経営に問われる「うちのリハ、費用対効果あるの?」──"健康な1年分"いくらで語るリハの経済的価値

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「うちのリハ、費用対効果あるの?」――経営会議でそう問われ、口ごもった経験はないでしょうか。医療経済の世界には、この問いに答える共通の物差しがあります。"完全に健康な1年分"を1単位として介入の効果を数値化する「QALY(Quality-Adjusted Life Year:質調整生存年)」です。本記事では、海外のリハRCTがQALYで示してきた数字と、日本の制度がリハをQALY評価に乗せない構造的な理由を整理。そのうえで、自施設の前後比較で「QALY的価値」を語るための方法と限界を解説します。

目次

1. 「健康な1年分」を1とする──QALYという物差しの作り方

QALYは、医療経済評価の世界で1970年代から使われてきた指標で、「効果」を1次元に圧縮する設計思想を持ちます。

定義は単純で、(健康状態の質)×(その状態で過ごす年数) で計算します。たとえば「効用値0.8の状態で5年間生きる」なら 0.8×5 = 4 QALY となります。

ここで使う「効用値(utility)」は、完全な健康を 1.0、死亡を 0.0 とする 0〜1 のスコアです。寝たきりに近く強い痛みのある状態であれば 0.4 程度、軽い関節痛で外出は可能な状態であれば 0.8〜0.9 程度といったイメージで、健康関連QOL尺度から換算します。代表的な尺度がEQ-5D(イーキューファイブディー:5項目の自己評価ツール)で、日本語版の効用値換算式(tariff)はShiroiwaら(2016)が一般国民の調査データ(解析対象 1,026名)から策定したものが国内分析で広く参照されています1

QALYとICERの基本算式

QALY = 効用値 × 期間(年)
例:効用値0.8の状態で5年 → 0.8 × 5 = 4 QALY

ICER(増分費用効果比)= 増分費用 ÷ 増分QALY
「1QALYを獲得するのに何円かかったか」を表す。閾値を下回れば「費用対効果あり」と判定される

このQALYを、介入にかかった追加コストで割った値が「ICER(増分費用効果比、Incremental Cost-Effectiveness Ratio)」と呼ばれます。ICER が「1QALYあたり○○円」として計算され、その値が一定の閾値より低ければ「費用対効果が良い」と判定される仕組みです。

英国NICE(国立医療技術評価機構)は長年 £20,000〜30,000/QALY を閾値として運用してきましたが、2025年12月に閾値変更が発表され、2026年4月以降は £25,000〜35,000/QALY が適用される方向となっています2。豪州PBAC(医薬品給付諮問委員会)は公式の固定閾値は明示していませんが、文献上は AUD 45,000〜60,000/QALY 程度が分岐点として議論されてきました3。日本の中医協・費用対効果評価制度では、医薬品の価格調整基準として 500万円/750万円/1,000万円/QALY という3段階の閾値が用いられています4

つまり、QALYは「効果」と「コスト」を共通の物差しに乗せ、複数の医療技術を横並びで比較できるようにするための仕組みです。ここに、リハ介入も理論上は乗せることができます。実際、海外では数十年にわたって乗せられてきました。

2. 海外のリハRCTが出してきた「QALY」の数字

リハ介入のQALY評価は、特に英国・北米・豪州を中心に蓄積されてきました。代表的な数字を、PT・OT・ST の3職種で見ていきます。

PT領域:「直接アクセス」と慢性疾患介入

英国のYangら(2021)は、患者がGP(家庭医)を経由せず直接NHSの理学療法サービスにアクセスできる「ダイレクトアクセス制度」の経済評価を行いました。先行のクラスターRCTのデータを用いた離散事象シミュレーションで、活動量の増加に伴うコストは 1QALY あたり £4,999 と算出されています5。NICE 閾値(従来 £20,000〜30,000、現行 £25,000〜35,000)を大きく下回り、「PTへの直接アクセスは費用対効果が高い」と結論づけられました。

慢性疾患の理学療法を対象にした Smith-Turchynら(2023)の系統的レビューは、対象53本のRCTのうち、PTを未実施群と比較した15本では53%がPTの費用対効果ありと判定され、変形性関節症・慢性腰痛・慢性頸部痛で「費用対効果あり」と結論された研究が多かったとしています6

OT領域:予防と急性期介入で大きく分かれる結果

OTの古典的な研究が、Clarkらの Well-Elderly Study(地域在住高齢者への9か月間の予防的OT、n=163)です。Hayら(2002)の費用対効果解析では、OT群の1QALYあたりコストは $10,666(95%信頼区間 $6,747〜$25,430)と報告されました7。対照群を受動的(非介入)/能動的(社交活動)で分けてOTと比較し直すと、それぞれ $13,784/QALY、$7,820/QALY となります7。米国で慣行的に参照される閾値($50,000〜$100,000/QALY)を大きく下回る数値で、予防的OTの経済的価値を支持する研究として広く引用されています。

