目次
- はじめに
- "美"とリハビリテーション:歴史を振り返る
- 技術の進歩と美的効果の発見
- 2024年論文が提起した新概念
- 職能団体からの厳しい声
- 現在の議論:支持派vs慎重派
- 療法士が知っておくべきこと
- これからどうなる?今後の展望
- 結論:私たちはどう考えるべきか
- 参考文献
はじめに
リハビリテーションに"美しさ"は必要なのでしょうか。
この問いが、2024年4月に発表されたある論文によって、改めてリハビリテーション分野に投げかけられました。イタリアの研究者Lippi氏らが発表した「Aesthetic Rehabilitation Medicine: Enhancing Wellbeing beyond Functional Recovery」という論文です。この論文は、従来の機能回復を超えた包括的なアプローチとして「審美的(美容)リハビリテーション医学」という概念を提示しています。
しかし、この新しい概念をめぐっては賛否両論があります。特に職能団体からは厳しい見解も示されており、現場で働く療法士にとって重要な議論となっています。
本記事では、この議論の全体像を整理し、私たち医療従事者が知っておくべき現状と課題を探ってみたいと思います。
"美"とリハビリテーション:歴史を振り返る
そもそもリハビリテーション医学とは
リハビリテーション医学は、WHO国際機能分類(ICF)の原則に基づいて発展してきました。その目標は身体機能の向上、社会参加の増加、そして患者さんの社会生活の回復です¹。これまで、患者さんの外見や審美的要素は、どちらかといえば副次的なものとして扱われてきたのが現実でした。
変わりつつある現場の認識
ところが近年、この状況に変化が見られます。患者さんの審美的ニーズへの注目が高まっているのです。
興味深い研究があります。Dayan氏らが2019年に発表したHARMONY研究では、顔面美容治療が社会的認知(social perception)とwell-beingに与える影響が報告されています2。
「見た目が変わることで、患者さんの気持ちも変わる」—これは多くの現場スタッフが実感していることではないでしょうか。実際に、美容外科分野では外見の改善が患者さんの心理面に与える影響について様々な研究が行われており、生活の質の向上との関連が示唆されています。
技術の進歩と美的効果の発見
ボツリヌストキシン:痙縮治療から美容まで
私たちにとって馴染み深いボツリヌストキシン(BTX)注射も、新たな側面が注目されています。従来の痙縮治療を超えて、顔面表情筋の調整による美容効果も研究されているのです。
Ernberg氏らが2011年に実施した多施設ランダム化比較試験では、顎関節症に対するBTX注射が疼痛軽減に効果を示すことが報告されました。BTXによる表情筋への作用については、美容医学分野でも研究されていますが、リハビリテーション領域での審美的効果については十分な検証が行われていないのが現状です。
Delcanho氏らの2022年の系統的レビューでは、咬筋肥大や筋原性顎関節症に対するBTXの疼痛軽減効果について検討されていますが、エビデンスは限定的であり、副作用のリスクも指摘されています。
PRP療法:再生医療の美容応用
PRP(プラズマリッチプラズマ)療法も注目されている技術の一つです。患者さん自身の血小板から得られる成長因子を利用したこの技術は、もともと再生医療として発展してきました。
近年、PRP療法の皮膚への応用や脱毛症治療への効果について小規模な研究が行われていますが、これらの研究はまだ発展途上の段階にあり、大規模な臨床試験による検証が必要とされています。
ヒアルロン酸:関節から皮膚へ
関節内注射で変形性関節症治療に使われているヒアルロン酸(HA)も、皮膚への応用が広がっています。2018年のレビューでは、HAの皮膚再生効果と美容医学における応用の可能性が検討されています7。
物理療法の新たな可能性
私たちが日常的に使用している物理療法機器についても、美容効果への関心が高まっています。
体外衝撃波療法(ESWT)では、従来の整形外科的適応を超えて、セルライト治療への応用が研究されていますが、現在のところ小規模・限定的な研究にとどまっており、十分なエビデンスは蓄積されていません。
低出力レーザー療法(LLLT)については、筋骨格系疼痛に対する効果は一定程度確立されていますが、皮膚への影響については研究段階であり、エビデンスは限定的です。
2024年論文が提起した新概念
統合的視点の提案