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球脊髄性筋萎縮症の複合的評価指標「SBMAFC」の開発 :神経難病を正確に「測る」

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名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授、稲垣智則客員研究者(筆頭研究者)、同・臨床研究教育学の橋詰淳講師らの研究グループは、神経難病の球脊髄性筋萎縮症(SBMA)※1について、その重症度を正確に測る新たな評価指標を開発しました。

SBMA は成人に発症する遺伝性の神経難病です。SBMA 患者の主な症状は手足や顔の筋萎縮※2や筋力低下で、30 歳から 60 歳ころに発症します。SBMA の病態の解明に伴い、SBMA 患者に対する治療法の開発も盛んになっています。治療開発のプロセスにおいては、SBMA の重症度を数値として計測する「ものさし」の存在が必須ですが、現時点において、治療開発のために有用な「ものさし」が確立しているとは言えないのが現状です。

勝野教授らの研究チームは、SBMA の症状の特徴や進行の状況を正確に反映する「ものさし」となる、新しい評価指標を開発しました。この新しい評価指標の特徴は、複数の指標を組み合わせて一つの指標にした点にあります。今までも存在したものさしには、評価者が SBMA 患者の様々な症状、例えば「歩き」「しゃべり」などの状態を、それぞれ 1 点、2 点と点数付けし、それらを合計するタイプのものか、もしくは、例えば 6 分間で歩くことができる距離を測定し、それをその患者さんの重症度を表す数値として使うか、のいずれかであることがほとんどでした。前者には、歩きやしゃべりを含めて、SBMA 患者の色々な運動機能を総合的に評価できるという長所がある一方で、点数付けが粗いため感度※3 が低い指標になりがちだという短所がありました。一方で、後者は定量的※4な測定結果を用いることで感度が高い評価ができるという長所はあると考えられるものの、SBMA 患者にはさまざまある運動機能の障害が、歩行能力のみで評価されてしまうという短所がありました。そこで本研究では、この 2 つのタイプの指標の長所をとって、すなわち、定量的な測定結果を組み合わせることで、複合的評価指標である SBMAFC(SBMAfunctional composite)を作成しました。

本研究の結果から、SBMA の各症状に対する評価を組み合わせた複合指標 SBMAFC が軽症な方も含め患者の運動機能を正確に反映し、また既に存在する評価指標に比べて、感度が良い検査手法であり、治療開発を含め広く応用できる可能性があることが示唆されました。米国科学雑誌「Scientific Reports」(2022 年 10 月 19 日付の電子版)に掲載されました。

ポイント

・SBMA は成人男性に発症する神経筋疾患の 1 つですが、その症状を正確に、そして感度良く評価する「ものさし」は現在存在しません。

・すでに存在する SBMA 患者の評価方法は、評価者が SBMA 患者の様々な症状についてそれぞれ 1 点、2 点と点数付けし合計するか、歩行距離など 1 つの測定値をその患者さんの重症度を表す数値として使うか、のいずれかがほとんどでした。

・本研究では、定量的な測定結果を組み合わせることで SBMA の「複合的評価指標」であるSBMAFC を作成することとしました。

・SBMAFC は既に存在する評価指標に比べて、感度が良い検査手法であり、治療開発を含め、広く応用できる可能性があることが示唆されました。

1. 背景

SBMA は、徐々に筋力低下や嚥下障害が進行する神経難病です。通常 30 歳から 60 歳の間に四肢の筋力低下、筋萎縮、飲み込みの障害などで発症し徐々に進行していきます。SBMA は治療法が十分に確立した病気とは言えませんが、その病気の原因解明が分子レベルで急速に進んでおり、疾患修飾薬※5の開発が活発に行われるようになっています。新たな治療薬で期待される効果は、病気の進行を遅らせることにあるため、特に SBMA のように比較的ゆっくり進行する病気では、小さな症状変化も感度良く検出でき、しかも使いやすい評価指標の存在が必須であると考えられています。今まで、球脊髄性筋萎縮症機能評価尺度(SBMAFRS)や改訂版筋萎縮性側索硬化症機能評価尺度(ALSFRS-R)といった評価指標が、SBMA の臨床試験では利用されてきましたが、これらの評価指標の感度や信頼性には限界があり不十分であると考えられています。一方で、握力や 6 分間歩行テストなどの客観的な筋力測定は、客観性・定量性が高いという利点がありますが、特定の身体部位の身体機能のみしか評価することができないという欠点もあります。今後もさらに盛んになるであろう治療開発のための臨床試験で利用する評価指標は、これらの欠点を克服したものである必要があると考えられます。

2. 研究成果

本研究ではまず、SBMA の評価に必要な定量的な評価指標を選定することから開始しました。その結果、SBMA の重症度を測定するためには、しゃべりや飲み込みの症状、上肢の症状、体幹の症状、下肢の症状、呼吸の症状を組み合わせて評価することが必要であり、それぞれの症状の測定としては、舌圧、握力、ピークフロー、4.6m 歩行時間、努力肺活量を用いることがよいことが分かりました。SBMA の「複合的評価指標」である SBMAFC を作成するとき、舌圧や握力などを計測して得られた数値を単純に足し算するのは不適切であるため、健康男性成人 36 人のデータを利用して、Z スコアという方法を用いて標準化した上で足し算することしました。その結果、SBMAFCは以下の式で表すとよいことが分かりました。

