キャリアコンサルタントが徹底サポート

ドラム演奏で簡単に認知症重症度をスクリーニング―認知症があっても「できること」で機能評価―

1466 posts

発表のポイント

・ドラムの跳ね返りとリズム反応機能を利用することで、認知症があっても認知機能に関連のある上肢運動機能を測定できる方法を開発しました。

・グループでドラム演奏している時の腕の挙上角度が認知症の重症度と関連することが初めて示されました。

・認知症に関連する運動機能を特定する方法は、認知機能低下の早期発見に貢献するだけでなく、症状の重い方でも重症度のスクリーニングに使うことが可能になります。

ドラム演奏中の腕の動きの計測

 

発表概要

 

東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野の宮﨑敦子特任研究員と檜山敦特任教授らの研究グループは、認知症患者がグループでドラムを叩いているときの腕の動きにより、上肢の運動機能評価ができる方法を開発しました。これまで運動機能の低下と認知機能の低下の関連性は指摘されてきましたが、重度認知症の方の認知症に関連する特異的な運動機能障害の定量的評価は困難とされていました。本研究では、認知症の重症度とドラムを叩く速さは関係がないことがわかりました。一方、ドラムを叩く腕の角度と認知症の重症度は相関しており、認知症が重いほど、ドラムを叩く腕が上がっていないことが明らかになりました。よって、認知症の重症度に拘わらず、安価な腕時計型のウェアラブルデバイスで簡単に計測と機能評価が可能であり、且つ認知症に関連する運動障害を特定できることを実証しました。今後、認知症に関連する運動症状を適切に管理することで、認知症の方と介護者が直面する障害や社会経済的負担が軽減されることが期待されます。

 

発表内容

研究の背景

これまで、上肢の運動機能の低下は認知機能の低下や認知症と関連することが報告されています。しかし、認知症がある場合、認知機能の低下やその中核症状である失行(注1)により、運動の計測に必要な課題を正しく行なうことが難しくなるため、臨床の場で機能評価をすることが困難です。従って、認知症があっても可能で、失行の影響を受けない運動機能を評価する方法を開発する必要があります。また本研究では、計測した運動機能が認知症の重症度に関係があるかを確認しました。認知症に関連する運動障害を特定する利点は、間接的ではありますが、簡便な方法で認知症の重症度を判定することが可能になります。現在、簡便な認知症スクリーニングは、神経心理学的検査(注2)が使用されています。しかし、認知症を患っていない人の多くは認知症検査を抵抗なく受ける反面、認知症が重度である人ほど、検査の必要性を理解し難くなり、拒否する傾向があります。また視覚・聴覚障害がある方の場合、正しい得点が得られない場合があります。認知症スクリーニングにおける患者レベルの障壁を減らすには評価方法のバリエーションを増やすことが重要で、これはパーソンセンタード・アプローチ(注3)につながります。すなわち、認知症のある方の認知機能状態を安全で簡便にモニターすることは、認知機能低下の早期発見に貢献するだけでなく、症状の重い患者を人道的かつ尊厳をもって対応することが可能になります。

 

研究の内容

リズム反応運動は、重度の認知症になっても維持される能力です。ドラムを叩くことで生じるリズムを知覚することで、他人の模倣ができ、少しの合図でも自分が今何をするべきかを理解できます。また、認知症の重症度に応じて肩の筋肉を使う動きが難しくなり、腕の挙上が難しくなります。腕を上げるためには上腕二頭筋を使いますが、ドラムを叩く場合、ドラムスティックがドラムから跳ね返るため、簡単に自分の腕を何度でも上げることができます。本研究では、このようなドラム演奏の長所を用いて、認知症高齢者の上肢運動機能を測定するための新しい方法を開発しました。上肢運動機能は、特別養護老人ホームに入居されている参加者の利き手の手首に加速度センサ(注4)とジャイロセンサ(注5)を搭載した腕時計型ウェアラブルセンサ(注6)を装着し、グループで行なうドラム演奏中の腕の振りの速さの平均値と腕の挙上角度の平均値を抽出しました。参加者の平均年齢は86歳、事前のMini-Mental State Examination(ミニメンタルステート検査)(注7)で30点満点中1~27点(平均15.75)と認知症の程度に拘わらず、16人が参加しました。まず、ドラム演奏時の動作が、従来の上肢運動機能評価で使われる握力と相関があるかを確認することで、新しい方法の妥当性を確認しました。その結果、ドラム演奏中の腕の挙上角度が握力と相関を示し、上肢運動機能を測定するための有効な評価方法であることがわかりました。次に、ドラムの動作が認知機能に関係しているかを調査しました。その結果、ドラム演奏時の腕の挙上角度が全般的な認知機能と関連していることがわかりました。さらに、ドラム演奏時の腕の挙上角度と握力の両方を用いたモデルが、認知症高齢者の認知機能障害を説明するのに優れていることがわかりました。また認知症重症度とドラムを叩く速さは関係がなく、認知症があっても叩けることが確認できました。

 