一方、英国ケアホームの脳卒中入所者を対象にした OTCH 試験(Sackleyら 2016、n=1,042、228施設)では、増分QALYは 0.009(95%信頼区間 −0.030〜0.048)と、95%信頼区間が0をまたいでおり、「臨床的・経済的にOT介入の優位性は示されなかった」と結論されています8

そして日本のADOC(作業選択意思決定支援ソフト)を用いた介入のpilot cluster RCT(Nagayamaら 2016、n=44、12施設)でも、4か月後のQALY差は ADOC群 0.022 / 対照群 0.008 と微増にとどまり、両群間に有意差はありませんでした(1QALYあたりコストは ADOC群 $61,743 / 対照群 $52,903、P=0.898)9。日本でもQALYを使ったリハRCTは始まっていますが、サンプルサイズや介入強度の制約から「効果が乗りきらない」フェーズにあります。

ST領域:失語症リハで進む費用対効果評価

ST領域では、慢性失語症に対する集中介入のQALY評価が進んでいます。

豪州のRoseら(2022)が報告したCOMPARE試験は、慢性失語症患者201名を制約誘導失語療法プラス(CIAT-Plus)/多モダリティ失語療法(M-MAT)/通常ケアの3群に1:1:1で割り付け、各群30時間の介入を行った3群RCTです10。続いて同チームのRoseら(2024)が経済評価結果を Stroke 誌で報告しており、対象を経済評価母集団216名に拡張した解析で、ブートストラップ標本の約80%でM-MATが通常ケアより費用節減的に追加QALYをもたらし、CIAT-Plusはおよそ AUD 28,000/QALY 前後の支払意思額閾値で費用対効果ありと判定されました11

一方、英国のBig CACTUS試験(Palmerら 2019、Lancet Neurology、278名ランダム化/240名mITT解析)は、自己管理型のコンピュータベース言語療法(CSLT)を通常ケア・注意統制群と比較しました。全体での増分費用対効果比は £42,686/QALY と従来NICE閾値(£30,000)を超えましたが、軽度〜中等度の単語想起困難に絞ったサブグループ解析ではICERが従来閾値内に収まる可能性が示され、「対象を絞ればコンピュータベース介入も費用対効果あり」という重要な示唆を残しました12

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Yang 2021
英NHS直接アクセス

PT
 
対象

英Cheshire 4プラクティス(クラスターRCT+シミュレーション)

介入

GP経由せず直接NHS理学療法へアクセス

ICER

£4,999/QALY

判定

NICE閾値を大きく下回り「費用対効果が高い」

Smith-Turchyn 2023
慢性疾患PT 系統的レビュー

PT
 
対象

53本のRCT併設経済評価をレビュー

介入

慢性疾患(OA・腰痛・頸部痛・COPDなど)への理学療法

ICER

53%が費用対効果あり
(PTなし比較15本中)

判定

OA・慢性腰痛・慢性頸部痛で「費用対効果あり」結論が多い

Hay 2002
Well-Elderly Study

OT
 
対象

米地域在住高齢者 163名

介入

9か月間の予防的OTプログラム

ICER

$10,666/QALY
(95%CI $6,747〜$25,430)

判定

米国慣行閾値を大きく下回り「予防的OTの経済的価値あり」

Sackley 2016(OTCH)
英ケアホーム脳卒中

OT
 
対象

英ケアホーム入所者1,042名(228施設)

介入

作業療法士による個別目標型介入 3か月

ICER

増分QALY 0.009
(95%CI −0.030〜0.048)

判定

95%CIが0をまたぎ「優位性は示されなかった」

Nagayama 2016(ADOC)
日本 老健施設

OT
 
対象

日本の老健入所者44名(12施設、cluster RCT)

介入

ADOCを用いた個別作業療法 4か月

ICER

$61,743/QALY
(P=0.898で対照群と差なし)

判定

サンプルサイズの制約から「効果が乗りきらない」段階

Rose 2024(COMPARE)
豪州 慢性失語

ST
 
対象

慢性失語症患者 216名(経済評価母集団)

介入

CIAT-Plus / M-MAT / 通常ケア の3群・各30時間

ICER

AUD 28,000/QALY前後
(CIAT-Plus)

判定

M-MATは通常ケアより費用節減的、CIAT-Plusは閾値内で費用対効果あり

Palmer 2019(Big CACTUS)
英 慢性失語・自己管理型

ST
 
対象

英 慢性失語症 278名ランダム化/240名mITT解析

介入

自己管理型コンピュータベース言語療法(CSLT)