SBMAFC = (舌圧 - 41.6) / 7.84 + (握力 - 45.0) / 6.4 + (%PEF - 116.4) / 22.4 + (4.6 m 歩行テスト - 7.7) / 2.0 + (%FVC - 112.0) / 11.8

97 名の SBMA 患者に対して各患者の SBMAFC の値を算出したところ、SBMAFRS や ALSFRS-3R の値と良好な相関関係があり、また SBMAFC の値は、SBMAFC を構成する各評価指標とも良好な相関関係があることが分かりました(図 1)。

図 1 SBMAFC のスコアと各評価指標の関係

本研究の対象とした SBMA 患者 97 人のうち 8 人が、症状がほとんどないと考えられる早期SBMA 患者でした。それら早期 SBMA 患者と健康男性成人の両方に対して、SBMAFC、SBMAFRS、ALSFRS-R の 3 つの指標を使い評価を行った時、早期 SBMA 患者の微細な症状を検出できるのはどの指標であるのかを検討しました。その結果、SBMAFC で評価した場合、早期 SBMA 患者と健康男性成人の間に最も明らかな差が出たのは SBMAFC でした(図 2)。これらの結果は、SBMAFCが早期 SBMA 患者の微妙な症状を「測る」ために有力なツールであることを示しています。

 

図 2 各評価指標の早期 SBMA 患者と男性健康成人を鑑別する能力の検討

3. 今後の展開

本研究の結果から、SBMA の各症状に対する評価を組み合わせた複合指標 SBMAFC を開発することができ、また、SBMAFC は既に存在する評価指標に比べて、感度が良い検査手法であり、治療開発を含め広く応用できる可能性があることが示唆されました(図 3)。評価指標は、多くの臨床研究において利用され、その有用性を確認されることによって、その意義が再確認されます。名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学は、国内における SBMA 研究の拠点として、多くの臨床研究を実施しています。これらの臨床研究における評価指標に SBMAFC も加え、今後も多くの有益な知見を見出していきたいと考えています。

図 3 SBMAFC の開発

4. 用語説明

※1 球脊髄性筋萎縮症:徐々に筋力が低下し筋肉がやせることを特徴とする遺伝性の神経難病の1 つ。脳の一部や脊髄の障害によっておこると考えられています。日本全国で 2,000~3,000人くらいの患者さんがいると推定されています。

※2 筋萎縮:筋肉がやせること。神経系の病気では、主に筋肉そのものにその原因のある筋原性のものと、筋肉に指令や出す運動ニューロンにその原因のある神経原性のものに分けられます。球脊髄性筋萎縮症は、主に後者が関わっていると考えられています。

※3 感度:ある疾患を持つ人のうち、検査で陽性と正しく判断される割合を感度と言います。感度が高いということは、「疾患を持つ人を、陽性と正しく判定する可能性が高い」ということになります。一方で、特異度は検査で陰性を正しく判断される割合を指します。特異度が高いということは、「疾患を持たない人を、陰性と正しく判定する可能性が高い」ということになります。

※4 定量的:定量的データは、数量または数値を扱うデータを指します。統計では、ほとんどの分析はこのデータを使用して実行されます。一方で、定性的データは、説明的な性質を持っており、合計したり、平均値を算出したりなどができません。

※5 疾患修飾薬:疾患の原因となる物質に作用して疾患の発症や進行を抑制する薬剤を指します。一方で、症状改善薬は、疾患の原因となる物質に作用することが本質ではなく、症状を和らげることを目的とするものです。

5.発表雑誌

掲雑誌名:Scientific Reports

論文タイトル:Development of a functional composite for the evaluation of spinal and bulbarmuscular atrophy

著者:Tomonori Inagaki, MD,1 Atsushi Hashizume, MD, PhD,1 Shinichiro Yamada, MD, PhD,1 Yasuhiro Hijikata, MD, PhD, 1 Daisuke Ito, MD, PhD,1 Yoshiyuki Kishimoto, MD, PhD,1 RyotaTorii, MD,1 Hiroyuki Sato, PhD,2 Akihiro Hirakawa, PhD,2 Masahisa Katsuno, MD, PhD1

所属:

1. Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan

2. Department of Clinical Biostatistics, Graduate School of Medical and Dental Sciences, TokyoMedical and Dental University, Tokyo, Japan.

DOI:10.1038/s41598-022-22322-w

6.本研究について

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の難治性疾患実用化研究事業等の支援を受けて実施いたしました。

English ver.

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_221021en.pdf

 

詳細▶︎https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2022/10/sbmafc.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

球脊髄性筋萎縮症の複合的評価指標「SBMAFC」の開発 :神経難病を正確に「測る」

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