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赤ちゃんの手足の動きには意味がある! ~筋情報の推定でわかった、発達を育む「感覚運動ワンダリング」~

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生後数か月頃の赤ちゃんが、何をするでもなく手足を動かしている様子を見たことはあるでしょうか?このような運動は外部の刺激によらずに赤ちゃん自身が行っていることから「自発運動」と呼ばれています。この時期の赤ちゃんは周囲の環境や世界についてあまり理解できていないだけでなく、自分の身体を自由にコントロールすることもできませんが、この自発運動にはヒトの発達に関する重要な要素が潜んでいると古くから考えられてきました。その一方で、自発運動によって赤ちゃんの身体になにが起きているのか?どのような意味を持っているのか?は具体的にはわかっていませんでした。

今回、東京大学大学院情報理工学系研究科の金沢星慶特任助教、國吉康夫教授らの研究グループは、赤ちゃんの動きの観察から筋肉の活動や感覚を推定し、それらの間で生じている情報の流れを詳細に解析することで、発達初期の自発運動が持つ意味を探りました。その結果、一見無意味のような自発運動の背景に、複数の筋肉の感覚や運動のモジュールが生まれていることや、モジュール間の情報の流れが時々刻々と移り変わる「感覚運動ワンダリング」が存在することを発見しました。赤ちゃんはこの感覚運動ワンダリングを通して、より全身的に協調した動きへ、あるいは、反射的な動きから予測的な動きへと発達していることがわかりました。また、このような発達に伴う変化が経験頻度だけでなく、好奇心や探索といった行動に基づいている可能性も示されました。

ヒトがほとんど意識することなく複雑な運動を自由に行えている背景には感覚や運動に関する機能的モジュールが必要と考えられていますが、赤ちゃんは私たちが考えているよりも早くから身体を動かすことでその準備をしているのかもしれません。

本研究成果は、2022年12月26日午後3時(米国東部標準時)に米国科学アカデミーが発行する「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」のオンライン版に掲載されました。

 

【発表のポイント】

・赤ちゃんの自発的な運動について、詳細なモーションキャプチャと筋骨格モデルを併用することで、筋肉の活動と感覚を推定し、それらの間に生じている情報の流れについて解析しました。

・意識的な運動をほとんど行えない生後数か月の赤ちゃんにも、自発運動を通して筋の感覚や運動の時空間パターンが生まれていることや、それらをもとにした発達的な変化が起きている可能性を示しました。

・本研究によって、赤ちゃんが運動時にどのように感じて、なにを発達させているかについて検証可能となり、ヒトの行動的/認知的発達過程のさらなる追究に貢献することが期待できます。

 

【発表内容】

古くから発達初期の感覚運動の経験がその後の発達に重要な役割を果たしているのではないかと考えられてきました。生後数か月ごろの赤ちゃんが行う、もぞもぞとした全身の自発的な運動はヒトが最も早く経験する動きで、多くの研究者がその運動パターンや協調性の発達に伴った変化を報告するとともに、背景にある神経成熟との関連を指摘してきました。また、周産期医療の観点でも脳性麻痺などの予測に自発運動の観察が有用であることも示されています。その一方で、ヒトの赤ちゃんの自発運動における運動出力と感覚入力がどのような構造を持ち、そのようなダイナミクスを持っているかについては、技術的な問題も多く十分な知見が得られていませんでした。

本研究では、ヒトの新生児12名(生後1週間未満)および乳児10名(生後3か月)の自発運動を対象に詳細なモーションキャプチャを行い、全身12関節(26自由度)の関節運動を計測しました。計測した関節運動データに筋骨格モデルを組み合わせることで、全身の骨格筋(144本)の筋活動および固有感覚を推定しました。続いて、筋活動や固有感覚間に生じている情報の流れについて、グレンジャー因果(注1)と呼ばれる手法で定量的に計算しました。算出した筋活動や固有感覚間の情報の流れは288×288(=82944)という膨大な数になるため、無限関係モデル(注2)と呼ばれる手法を用いて関係性の高い22個の感覚運動モジュール(注3)を抽出することで理解しやすくしました。抽出された22個のモジュールはほとんどが筋活動または固有感覚のどちらかのみで構成されていて、それぞれのモジュールは筋肉の配置に沿った共通した機能ごとに分かれていました(図2)。さらに、感覚運動モジュール間に生じている情報の流れの密度を算出することで、どのようなモジュールペア間で情報伝達が多いか、少ないかを評価可能としました。新生児グループと乳児グループでモジュールペア間の情報伝達密度を比較したところ、巨視的には身体構造に依存する形で類似していることがわかりました(脚モジュールの方が腕モジュールより情報伝達密度が低い、等)。さらに、乳児グループでは感覚由来の情報伝達が少ないとともに、運動由来の情報伝達が多いことがわかりました。前者は感覚入力が先行して運動出力や感覚入力が生じている場合、後者は運動出力が先行して感覚入力が生じている場合を示しており、発達に伴う反射的要素の減少と随意的要素の増加を反映している可能性があります。