今後の展望

ドラム演奏に必要な動きは、認知症や虚弱な方でもできるため、効果的で実用的な手法となり得ます。さらに、計測に使用した腕時計型ウェアラブルデバイスは、安価で簡単に装着できるため、医療や介護現場でも使用が容易です。この手法が広く普及すれば、認知症の早期発見や重症化の抑制、治療効果の評価など、認知症治療やケアにおいて大きな貢献が期待できます。以前、本研究グループで開発したドラム・コミュニケーション・プログラムは、認知症や虚弱な方でも実施可能であり、認知機能や上肢機能、肩の挙上角度の改善効果が確認されています。このような介入プログラムや音楽療法中に、本手法を用いて機能評価を行うことも可能です。グループセッションで実施できるため、高齢者の社会的孤立感や認知症に伴う不安感の軽減にもつながることでしょう。

図1:特別養護老人ホームでのドラム演奏中の様子

参加者全員が輪になって椅子に座り、各自、ドラムとドラムスティック(マレット)を持ち、ドラムを叩きます。参加者の輪の中心に1人のファシリテーターが立ち、セッションの進行をします。20分間のセッション中の腕の動きを計測しました。
 

図2:ドラム演奏中の腕の動きの計測

利き手の手首に加速度センサとジャイロセンサを搭載した腕時計型ウェアラブルセンサを用いて、ドラム演奏時の腕の動きから腕の振りの速さの平均値(m/s)と腕の挙上角度の平均値(°)を測定しています。

 

図3:ドラム演奏中の腕の動きの算出

ドラム演奏中の腕の振りの速さの平均値と腕の挙上角度の平均値を加速度センサとジャイロセンサで計測、算出しました。

 

研究グループ構成員

東京大学 先端科学技術研究センター 身体情報学分野

宮﨑 敦子(特任研究員)<研究当時:理化学研究所情報システム本部(研究員)>

奥山 卓 (連携研究員)<研究当時:神戸大学医学部保健学科(非常勤講師)>

檜山 敦 (特任教授)<兼務:一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科(教授)>

東京医科大学 精神医学分野

市来 真彦(教授)

ロレーヌ大学 心理・神経科学研究所

ジェローム ディネット(教授)

東北大学 加齢医学研究所 脳科学研究部門 認知健康科学研究分野/スマート・エイジング学際重点研究センター

野内 類(准教授)

 

論文情報

雑誌:

Frontiers in Rehabilitation Sciences

題名:

Association Between Upper Limb Movements During Drumming and Cognition in Older Adults with Cognitive Impairment and Dementia at a Nursing Home: A Pilot Study

著者:

Atsuko Miyazaki*, Yuichi Ito, Takashi Okuyama, Hayato Mori, Kazuhisa Sato, Masahiko Ichiki, Atsushi Hiyama, Jerome Dinet, Rui Nouchi

DOI:10.3389/fresc.2023.1079781

URL:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fresc.2023.1079781/abstract

 

研究助成

本研究は、科研費「日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的萌芽研究(課題番号:16K15363)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1) 失行:
脳の病変からおこる認知機能障害の1つで、認知症の場合は中核症状です。失行は、運動麻痺がないのにも拘わらず生じる運動機能障害で、今までできていたことができなくなります。運動プログラムなどでは必要な指示を理解する、ジェスチャーを模倣するなどの運動をすることが難しくなります。失行はアルツハイマー型認知症の場合、前駆症状で起こり、他原因による軽度認知障害(MCI)では約半数にみられます。

(注2)神経心理学的検査:
高次脳機能を評価するための検査であり認知症の診断や評価においては必須の検査です。認知症に伴う症状である中核症状や行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)を定量化する目的で神経心理学的検査が用いられます。

(注3)パーソンセンタード・アプローチ(Person-Centered Approach):
パーソンセンタード・アプローチは、患者自身の好みや価値観を尊重し、それに基づく選択を可能にすることを目指します。患者の自律性を高め、自己制御と自己効力感を促進することにつながります。また、患者は自身の健康管理や医療システムへの参加をより効果的に行うことが可能となります。特に高齢者では、個々の健康状態、機能レベル、治療に対する個人的な好み、そして自己の目標といった多様性を十分に尊重することが求められます。従って認知症スクリーニングに関してもパーソンセンタードの検査へのアプローチの1つとして検査方法や受け方などを選択できるようにすることが求められています。

(注4)加速度センサ:
物体の移動速度が変化する時に発生する慣性力を検知し、加速度として測定できる計測装置。

(注5)ジャイロセンサ:
角速度センサとも呼ばれ、物体の回転や向きの変化を角速度として測定できる計測装置。

(注6)腕時計型ウェアラブルセンサ:
手首装着型6軸加速度・ジャイロセンサであるMoff band(https://jp.moff.mobi/)。重さ32g、寸法43mm×25mm×15mmで利き腕の手首に、腕時計のように装着しました。センサのデータはBluetoothでiPadに送信され、サンプリングレート20Hzで加速度と角速度のデータを記録しました。

(注7)Mini-Mental State Examination(ミニメンタルステート検査):
神経心理学的検査において認知症スクリーニングとして代表的な検査で、見当識、記憶、言語、注意、視空間能力を測定、国際的に標準化され使用されています。

詳細▶︎https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20230525.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

ドラム演奏で簡単に認知症重症度をスクリーニング―認知症があっても「できること」で機能評価―

最近読まれている記事

企業おすすめ特集

編集部オススメ記事