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#3 恩師、同志との出会いが変わるきっかけに【マインドフルネス作業療法 | 織田靖史先生】

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ー 先生を変えたきっかけ、ターニングポイントはいつ頃でしょうか? 

 

織田 やはり出会いですかね。人との関わりで、恩師に出会ったことです。小学校、中学校、高校と、本当にいい先生方に出会いました。

 

エピソードがたくさんありますし、わたしを多くの言葉やその姿勢で支えてくれました。大学の時には、文学部だったのに教育学部の体育の研究室に入り浸っていて、三浦先生にチームマネジメントコーチングを教えていただきました。

 

今の方向性を導いてくださったのは、アメフト部の津尾監督でした。当時、精神的に参っていて、ほとんどひきこもっていたわたしを救ってくださったんですよね。

 

また、トレーナー時代の石田ATにも、現場というものを教わりました。そして、何より専門学校の恩師である北山順崇先生をはじめとする作業療法学科の先生方や、同期の仲間だったり。 

 

(Photo:恩師の北山 順崇先生と)

 

卒業してからもたくさんの師匠に出会い、学び、患者さんからも多くを学ばせていただきました。

 

今大学院で指導していただいている京極先生との出会いも、しびれるものがありました。「こんな作業療法士がいるんだ!」って。話しているだけで、時間が流れるのを忘れるほど面白かったですよ(笑) 。

 

人から取り込むことが多かった気がします。 

 

おかげさまで結婚もできましたし、子供もでき、だんだん人として成長できたと思います。

 

山根先生にも,いつも怒られてばかりでしたが、怒ってもらえる人達に出会え、頭でっかちになろうものなら、すかさず指導いただきました。未だに、危ういのですがね(笑) 。

 

昔は、先生方や周りの方々に指導をいただいても「何糞」としか思っていませんでしたが、今になって分かるようになってきました。やっとですかね(笑)

 

昔は「師匠達を超えてやる」という思いしかありませんでしたが、今はその偉大さに気付けてきましたね。 

 

自分が見る世界を広げないと、人の偉大さが見えないなと感じ、小さい世界で人を評価していたことがわかりました。これらすべてが臨床で生かせればいいなと思いますね。 

 

(Photo:作業療法士の第一号の免許を持つ松本妙子先生と)

 

自分を掘り下げて、自分探しをしていた

ー 日常の中で、自問自答することはありますか? 

 

織田 ありますね。昔はもっと激しかったですが、今ではもっと感覚的になりました。昔の方が考えすぎていたように思います。

 

「何で自分だけ」「何で分かってもらえないんだ」など「どうせわからないだろうな」と、ちょっとひねくれた一面がありました。 

 

ですから「周りから一歩引いて、1人だけ別の所にいる」なんて言われることもしばしばありました。今思えば、傷つく事が嫌で、人見知りが激しく、不安などの感情から、自分の殻に閉じこもり、守っていたのでしょうね。 

 

そんなときに助けてくれたのが、今沖縄にいる仲地さんでした。

 

高知県の精神科作業療法の勉強会を立ち上げるときに声をかけてもらったのですが、彼の底なしの優しさとオープンマインドな安心感に救われましたね。

 

「こんなひともいるんだ!」って。 

 

昔の自分は、村上春樹流にいいますと“自分を掘り下げて、自分探しをしていた”のでしょう。

 

マインドフルネスを学ぶことで、井戸掘りではなく、周りと触れ合うことで自分が見えてきたのかもしれませんね。 

 

 

ー 先生が精神科を専門にしようと思ったきっかけを、改めてお聞きしてもいいですか?

 


織田 一番のきっかけはスポーツトレーナをやっていたことです。アメフトをやっていたのですが、怪我でプレーヤーを辞めました。

 

そのときに津尾監督から「トレーナーをやってみないか」と声をかけていただき、トレーナーの道に進むこととなりました。いろいろなスポーツに関わりました。

 

国体やアーチェリーの日本代表選手などをはじめ、いろんな種目のトップレベルのチームや日本代表候補の選手を担当させていただく機会もいただきました。 

 

同じ頃、卓球選手をみていたのですが「怪我がきっかけで、家で暴れている」とお母さんから電話受けたことがありました。

 

私が行って話をし、すごく凹んでいた状態から「一緒にやって行こう」と立ち直り、最後はインターハイで優勝するまでになった、という経験から「心」について関心が増えました。 

 

同じようなことを幾度となく経験し、「精神科を専門としたい」という気持ちが湧いてきたんです。

 

大学で専攻していた、哲学の内容もこの道に生きていくのでは、という思いもありました 。

 

作業療法士でもトレーナーは出来る

ー さかのぼっていくとなぜそのようになっていったのだと思いますか? 

