第三回:今,大切に思っていること【首都大学東京 人間健康科学研究科 知覚運動制御研究室 教授|樋口 貴広先生】

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バイオメカニクスと知覚

― リハ職の半分くらいは工学的な所(バイオメカニクス)に興味があるのではないかという中で、感覚的な部分を研究することに異を唱える方々もいると思います。この点についてご意見をお聞かせいただけますでしょうか? 

 

樋口先生 実は私たちの研究室でも,主力となるのは三次元動作解析装置です。手法はバイオメカニクスと全く同じなんですよ。ただ、観たいところが違うんです。私たちが主として観たいのは、状況に応じた動きの知覚的調整です。

 

ほんのわずかな状況の違いで動きが変わることがありますよね。段差またぎといっても,ぶつかっても問題ない状況と,わずかでも触れたら転んだり,触れたものが壊れたり警報が鳴ったり…という状況では,またぎ方が変わります。私たちはこのような状況の変化を実験的に再現し,それが動きに及ぼす影響を三次元動作解析で記述しています。つまり,動きの力学的な理解というよりは,そうした動きに至るプロセスを探るために,三次元動作解析装置を使っています。

 

バイオメカニクス領域の中で,状況の違いといった心理的な影響を先進的に取り入れて運動の研究していた人物が,カナダのAftab Patla氏です。私はその考え方に大いに惹かれ,2004年から1年半,博士研究員としてPatla氏のもとで研究しました。その経験が,現在の発想のベースを作っています。Patla氏は,私が日本に帰国した翌年に脳腫瘍で急逝されました。Patla氏の想いを日本で継ぐ意味でも,現在の研究スタイルにこだわりたいと思っています。

 

ご指摘のように,心理学と聞くと,感覚や気持ちなど数値化や可視化が難しいものを扱う点で違和感をもつ方もいるかと思います。しかし,厳密に心理学の人間が数値的に捉えているのは,行動です。こちらで操作的に与えた情報を“入力”とし,それに対して得られた行動を“出力”として,その関係性を明らかにします。この関係性がわかれば,両者をつなぐ“見えないもの”を,高い確率で推察できます。このような原理で,感覚や気持ち,さらには運動の制御や学習のプロセスなど,可視化が難しいものを論理的に推察していきます。

 

運動イメージは,可視化できない認知活動の典型例です。もちろん,事前にイメージした内容と脳活動のパターンを関連付けておけば,脳活動からイメージした内容を推定することができますが,少なくとも現時点では事前の関連付けが必要です。最近は,運動イメージをテーマに学会発表されているリハ職の方が,最近はとても多いですよね。私たち心理学者が思っている以上に、心理学や認知科学の知識を臨床に落とし込んでいるリハ職の方々が多いと感じています。

 

― 学会でリハ職が過剰にイメージや認知のことを扱い過ぎているな、と感じることもありますか?

 

樋口先生 そのように感じてはいません。ただ,行動として得られた事実と,そこから推定される内容を,きちんと分けて考えるべきだなと感じる発表は,時折みかけます。

 

例えば,あるセラピーにより,歩行時のスピードやバランスが改善したとします。またそのセラピーが,身体図式にアクセスして,身体に関する主観と客観のずれを修正することを狙ったものだとします。この場合,得られた結果に基づいて,セラピーが身体図式へのアクセスを介して歩行を改善した可能性を,たしかに示唆はできます。しかしここで重要なのは,実験的に得られた事実は,あくまで歩行の改善だということです。身体図式へのアクセスは推定した内容です。この実験だけで事実とは言えません。

 

ごくまれに,こうした内容の発表の中で,セラピーによって身体図式が事実として書き換わったかのように説明されることがあります。心理学は,可視化が難しい問題を対象とするぶん,その取り扱いにはとても慎重です。数値的に得られた結果と,そこから推察する問題を厳密に分けて議論します。

 

心理学や認知科学の考えを積極的に導入してくださることには,とても感謝しています。しかし,「身体図式」や「運動の自由度」のような概念は,あくまでも概念として慎重に取り扱っているということについても,理解が深まればと思います。

 

思考の整理と表現をサポートする:パラグラフライティング

 

― そんな樋口先生が、今一番興味があることは何ですか?

