第一回:理学療法50年史【広島大学 名誉教授|理学療法士 奈良 勲先生】

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矯正体育学から理学療法そしてリハビリテーションへ

—本日は日本の理学療法士50年の歴史を伺いに参りました。奈良先生の歴史を拝見しますと高校の教師をやった後、渡米して理学療法士の免許を取得されていますが、この理由はなぜでしょうか?

 

奈良先生:50年という歴史は、短いよな。人類の歴史でいうと点みたいなもので。理学療法士の歴史も長くてヨーロッパが250年くらいだったと思う。僕は最初、本郷高校というところに1年半務めて、その後渡米したんだよ。日本に理学療法士の養成校ができたのは、僕が本郷高校に務める1年前のこと。国立療養所東京附属病院リハビリテーション学院(通称、清瀬)が設立(1963)されたんだな。

 

 僕はもともと、棒高跳びの選手をしていて、東京オリンピックを目指していたんだけど、ケガが続いてね。大学の頃、教育実習で中学と高校に行ったんだ。そしたら、“肢体不自由児”のクラスがあってね。僕は田舎で育ったものだから、そういった人々をはじめて見たんだな。軽い不自由とはいえ、素人目に見て「もっと体育やスポーツができるんじゃないか」と思ったわけだ。

 

 この分野の勉強できないものかなと思って、探していたときに“矯正体育学”という分野があることを知った。そのため、清瀬にも何度か足を運んだことがあった。当時の教員は、アメリカ人やイギリス人ばかりでね。それらの先生の話を聞いているうちに、アメリカに興味をもっちゃったんだな。

 また、都内の小児施設、身障センタ―、当時の国鉄病院なども訪問して、実際の理学療法場面を見学したこともあった。

 

ー渡米といっても、向こうの受験やら渡航費など、当時は今では想像できないほど苦労があったと思うのですが。

 

奈良先生:実は、僕はクリスチャンでね。というのも、大学は鹿児島大学で下宿をしながら通っていたんだけど、近所にプロテスタント系キリスト教のアメリカ人宣教師が住んでいて、毎週一回、無料の英語による聖書教室を開いていたんだ。当時は、神の存在を模索していたこともあったから、4年間通ったけど、ここでの経験が英語能力の習得に役立つたね。

 

渡米すると決めてから、数校の大学に願書を提出して、入学許可を得たのがLoma Linda Universityだったんだよ。鹿児島大学で履修した共通教育単位をほとんど認めてくれて、不足していた「アメリカ歴史、アメリカ政治学」は夏休みの期間中に、昼間は病院の理学療法助手的なアルバイトしながら、夜間に2年間教育のコミュニティカレッジに通って履修した。

 

 お金も大変かかるからね。この時代は1ドル360円だったからね!学費と生活費は、僕が所属するキリスト教会の奨学金を受けて、渡航費は東京に事務所があるAWCA(American Women`s College Association)で英語の面接を受けて、支援を受けられることになったんだ。その団体から渡航費を支給されることは、面接の終了時に即決され、「あなたは船と航空機どちらで渡米する?」と聞かれたので、ゆっくりその旅を楽しむ意味で船にしたんだ。

 

ただ、実際に横浜港から船を見るとびっくりだよ。貨物船だったからね(笑)2週間かけてシアトルに到着したよ。ちょうど日本理学療法士協会(以下、本会)が設立した1965年だったなー。渡米前には渡航費を支給された学生がアメリカ大使館に招待されてパーティーに出席した。当時はハーバード大学の教授から大使になられたライシャワーさんも同席されていた。

 

ヒゲは剃りません。

ーそれから5年間くらいで帰国されていますが、当時海外の資格をそのまま日本のライセンスとして認めてもらったという感じですか?

 

奈良先生:そうだな。保健所を通じて、日本の教育と同等、あるいはそれ以上の教育を受けていると認められると申請するだけで免許を取得できた。だから僕の免許番号は“外1号”なんだよ。外国の資格という意味なのだけど、今でも海外から理学療法士の免許をとって、申請するとそうなるんじゃないかな。

 

きっと、当時日本の理学療法士の国家試験を受けても通らなかっただろうな(笑)全部、英語で勉強してきたからな。日本語の専門用語は知らなかったからね。しかし、日本の国家試験委員になって試験問題を作成するときには苦労したな。ちなみに、僕の自動車免許はカリフォルニア州のもので、これも日本の免許に切り替えられた。だけど、左車線を走ることと交通信号は分かっていたけど、駐車禁止や一方通行などのサインは知らなった。

 

ーそれでそのまま、カリフォルニア州の理学療法士免許を取得されて、Los Angeles整形外科病院に入職されたということですね。

 