 

織田 やはり元から変わっていたのでしょうね。例えば、小学生の頃、「偉いね」と褒められると、何となくバカにされたと感じることがありました。

 

今考えると自分には、自閉傾向があるのだと分析していますが(笑)。 

 

そのような感情に気付いていく中で「どうして自分は生まれたのだろう、何で生きていくんだろう」という悩みや疑問が中学生の頃から芽生え始めました。 

 

どうにか答えを見つけたくなり、哲学書や心理学書を読んだりした時期もありました。実のところ、作家になりたいという夢もありました。

 

人の表裏とか「何でこの世の中に自分がいるんだ」とか「宇宙」などが好きな学生時代でしたね。 

 

ー 話を戻しますが、何でトレーナーになりたかったのに作業療法士になったのですか? 

 

織田 先ほどお話しした通り、トレーナーになったきっかけは、怪我でアメフト選手を諦め、自暴自棄になってアメフト部も辞めようと思い、それを伝えに行った時、当時の津尾監督の勧めからトレーナーになりました。

 

実はその津尾監督なんですが、精神科医なんですよね(笑) 。

 

その後、津尾監督から「理学療法の学校に行けば」と提案いただいたので、受験することにしました。

 

受験した学校の試験官が、たまたま北山先生と田村先生という作業療法士の教員2名で、面接中に「なぜ作業療法士を目指さないのか?」ときかれたんです。 

 

私はトレーナー希望で、「トレーナーとなると理学療法士しかいないじゃないか」と思い、つい面接中に、それを口走ってしまいました。

 

でも「作業療法士でもトレーナーは出来る、作業療法士は何でも出来る」と面接中にもかかわらず、作業療法士についての説明を受けました。

 

入試の面接なのに、作業療法士について20分くらい説明され、私も生意気でしたから「作業療法士になっても良いですよ」と言ってしまったんです。 

 

そこで、第二希望が作業療法士になり、それがきっかけだったのかはわかりませんが、作業療法士の方で合格通知を受け取りました。当然、入学しても全然作業療法士になりたいとは思えず、問題を起こすような学生でした。 

 

そんな態度だったにもかかわらず、受け止めてもらって、作業療法について真剣に考え始めましたね。学生の頃から、真夜中まで「作業療法とは何か」を学生同士で話し合ったりしていました。 

 

ー 学生の頃から、勉強はできる方でしたか? 

 

織田 どうでしょうか?発達の単位だけ落とし、再試験を受けましたが(笑)。まずまずの成績だったということにしておいてください(笑)。 

 

ー 作業療法士の仕事に対して疑問を持ちながらも勉強は、続けていけたのでしょうか? 

 

織田 整形外科領域をはじめ身体については、トレーナーの経験が生かされ、大方理解していました。

 

また、病理学などは担当の先生が素晴らしく、すごく聞きたいと思える内容でした。恵まれた環境のおかげで、勉強で苦労したことはありませんでした。本当に先生たちに恵まれていたと思います。 

 

(Photo:精神障害のフットサルチームのスタッフ)

 

ー 作業療法士でもスポーツ分野をやりたいと思っている人は潜在的にいるのではないかと思います。先生は作業療法士だからこんなトレーナーになれたというような強みはありましたか? 

 

織田 スポーツの分野でも理学療法的、作業療法的と呼ばれることがあります。しかし、それだけですと勿体ないと思うのです。

 

スポーツ分野では当然、テクニックは絶対的に大切で、例えば「痛い」という選手に対して、疼痛管理が出来ないと話になりません。それを前提として、プラスα作業療法士として何ができるかということだと思います。 

 

その人が選手としてどうありたいのか、自分のパフォーマンスを向上したいのか、なぜその人が続けていきたいのか、という視点をもってさえいれば、テクニックを必ずとも目的化しなくていいんです。

 

あくまでもテクニックは、目的ではなく手段でしかないことを理解することです。わたしにとって、その視点は、作業療法士だったからこそ気付けた視点かなと思っています。

 

この視点を元に、他のチームスタッフやチームメイト、監督などと情報を共有し、選手のモチベーションを向上させることができた点は、作業療法士でよかったなと思います。

 

次のページ>>#4 作業療法の中に、確実にあるマインドフルネス

 

織田靖史先生 プロフィール 

作業療法士,博士(保健学) 玉野総合医療専門学校 作業療法学科

吉備国際大学保健福祉研究所 準研究員

(一社)日本作業療法士協会教育部 重点課題研修班 中四国エリア エリア長

精神障害者Futsal team "CitRungs Tossa" 監督

日本ソーシャルフットボール協会(JSFA) 地域推進委員(高知県) 

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