全国の彼方此方で療法士向けセミナーが開催されている現在、若手療法士は休日を献上し、1万円近くの受講料を支払い、知識・技術研鑽を行うのが珍しくなくなった。
他職種の友人から「休日に自分のお金を使って自己研鑽なんて信じられない」「勉強熱心の人が多い業界だよね」「彼氏が勉強会に夢中で相手してくれない」等の話をされたことが誰しも一度はあるのではないか。
ところが、近年はそのセミナーブームも下火で、「集客の入りが悪くなった」と、ため息を漏らすセミナー事業関係者も多い。その要因は複雑でとても一つに絞ることはできないが、ITを利用すれば「比較的簡単に情報にアクセスできる」ことも一つの要因かもしれない。事実、同じような現象は出版業界に暗い影を落としている。
大阪府立大学の准教授、竹林崇(たけばやし・たかし)さんは、毎週Instagramのライブ配信機能を利用して、専門分野の講義や業界の話題を取り上げ参加者への情報提供や議論を、約1時間オンライン上で行なっている。
受講者側はそれらのコンテンツを無料(※講義資料はnoteで1回につき500円で販売している)で受講することができ、業界の療法士だけではなく、将来その分野での進学や就労を考える高校生やリハビリテーションを実際に受けた、もしくは受けている当事者の方からも視聴されている。
講師料を受け取ることをせず、なぜ毎週1時間の時間を費やしてまで、知識を頒布し、コミュニケーションの場を創造するのか。また、この試みの中から感じる、これからの時代に求められる仕事観や能力について、竹林さんに直撃した。
twitter:@takshi_77
Instagram:@takebayashitakashi
note:takshi_77
僕が無料で”SNS講演”を行うワケ
ー まずはじめに、なぜSNSで講演をしようと思ったのですか?
竹林さん 僕も講師として呼んでもらっている立場ですので、こう言うのも憚られるのですが…。お仕事をさせていただいている当初から、僕が講師として行うセミナーに本当にこれだけの金銭的価値があるのかな?という疑問は常々持っていました。
現在では僕の話を5時間聞くために約1万円程度を要することが多いです。さらには、セミナーが行われる場所への交通費や宿泊費などもかかってしまう。また、これは時間も一緒です。参加者が遠方にいらっしゃれば、5時間の講義を受けるために、往復で5時間以上費やすかたもいらっしゃるわけです。
これは、療法士の一般的な給料を考えても安くない投資ですし、そもそも業務ではなくプライベートな休みの時間を使って参加することを考えると、必要になる時間も膨大になります。これらお金や時間については、非効率的なことは明らかですので、もう少し効率的な学びの提供手段はないものか、と模索をしていました。
そんな折に、今やっているようなSNSで講義をして、その資料をnoteで売るというスタイルを、僕の元同僚の吉備国際大学の教授である京極真さんや、講師である寺岡睦さんが、始めようと準備しておられたので、「これは効率的かつ勉強のとっかかりには良い方法だ」と感じ、一緒に始めさせてもらいました。
・京極真
twitter:@MaKver2 / Youtube:KyougokuLab / note:kyougoku
・寺岡睦
twitter:@teraokamutsumi / Youtube:むっちゅーぶ /note:mutsu13t
実際、僕は作業療法士になって15年が経ちましたが、早い段階から学会発表や論文執筆をし、アウトプットを盛んにやってきました。少なくとも脳卒中後の上肢麻痺の領域において、学会などアカデミックな場において、その領域の発表の質の底上げには貢献できたと思っています。事実、一般の発表の質も明らかに良くなり、時代が変わってきたなとは感じています。
ただ、学会に参加し、発表する層は「自分から論文を読み、学会で発表する」といういわゆる「意識が高い、社会貢献や自身の将来への投資を惜しみなく行う人達」であり、療法士全体から考えればその母数は小さかったということなんですよね。今思い返してみると。そう、論文執筆、学会活動やセミナーなどを情報源は、彼らが交わる、街の交通量の少ない小さな交差点みたいなものだったんです。
その中で、自分が関わりを持ってきたコミュニティが、実は、界隈の中でマイノリティであるという事に気づけたのが、SNSの中の世界だったんですよね。多くの発信をして、業界は変わってきていると僕自身は思い込んでいました。しかも、先行して行なっていたFacebookではあまり気づけなかったその事実に、特にtwitterを通して気づくことができました。
Facebookは比較的年齢層の高いある程度の地位についているユーザーの「リア充投稿」というものが多いと言われています。実名での発信ですし、変に尖った不満もぶちまけれない。そんな綺麗なSNSの中では気づかなかった現実です。でも、匿名投稿が主のtwitterにおける投稿の中には、医療従事者に対する対象者の方の不満や落とし込みどころのない怒りがそこらかしこにあったわけです。伺う話では自分の耳を疑うほど、酷い話もありました。