奈良先生:そうそう。でもな、僕はその頃からヒゲを伸ばしはじめたんだよ。そしたら病院から「ここではヒゲを伸ばしてはいけません」と、いわれてね。当時は、ヒッピー時代で流行っていたんだよ。だから僕は1日24時間の内、私的な時間が長いので「ヒゲを剃りません」といって、すぐに退職したの。

 

 その後すぐに、理学療法士が開業者として運営していたPacific Home Health Care Agencyというところで働きはじめたんだ。今でもそうだけど、アメリカは日本の国民皆保険制度がなく、お金がない人は満足に医療、介護を受けられないんだよ。僕が自宅を訪問して診ていた対象者は、連邦国や州の資金で、100回以内であれば在宅ケア、訪問理学療法、リハビリテーションを行えるメディケアという制度で運営していたんだ。当時、こよなく愛していた3代目の中古車MGTD(1953年イギリス製)で1日5〜6人を訪問して、理学療法をやっていたんだよ。

 

まさかMGTD(1953年イギリス製)で訪問理学療法とは…。

 

 当時給料は1000ドル。1ドル360円の時代だったからお金は蓄えた(笑)。日本に帰国したのが1971年でお金が余っていたから3か月間で世界を一周してきたんだ。

 

 しかし、帰国してみると日本ではまだ先に述べた制度はなく、僕が勤務していた東京の病院のリハビリテーション部門では、週末を含む勤務外に退院前の自宅のバリアの調査と改築助言やADL指導などを無料でサービスしていたね。また、この頃、いわゆる地域リハビリテーションに関心を寄せる医師、理学療法士、作業療法士、看護師などで年に1回各地で勉強会を開いていた。

 

これが後の私的な「全国地域リハビリテーション研究会」に発展した。そして、日本が高齢社会を迎えた時代でもあり、当時の厚生省も地域リハビリテーションや訪問リハビリテーションなどの重要性を認識して、保険制度の改正や2000年に開始された介護保険制度に発展してきたと思う。

 

ー続く。

【目次】

第一回:理学療法50年史

第二回:アポロ11号が月面着陸したそのとき、日本へ着陸

第三回:“未発達”への挑戦

第四回:“小象”の理学療法

第五回:患者さんは教師である

最終回:僕は理学療法を愛しています

番外編:科学とアートの融合

 

奈良先生のオススメ書籍

奈良勲回顧録―わが半生,日本の理学療法と共に歩んで

奈良勲先生のプロフィール

(1942年3月17日 鹿児島県生まれ:76歳)

学歴:

1964年 鹿児島大学教育学部卒業

1969年 Loma Linda 大学(米国)理学療法学部卒業

1983年  金沢大学医学部にて博士号取得(医学博士乙763号)

免許:

1964年 高校教員免許

1970年 カリフォルニア州理学療法士免許(PT5396)

1974年 理学療法士免許(登録番号外1号)

職歴: 

1964年 本郷高校教員

1969年 Los Angeles整形外科病院理学療法士

1970年 Pacific Home Health Care Agency理学療法士

1971年 三愛会伊藤病院理学療法科主任

1976年 甲風会有馬温泉病院理学療法科科長

1979年 金沢大学医療技術短期大学部教授

1993年 広島大学医学部保健学科教授

2004年 広島大学大学院保健学研究科教授

2005年 神戸学院大学総合リハビリテーション教授・学部長

 2012年 金城大学学長

 2014年 金城大学特任教授

 2015年 金城大学大学院リハビリテーション学研究科長

2017年 金城大学特任教授

役員歴:

日本理学療法士協会(1973-1988 理事、1989-2003 会長) 

第19回日本理学療法士学会長(1984 金沢)

世界理学療法連盟(WCPT)理事(1995-2003)

日本リハビリテーション医学会評議員1996-2006)

第34回日本理学療法士学会長(1999、横浜)

第13回世界理学療法連盟国際学会長(1999、横浜)

協会・学会員: 

日本理学療法士協会

世界理学療法連盟

理学療法科学学会

全国大学理学療法学教育学会

神戸学院大総合リハビリテーション学会

日本動物理学療法研究会

その他:

理学療法士・作業療法士国家試験委員(1971-1987)

文部科学省大学設置専門委員会委員(1993-1998)

公衆衛生審議委員会委員(1997-1998)

Physiotherapy海外顧問(2002-現在に至る)

広島大学名誉教授(2004)

日本理学療法士協会相談役(2004-現在に至る)

科学研究費委員会専門委員(リハ科学・福祉工学A)(2005)

受賞歴:

厚生大臣賞(1996)

Loma Linda大学同窓会賞(2000)

世界理学療法連盟(WCPT)国際賞(2008)

叙勲:旭日小綬章 (第12810579号、2016)

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