痛みや不安を和らげていくことを目指していきます。 

研究代表者   

筑波大学システム情報系  知能機能工学域

田中  文英  准教授 

研究の背景   

大きな痛みが予想される医療処置中においては麻酔が用いられますが、そこまで大きな痛みではない場合には麻酔は用いられません。それでも痛みや恐怖は嫌なものです。こうしたケースの代表例に注射があります。注射の際に感じる痛みや、前後の恐怖を和らげることができたら、多くの人々に歓迎されることでしょう。介護や看護などの現場では、そうした人の痛みや不安を和らげるために、その人の腕や背中をなでたり、さすったりすることが行われています。こうした人同士の触れ合いは、ソーシャルタッチやインターパーソナルタッチと呼ばれ、幅広い分野でその効果に関する研究が行われています。近年では、人同士を超えて、人とデバイス(例えばロボット)の間のソーシャルタッチを実現するための要素技術やその効果なども研究され始めています。   

研究内容と成果   

本研究チームは、ユーザーが簡単に手にはめて、握ることにより、痛みや恐怖を和らげることの可能なウェアラブルロボットの開発を進めています。今回、開発したプロトタイプ(コードネーム「Reliebo」:参考図上)を用い、初めてその効果を定量的に確認しました。

同プロトタイプは、大人の握りこぶし大のサイズで、柔らかな毛皮で覆われた外装をしています。頭部があり、ユーザーとアイコンタクトするように首の向きをひねって調整することが可能です(現在のプロトタイプでは自動しませんが、将来的には自動させる予定です)。胴体には三つの小型エアバッグが内蔵されており、外付けのポンプで空気圧を制御し、各々を自在に膨張収縮させることができます。また、ユーザーの握り動作を検出する圧力センサも内蔵されています。例えば、ユーザーが手にはめて握った際に、手の甲側および側面のエアバッグを膨張させ、ユーザーに「(外から大きな手で)握られている」感覚を与えることが可能になります。このように、「握る」感覚と「握られる」感覚を同時に提示できるところに、技術的な新規性があります。

開発したプロトタイプの有効性を検証するために、総計 70 人を超える大学生・大学院生を対象として実験を行いました。実験では、痛み研究分野において確立された手法である熱刺激装置注1)を用いた実験プロトコルを用いました。痛みの評価には、PAS(Pain Assessment Scale)注2)と呼ばれる指標に沿った口頭聴取に加えて、実験中に参加者から採取する唾液を用いた分析を用いました。さらには、参加者の不安度合や、注射に対する恐怖心などを尋ねるアンケートも併せて行いました。

唾液採取時の手順が不完全であったサンプルを除外した66人の実験参加者から得られた結果データを分析したところ、実験参加者がロボットを着用していた条件では、着用していなかった場合と比較して、PAS 尺度に基づく口頭聴取の痛み値が有意に減少していたことが判明しました。さらに、唾液分析の結果からは、ロボット着用条件の中でも特にロボットがユーザーの握りに反応して握り返し動作を行った条件において、唾液中のオキシトシンレベルが減少する傾向(p=0.051)が示されました。オキシトシンは、人のストレスレベル減少に沿ってそのレベルが減少することが先行研究で報告されています。その他、8種類の具体的注射体験(採血、⻭科治療時の麻酔、ワクチン接種、など)についてのアンケート結果から、本実験参加後に、参加者の注射に対する恐怖心が有意に低下したことも分かりました。   

今後の展開   

本研究チームは、ユーザーの痛みや不安をさらに効果的に和らげるロボットのデザインや機能に関する研究を進めていくと共に、こうしたロボットと仮想現実(VR)/拡張現実(AR)など仮想世界上の介入手法とを融合させることによって、より広い場面や用途においてユーザーの痛みや不安を和らげることができる手法の研究開発も進めていきます。 

参考図   

図  本研究で開発されたウェアラブルロボット(上)および実験で用いた熱刺激装置(下)

(上)a)ユーザーの手に着用した様子。b)外付けエアポンプと接続された三つのエアバッグを内蔵し、これらは独立に膨張/収縮させることが可能。圧力センサでユーザーの握り動作を検知し、それに応じてエアポンプの出力を制御することで、ロボットにさまざまな挙動を行わせることができる。(下)熱刺激装置は電圧で表面温度を制御できるペルチェ素子を内蔵する。実験では、参加者は利き手でウェアラブルロボットを握り、反対の腕の内側にこの熱刺激装置を当てる。   

 

用語解説   

注1)熱刺激装置

ペルチェ素子を内蔵し、指定温度を参加者に提示できる装置(参考図下)。本実験では 46°Cもしくは47°Cが提示された。痛み研究分野において電気刺激と並んでよく用いられる実験手法である。 

注2)PAS(Pain Assessment Scale)

参加者自身が想像できる最大の痛みを 100、完全無痛を 0 として、その間の痛み度合を 10 刻みで文章により説明した尺度。例えば 50 は「無視することはできないが、他に何かしらの活動をしていることが可能な程度の痛み」となる。実験中、参加者はこのスケールを用いて感じている痛み値を報告する。   

 

研究資金   

本研究は、科研費・挑戦的研究(萌芽)(20K21800, 22K19784)の支援を受けて実施されました。   

 

掲載論文   

【題名】

A wearable soft robot that can alleviate the pain and fear of the wearer. (ユーザーの痛みと恐怖を和らげることの可能なウェアラブルソフトロボット)

【著者名】

Youchan Yim, Yohei Noguchi, and Fumihide Tanaka

【掲載誌】

Scientific Reports

【掲載日】

2022 年 10 月 17 日

【DOI】   

10.1038/s41598-022-21183-7

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/technology-materials/20221017180000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

人の痛みや恐怖を和らげるウェアラブルロボットを開発

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