ICER

£42,686/QALY
(全体・従来NICE閾値超)

判定

軽中等度のサブグループ解析では閾値内に収まる可能性

これら海外RCTの結果を一覧にすると、リハ介入のQALY評価には少なくとも次の3つの特徴があることが見えてきます。

  • 介入の費用対効果は「やる・やらない」ではなく「誰に・どれくらいの強度で」によって大きく振れる
  • 効果サイズが小さいリハ介入では、増分QALYの信頼区間が0をまたぐことが珍しくない
  • 同じQALYでも、急性期・回復期・慢性期で値が持つ意味は同じではない

これは現場の感覚と矛盾しません。「全員に同じだけリハをすれば全員が同じだけ良くなる」わけではないことを、現場の療法士は日々体感しているはずです。

3. なぜ日本では、リハがQALY評価の俎上に乗らないのか

ここまで読み進めて、ひとつの疑問が浮かびます。「では、日本のリハ介入の費用対効果はどう評価されているのか?」――答えは、ほぼ「評価されていない」です。

日本では、2019年4月に中医協の費用対効果評価制度が本格運用に入りました4。国立保健医療科学院・保健医療経済評価研究センター(C2H)が分析を担い、対象品目を中医協・費用対効果評価専門組織で議論する仕組みです。

C2Hが2022年3月に公表した「中央社会保険医療協議会における費用対効果評価の分析ガイドライン 第3版」では、効果指標としてQALYを原則とすると明記されています13

ところが、制度開始から2022年12月までに評価対象となった品目を見渡すと、医薬産業政策研究所のレポートによれば計49品目で、その内訳は医薬品中心で一部医療機器が含まれる程度。「リハビリテーション介入(手技)」は一度も対象品目に選ばれていません14

なぜか。理由は大きく3つの構造に分けて整理できます。

第一に、品目選定の基準が「市場規模が大きい、又は著しく単価が高い医薬品・医療機器」と公式に設定されていることです4。リハの個別介入は、診療報酬上は「疾患別リハビリテーション料」として包括的に評価され、新規収載される「単品」としては立ち上がりません。

第二に、リハ手技は「単位コスト」が抽出しづらいことです。療法士の人件費は包括化されており、特定の介入に対して「いくらかかったか」を切り出すことが診療報酬制度上、難しい構造になっています。海外のRCTで使われているような「介入1回○ポンド」「セラピスト時間あたり○ドル」といった単位コストデータが日本のリハ領域には十分に蓄積されていません。

第三に、これは制度の遅れというより「設計思想の違い」です。日本の費用対効果評価は「いったん保険収載したうえで価格調整に用いる」ために走っており、英国NICEのように「収載可否そのもの」を決める仕組みではありません4,14。「リハをやるか・やらないか」を国レベルで判断する制度設計になっていない、というのが正確な表現になります。

つまり、日本の制度が遅れているわけでも、リハに費用対効果がないから扱われないわけでもありません。「個別介入を切り出して値段をつけ直す対象」として、リハ手技は制度の入口に立っていない――この理解が出発点になります。

裏返せば、自施設のリハ部門の経済的価値を「公式の制度判断」に頼って語ることはできません。経営層・他職種・行政に「うちのリハには費用対効果がある」と伝えるためには、療法士自身が"自前で"語る言葉を持つ必要があります。それが、本記事の有料パートで扱う内容です。

●この先の内容
次のセクションでは、海外3つの代表的なRCT(直接アクセスPT・予防的OT・慢性失語ST)を「自施設に翻訳する」ための4つの観点(アウトカム指標/コスト構造/時間軸/対照群)で読み解きます。そのうえで、EQ-5D-5L日本版とShiroiwaらの効用値換算式を使い、自施設の介入前後比較から「QALY的価値」を経営報告レベルで言語化する5ステップと、その線引き(公式HTAではないことの注意点)を整理。記事の最後には、EQ-5D-5L入力から効用値・QALY換算までを行える「自施設QALY試算テンプレ(Excel・2シート)」を無料でダウンロードできます。

4. 海外3例の読み解き──自施設に翻訳する4つの観点

第2章で見たRCTの数字は、そのまま自施設に持ち込めるわけではありません。Yang(2021)の英国・Hay(2002)の米国・Rose(2024)の豪州のRCTがそれぞれ異なる文脈で実施されていることを前提に、「どこを自施設に翻訳し、どこは翻訳できないか」を4つの観点で整理します。

経営に問われる「うちのリハ、費用対効果あるの?」──"健康な1年分"いくらで語るリハの経済的価値

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