第二回:人間の行動理解という共通項【首都大学東京人間健康科学研究科 知覚運動制御研究室 教授|樋口 貴広先生】

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書籍:「知覚に根ざしたリハビリテーション」(シービーアール,2017)について

 

樋口先生 この書籍は、これまで私が出版してきた研究紹介と異なり、理学療法士、作業療法士の方々が主役となって書く内容を,研究者がバックアップするというコンセプトです。リハ職の方々の執筆する文書を,非リハ職の人間が編者としてサポートしているという点が新しいスタイルです。これまでの関係構築がうまくいったからこそできた書籍ですので,私にとって意味のある一冊となりました。

 

この書籍の著者は、知覚を重視するリハ職の方々のうち,生態心理学・生態学の考えを好む方と,認知心理学・認知科学の考えを好む方でした。知覚といっても,両者で全く見方が違うことがわかります。

 

生態心理学・生態学の発想が興味深いのは、環境の影響が無視できないと考える点です。書籍の中では,手すりに過剰依存する事例が紹介されていました。脳卒中片麻痺の患者さんが、機能的には手すりなしで立ち上がることができても、そこに手すりがあると「これを使うことで体が安定するぞ」というように、手すり依存の固い制御をしてしまうという事例が紹介されています。手すりを単に安全補助具として捉えるのではなく,場合によっては不適応な行為を誘発しうる環境として捉える視点が興味深いと思います。

 

― 環境や場面によって、身体の内部でも変化が起きているということですか?

 

樋口先生 全く同じ動作でも,練習の環境と異なる環境では、実力を発揮できなくなることがあります。スポーツの例がわかりやすいのですが、バスケットボールのフリースローで、壁に固定されたゴールと移動式のゴールとでは,フリースローの距離は同じでも,背景が異なります。一見関係がなさそうな背景の違いで,シュートのタッチが狂うということがあります。ボードが透明か不透明かという違いを気にする選手もいるようです。

 

こうした事例は,ほんのわずかな環境の違いで運動の歯車が狂ってしまうことを示しています。私たちは主観的にはターゲットだけを見ていますが、脳は常に周囲の情報を使っています。このため,周辺環境が変わることは、脳にとってはいつも通りの制御ができないことを意味するのだと思います。

 

リハビリテーションでも,練習中の環境設定について意識すべきではないかと考えています。リハビリテーション室というのは、通常バリアフリーな環境ですよね。その中で十分に歩けた人でも、外に少し出ればバリアだらけです。バリアだらけの環境の中で歩くという時に、必ずしも同じようには歩けない可能性があります。見かけ上の四肢の動きは変わらなくても,地面との相互作用は路面環境で異なるため,その相互作用をふまえた練習をしていなければ,うまく歩けないとしても不思議ではないからです。

 

リハビリテーション室でバリア環境を完全に再現してほしいと言っているのではありません。環境とのやり取りの中で何を学習してほしいのかということを考えて,環境設定に配慮する必要があるのではないかということを,講演などで提案しています。

 

知覚に根ざしたリハビリテーション
Posted with Amakuri at 2018.3.9
樋口貴広, 樋口貴広, 和泉謙二, 和泉謙二, 真下英明, 真下英明, 種村留美, 種村留美
シービーアール

 

人間の行動理解という共通項を生かす

 

先生の視点からみて、リハ職の方々に「もう少しこういう事を知ったほうがいい、見た方がいい」ということはありますか?

 

樋口先生 そのようなことを思ったことはありません。異なる職種の方々が異なる見方をするのは当たり前だからです。むしろ,心理学の研究者とリハ職の臨床家の共通項を生かすことを考えて仕事しています。

 

基本的に、両者は人間の行動を観察し,人間の内部で起こっている問題を解明していくプロです。例えば,リハビリテーションの場面で,「立ってみましょう」という指示のもとで患者さんの動きを見ると、正常動作との違いに瞬時に気づき,その問題を探しますよね。「次は座って、足だけ上げてみましょうか」というような感じで。上げ方を見て、「やっぱりここに問題があるのか」というように,内部で起きている問題に対して仮説を立て、それが正しいかどうか行動を観察し続けながら論理的に探っていくという過程です。

 

心理学の研究者も,基本的には同じ思考のプロセスで人間の行動を理解をします。観察する視点や用いるツールはもちろん違いますが、アプローチの仕方は共通しています。この共通項をうまく伝えることで,少しでも多くのリハ職の方々に心理学の研究手法を活用してほしいなと思っています。

 

私たちが研究で発表している内容の多くは、リハ職の方々が経験的に感じていることを単に数値化しただけの内容なんですよ。私たちの研究が,日頃の臨床経験を客観的に表現できる手法を知るきっかけになればうれしいです。

 

― 先生の研究室には,どれくらいの割合で理学療法士、作業療法士はいますか?

 

樋口先生 大学院生を迎えるようになり10年ほど経過し、数十名程度をサポートしました。そのうち、6~7割がリハ職の方々ですね。

 

首都大学東京大学院の理学療法学域,作業療法学域には,著名な先生方が大勢います。その中で,わざわざ私のところを選んでくるリハ職の方々には,特徴があります。 “ 客観的に物を見る”とか,“近接他領域の人たちにリハビリテーションのすばらしさを伝える”ということに対して高い意識をもっているという特徴です。研究の強みは,情報の数値化,客観化です。研究を通して,少しでも彼らの想いに応えたいと思っています。

 

【目次】

第一回:PT・OTとの出会い

第二回:人間の行動理解という共通項

第三回:今,大切に思っていること

最終回:研究には限界があるという真実

 

樋口貴広先生のおすすめ書籍

 

佐藤可士和の超整理術 (日経ビジネス人文庫)
Posted with Amakuri at 2018.3.9
佐藤 可士和
日本経済新聞出版社

 

樋口貴広先生のプロフィール

1996年 東北大学文学部卒業

1998年 東北大学大学院文学研究科 博士前期課程(心理学)修了 

2001年 東北大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学)修了

2001年 東北大学文学研究科 講師(研究機関研究員)

2002年 横浜国立大学エコテクノロジー・システム・ラボラトリー  講師(中核的研究機関研究員)

2003年 日本学術振興会特別研究員(東京都立大学理学研究科)

2004年 Dept. Kinesiology, University of Waterloo客員博士研究員

2006年 首都大学東京 人間健康科学研究科 助教

2008年 首都大学東京 人間健康科学研究科 准教授

2015年 首都大学東京 人間健康科学研究科 教授 

 

 

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