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脊髄損傷後の運動麻痺改善に重要な脳内経路の解明 ―神経リハビリテーション療法への応用へ期待―

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概要

京都大学大学院医学研究科 伊佐正 教授(兼・京都大学ヒト生物学高等研究拠点 主任研究者)、三橋賢大同博士課程学生(研究当時、現:同特定助教)、自然科学研究機構生理学研究所 小林憲太 准教授らの研究グループはマカクザルの脊髄損傷モデルを用いて、リハビリテーションによって手指の運動機能が改善していく過程において、脳の運動前野をつなぐ大脳半球間経路が運動機能回復に重要な役割を担うことを明らかにしました。

本研究では2種類のウイルスベクター(注1)を用いて特定の神経経路だけを一時的に伝達遮断する革新的手法を用い、脊髄損傷からの回復過程において運動前野間の半球間経路のみを選択的に遮断した場合に、回復していた手指の運動機能が再び悪化することを発見しました。さらに皮質脳波活動の記録・解析を行うことで、損傷のない状態ではこの半球間経路は抑制し合っているのに対して、損傷後の回復過程においては促進的に働いていることを見出しました。これらの結果から、健常時には抑制されている運動前野の神経活動が、脊髄損傷からの回復期には上昇することによって、運動機能回復に寄与することを明らかにしました。本研究結果は脊髄損傷や脳梗塞などで麻痺となった患者の神経リハビリテーション療法への応用が期待されます。

本成果は、2024 年 8 月 22 日(英国時間)に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

<研究の背景> 

本プロジェクトの社会的な背景・問題点、今回明らかとした問いなど

脊髄損傷や脳卒中等で皮質脊髄路(注2)が損傷した場合には運動麻痺を生じ、損傷の程度によっては重度の麻痺を残し寝たきりの原因ともなり、医学的・社会的問題となっています。一度損傷を受けた神経組織が再生することは難しい一方で、リハビリテーション療法等によって残存した神経経路による代償を促すことである程度の運動機能改善が得られることが明らかとなっています。しかし、そのメカニズムはほとんどわかっておらず、これを解明することが将来のリハビリテーション療法の発展にとって重要です。

これまでの研究では片側の皮質脊髄路が損傷を受けた場合には、損傷を受けていない側の脳の運動前野と呼ばれる部位の活動が上昇することが知られていました。ただし、この活動上昇が回復に貢献しているのか阻害しているのかは議論が分かれており、また活動上昇がどの神経経路を介してもたらされているのかも不明のままでした。

<研究手法・成果> 

用いた手法(既存法との違い等)と導き出した成果について

今回の研究では、サルの運動前野に左右それぞれ異なるウイルスベクターを注入し、皮質脊髄路の損傷を受けた側の運動前野から反対側(損傷を受けていない側)の運動前野に投射する神経細胞のみを、化学遺伝学的手法(注3)を用いて可逆的に阻害しました。この手法を用いて、特定の神経経路を阻害する前後で、運動機能や脳活動を比較評価し、阻害した経路の役割・機能を調べることが出来ます。さらにこの手法は、薬剤を使用するため、可逆的に神経活動を阻害することが可能であり、健常時・皮質脊髄路損傷時、それぞれでの運動機能を比較することもできます。

この手法を用いて、まず健常時にはこの運動前野間の半球間経路を遮断しても運動機能には影響がないことがわかりました。しかし片側の皮質脊髄路を損傷したサルにおいて、回復早期の段階でこの半球間経路を遮断すると回復していた運動機能が再度悪化することが明らかになりました。また、皮質脳波活動の記録・解析から、健常時ではこの半球間経路を遮断した場合には投射先(反対側の半球)の運動前野の神経活動が上昇するのに対し、損傷後の回復早期においては、半球間経路の遮断によって投射先の神経活動が低下することが明らかになりました。これらの結果は、通常抑制的に働く運動前野間の半球間経路が、損傷後の回復過程においては促進的に働き、普段は運動に関わっていない側の運動前野を活性化することで、運動機能の回復に寄与していることを示しています。

<展望> 

今後の展望と議論すべき社会的課題など

本研究で示されたように、中枢神経損傷後には損傷を免れた神経経路が機能を変化させ、障害された機能の回復に関わると考えられます。今回は脊髄損傷モデルでの研究でしたが、今後は脳梗塞など異なる中枢神経部位での損傷によって回復に関わる経路やメカニズムを調べ、損傷部位による相違点や、共通する回復機構を解明していきたいと考えています。

また、今回は運動機能回復に関わる半球間経路を遮断することでその役割を明らかにしましたが、今後は化学遺伝学的手法や、あるいはより低侵襲的な脳刺激法などを用いてこの経路を賦活化させることで、運動機能回復を促進できるかを調べていきたいと考えています。従来のリハビリテーションに加えて標的経路を賦活化するような脳刺激法を組み合わせることで、これまで深刻な後遺症を残してきた重度の中枢神経損傷に対する神経リハビリテーション療法の発展が期待できます。

<研究者のコメント:京都大学医学研究科特定助教 三橋 賢大>

今回の研究でも明らかになったように、脳・中枢神経が損傷された場合でも、他の部位が障害された機能を補い回復させるための脳内機構が存在します。そのメカニズムをより詳細に解明し、賦活化させることで治療につなげられるように今後も研究に精進したいと思います。

<用語解説>

1. ウイルスベクター

標的細胞に取り込まれ、目的の遺伝子を発現させる目的で作られた「遺伝子の運び屋」。ウイルスをもとに作られているが複製・増殖能は失われている。

2. 皮質脊髄路

脳の運動野から脊髄の運動ニューロンへと下行する神経経路。ヒト・霊長類で発達し、手足の運動機能に関わり、特に手指などの巧緻な運動に重要とされる。延髄の錐体で左右交叉するため錐体路とも呼ばれる。

3. 化学遺伝学的手法

神経細胞に人工的に作成された特殊な受容体遺伝子を発現させ、薬剤を投与することで薬剤が受容体に結合し神経細胞の伝達機能を一時的に遮断させる手法。

<研究プロジェクトについて>

本研究は、以下の支援を受けて実施されました。

本研究は、以下の研究資金の支援を受けました。

科学研究費助成事業・新学術領域研究(研究領域提案型)「超適応」(19H05723)(伊佐正)

日本医療研究開発機構・医薬品等規制調和・評価研究事業、国際脳(20DM0307005)(伊佐正)

科学研究費助成事業・基盤研究(S)(22H04992) (伊佐正)

科学研究費助成事業・基盤研究(A)(19H01011) (伊佐正)

科学研究費助成事業・基盤研究(A)(20H00573) (尾上浩隆)

科学研究費助成事業・基盤研究(B)(21H02798) (山口玲欧奈)

<論文書誌情報>

Mitsuhashi, M., Yamaguchi, R., Kawasaki, T., Ueno, S., Sun, Y., Isa, K., Takahashi, J., Kobayashi, K., Onoe, H., Takahashi, R., & Isa, T. (2024). Stage-Dependent Role of Interhemispheric Pathway for Motor Recovery in Primates. Nature Communications. https://doi.org/10.1038/s41467-024-51070-w

詳細︎▶︎https://ashbi.kyoto-u.ac.jp/ja/news/20240822_research-result_isa/

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

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