続いて、赤ちゃんの自発運動の際に、どのような感覚運動に関するダイナミクスが生じているのかを検証するため、感覚運動モジュール間の情報伝達密度について、非負値因子分解と呼ばれる手法を用いて12個の感覚運動状態(注4)を抽出しました。赤ちゃんの感覚運動情報はこれらの状態をさまようような時間的な変動を持つことがわかり、研究グループはこの現象を「感覚運動ワンダリング」と名付けました(図3)。感覚運動ワンダリングにおいて、各感覚運動状態間を遷移する確率は巨視的には新生児と乳児で類似していた一方で、そのランダム性は乳児で低くなっていることがわかりました。また、感覚運動ワンダリングの中には一定の連続するパターンが見つかっており、新生児グループより乳児グループで三連パターン(例:状態2→状態1→状態2)の出現率が高いこともわかりました。

以上のことから、感覚運動ワンダリングのように、一見して意味がないような自発運動を通して、感覚運動に関する時間的および空間的パターンを獲得していることが示唆されました。発達心理学、神経科学、ロボット工学などの学際的な観点から、ヒトの行動や認知機能の発達には、脳をはじめとする神経システムの成熟だけでなく、外界や自己の身体も含めた相互作用とその反復が重要と考えられています。本研究の結果は、そのような再帰的な発達過程が発達のごく初期の自発的な動きから始まることを示していると考えられます。今後は、単純な運動や感覚だけでなく、複雑な行動や認知機能に対して赤ちゃんの自発運動が持つ役割の解明に取り組む予定です。

 

【研究支援】

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(「発達初期の身体・神経系変容に対する感覚運動情報構造の超適応(22H04770)研究代表者:金沢星慶」、「乳児自発運動時の感覚-運動ダイナミクスを利用した行動発達モデルの構築(21K11495)研究代表者:金沢星慶」、「幼児期の算数と実行機能の関連についての発達認知神経科学的研究(21H00937)研究代表者:森口佑介」の支援により実施されました。

 

【発表雑誌】

雑誌名:

「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」オンライン版:2022年12月26日(米国東部時間)

論文タイトル:

Open-ended movements structure sensorimotor information in early human development

著者:

Hoshinori Kanazawa*, Yasunori Yamada, Kazutoshi Tanaka, Masahiko Kawai, Fusako Niwa, Kougoro Iwanaga, Yasuo Kuniyoshi

DOI番号:

10.1073/pnas.2209953120

 

【発表者】

金沢 星慶
東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻/次世代知能科学研究センター(AIセンター)特任助教

國吉 康夫
東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻/次世代知能科学研究センター(AIセンター)教授/センター長

 

【用語解説】

(注1)グレンジャー因果:

時系列データ間において、一方のデータの他方のデータに対する予測性を統計的に計算する手法(図1二つ目の矢印)

(注2)無限関係モデル:

多数の変数で構成されるデータ集合について、データ間の関係性をもとに集合内に潜在するモジュールを抽出する手法(図1三つ目の矢印)

(注3)感覚運動モジュール:

複数の筋肉の活動や感覚で構成される機能的グループ(図2)(注4)感覚運動状態:各時点における全身の感覚運動モジュールの状態(図3)

 

【添付資料】

(図1:研究概要)

左側:

外部的な刺激を与えていない状態で動いている赤ちゃんにモーションキャプチャを行い(左上)、計測した運動データを乳児の筋骨格モデルに当てはめることで全身の筋肉の筋活動度と固有感覚を推定し(左下)、筋活動度および固有感覚間に生じている各時点の情報伝達の有無を計算し(中央上)、計22個のモジュール間の情報伝達密度に再計算しました(中央下)。

右側:

モジュール間の情報伝達密度が一定の水準を超えたものだけ描画した図で、グレイの線は四肢をまたぐモジュール間の情報伝達(例:右手-右足間)、カラーの線は各四肢内のモジュール間の情報伝達となっています。この画像の動画版は12月27日午前5時に研究室のYouTubeチャンネル(https://youtu.be/f22GdOGoSwA)で公開しました。

 

(図2:感覚運動モジュール)

赤ちゃんの自発運動中に生じている各感覚運動モジュールについて色分けして示しています。それぞれのモジュールは自発運動中の情報の流れが似ている複数の筋肉で構成されています。左は主に筋の活動で構成される12個のモジュールで、右は筋感覚のみで構成される10個のモジュールを示しています。

 

(図3:感覚運動ワンダリング)

左側:

赤ちゃんの自発運動時に各感覚運動モジュール間の情報伝達が変化する様子を示しています。この例では7種類の感覚運動状態を数秒ごとに移り変わる様子が描かれています。

右側:

本研究で抽出できた12個の感覚運動状態を描画しています。22個のモジュール間の情報伝達を黒(情報伝達量が低い)から黄(情報伝達量が高い)で示したもので、赤ちゃんの運動のすべての瞬間がこれらの状態に含まれます。

 

詳細▶︎https://www.i.u-tokyo.ac.jp/news/press/2022/202212272160.shtml

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

赤ちゃんの手足の動きには意味がある! ~筋情報の推定でわかった、発達を育む「感覚運動ワンダリング」~

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