また、それと同時に感じたことが、匿名のSNSで大小の発信をする療法士の多さです。実名では言えないことでも、例えば、学術的な最新の英語論文のレビューから、ある療法士の作った小規模団体を広報するような内容、日頃の臨床で気づいた事、職場への不満、等、そこには僕がFacebookやリアルのオフラインの中で接することができない様々な階層の療法士の発信がありました。
そこで、「このtwitterというSNSを主戦場とする療法士に、学会や論文で提供するような正確な情報を提供できれば、今まで届かなかった場所に、情報を届けることができるのではないだろうか?」と感じ、この混沌とした世界に身を投げることにしました。いわゆる、今までに僕の情報が届かなかった、一般的なマジョリティにアクセスできる可能性を感じたわけです。そういう、意識を持って、各種SNSによる発信を継続しています。
成功体験に伴う、ポジティブなサークル
ー 勉強に対するモチベーションが高くない層でも、無料でスマホで受けられることで、学習するハードルが下がるということで、とても画期的だと思います。
竹林さん SNSや動画媒体そのものが、今後増えてくるデジタルネイチャー世代にもっとも身近な情報の入り口なのだと思います。ですから、彼らにとっては先人の僕らもその世代、世代に合わせた情報の頒布のフレームを作っていくことが重要だと感じます。やはり、昔の方法で今の人に学んでもらうよりはそれだけでハードルが大幅に下がる印象があります。
僕は、インスタライブの視聴者さんについて、日頃から論文を読む習慣がある人よりも、僕が紹介した論文だけ読んでいる人や、日本語の論文だけは読むという人の方が多い印象を持っています。ただ、そういった層の人達が、勉強することに興味を持って、その情報を使って、対象者の方に結果を出す、と言った成功体験に触れることが醍醐味だなと思っています。
そして、今度は海外の最新の論文に目を向け、読む習慣が付き、さらにその情報を使って対象者の方に結果を出す。そう言った成功体験に伴う、ポジティブなサークルができてくるとSNSの講義に参加していただく上で、素晴らしいなと感じます。僕の願いとしては、僕を扉として、学習の一つのきっかけにして、オリジナリティを膨らませながら、いろんな問題を解決していってくださればと思っています。
玉石混交のSNS世界で通用するためには
ー Instagramのライブを始めての変化はどういったところに感じていますか?
竹林さん 実は、劇的に変わったのは、セミナー、特に学会などのアカデミックな場へのリアルな参加が増えたことです。そう、オンラインを窓口にして、リアルなオフラインの場にも、興味を持って、話を聴きに来ようとしてくれる方の人数が増えました。
やはり、よくも悪くもオンラインのSNSで提示できる情報は文字数の加減もあったりするので、不正確になりがちなんですよね。ですから、そこでだけ終わらずに、オフラインの場にも参加し、より正確な情報を掴みにいく行動を起こせる人が増えてくれると嬉しいなと感じています。
今まで僕が発信していた情報というのは、査読付きの論文など科学的な分野に投稿することで、信頼性が担保されてきていましたが、論文を読まない層には届きませんし、学術的な裾野もなかなか広がりませんでした。ただ、SNSによって、その層が爆発的に増えましたが、僕ら発信側もSNSがもたらす発信力の大きさには、自戒を持って臨まないといけないと思っています。
SNSは一見華々しく、多くの人の目に触れ発信性が高いです。ただし、そこで通用するためには「絶対的な信用」が必要なんです。SNSで発信する人間の気軽な話を信用して良いのか、悪いのか。玉石混交のSNSの情報ですから、その中で信頼性の確保は絶対です。
ですから、僕はSNSによってもたらされた多くの変化の中でも、絶対に研究や論文執筆といったオリジナルとなる軸はおろそかにしてはいけないと思っています。研究は「証拠を作る行為」ですし、論文は自身の証拠の確からしさを第3者による「査読」によって世の中に初めて発信することができる媒体です。いわゆる『信頼性=正確な情報』である可能性が高いものなんですね。
ですから、これを継続していくことは絶対ですし、これを止めてしまった僕の発信は正確性を著しく欠くものとなるので、そうなってしまった僕の話になんの価値もないという話になります。これは、SNSで情報を探す際にも一つの基準になりますよね。オリジナルの情報を持っていること。
オリジナルの情報を既に持っていることは、感情や思い込みなどのバイアスに塗れていない、比較的正確な情報の作り方を知っているということなので、「誤報を省く、そして、発信しない」確率の高さを保証してくれるのかもしれませんし、玉石混交の中で自身の信用に値する情報を見つけるためにも良い指標の一つなのかもしれませんね。
【目次】
第五回:ハシゴはいつか必ず外される