 

樋口先生 この10年、大学院教育としてリハ職の方々を数十名サポートしてきました。そんな中でふと,「自分は大学院生たちに何ができているのだろう」と、立ち止まって考えたことがあったんです。臨床の現場に出る資格すらない私が,臨床のプロである大学院生に提供できることは何なのかと。

 

そこで改めて自覚した自分の仕事が,大学院生たちの思考の整理と表現をサポートするということです。私は大学院教育の中で,研究デザインの組み立てを手伝い,様々な文書を修正し,発表に対する助言をします。こうした仕事を総称して,「思考の整理と表現をサポートする仕事」と考えるようになりました。それが大学教員としての自分のミッションなんだと今は考えています。

 

大学院生には,論理的に考えて情報を整理し,さらに他者にわかるように伝えるためのスキルを研究を通して身につけてもらいたいと思っています。こうしたスキルは,社会生活を送る中で必ず役に立つスキルです。大学院を修了してからも使えるスキルとして,その習得をサポートしています。

 

― ただそれは習得が難しいスキルですね。

 

樋口先生 本当にそうだと思いますよ。例えば、「この人は話すのが上手だな」と思う人でも,いざ文章としてその話題を書いてもらったら,その想いをうまく伝えられない人は結構います。ブログやSNSですごく熱いメッセージを出される方が、いざ論文で同じ内容を文書化した時、論理的な文書として同じメッセージが出せるかというと,必ずしもそうとは言えないと,経験的に思います。

 

― ブログ的な文章と論文的な文章ではどう違いますか?

 

樋口先生 論文では,パラグラフライティングが重視されます。文章は、ある程度長くなると,段落というのができますよね。その段落の作り方に作法があるんです。作法に沿って作られた段落の積み重ねで、文章が出来上がっていきます。パラグラフというのは直訳すれば段落ですが,単に改行によって作られた複数の文のまとまりといった概念を超えたものです。それを表現するため,段落と訳さずにあえてパラグラフと表現することがあります。

 

大学院の修士課程で2年間真剣に勉強しても,自分で文書をコントロールして書けるようになる人は,ほんのわずかです。パラグラフライティングの勉強をすれば,ノウハウや概念は学べますが、それを使いこなすという意味では何百回も書くことでしか学べません。リハビリテーションの技術もおそらく一緒ですよね。講演を2~3時間聴いたら使いこなせるかといったら使いこなせないのと同じで、文書をコントロールするためのパラグラフライティングのスキルも,手直しされながら何度も書いて覚えていく必要があります。

 

同じようなことを書いても、ちゃんと作法に沿って書いている人と書いていない人とでは、伝わる内容が全然違います。他領域の人に、理学療法のすばらしさを伝えたいのであれば、その作法に沿って書いたほうが圧倒的に伝わります。

 

今,新しい書籍の執筆中です。その書籍はまさしく,パラグラフライティングの基礎から,それに基づいて文書や発表のプレゼンテーションファイルを作る実例を紹介するためのものです。これまで大学院教育で実践してきたことを,書籍という形で多くの人に届けられるとよいなと願いながら,執筆に励んでいます。

 

【目次】

第一回:PT・OTとの出会い

第二回:人間の行動理解という共通項

第三回:今,大切に思っていること

最終回:研究には限界があるという真実

 

樋口貴広先生のおすすめ書籍

 

佐藤可士和の超整理術 (日経ビジネス人文庫)
Posted with Amakuri at 2018.3.9
佐藤 可士和
日本経済新聞出版社

 

樋口貴広先生のプロフィール

1996年 東北大学文学部卒業

1998年 東北大学大学院文学研究科 博士前期課程(心理学)修了 

2001年 東北大学大学院文学研究科 博士後期課程(心理学)修了

2001年 東北大学文学研究科 講師(研究機関研究員)

2002年 横浜国立大学エコテクノロジー・システム・ラボラトリー  講師(中核的研究機関研究員)

2003年 日本学術振興会特別研究員(東京都立大学理学研究科)

2004年 Dept. Kinesiology, University of Waterloo客員博士研究員

2006年 首都大学東京 人間健康科学研究科 助教

2008年 首都大学東京 人間健康科学研究科 准教授

2015年 首都大学東京 人間健康科学研究科 教授 

 

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