未知との遭遇
ー 先生が研究に興味を持ったのはどういった経緯だったのでしょうか?
堀田 最初興味を持ったのは学部生の頃で、実習に行ったのがきっかけでした。
それまでは、国家試験を合格して働いているPTはどんなことでも知っていて、知らないことがあっても、調べれば回答が出せるものだと思っていました。
けれども実際の臨床現場は、スーパーバイザーに聞いても分からない、文献にも載っていない、未知のことばかりでした。
はじめは、自分の調べ方が悪いんだとも疑いましたが、いくら検索しても分からないことを他にも経験していくうちに、まだこの世の誰もが知らないことが問題だっていうことに気付いて、研究に興味を持ちました。
ー アメリカに行こうと思ったのは、どういう理由だったのですか?
堀田 というよりは、動物実験がしたいと思って渡米しました。
大学卒業後、北里大学病院の心臓リハビリテーション室に勤めていたので、心筋梗塞後のリハビリテーションに携わることが多く、大学院では血流依存性の血管拡張反応解析という検査法で研究を続けていました。
その研究で、ストレッチは一時的に血管拡張性を改善させるということが分かったのですが、問題はどこの血管が良くなったのか、そしてなぜ良くなっているが分かりませんでした。
ストレッチがいいということは分かっても、そのメカニズムが分からないようじゃ運動処方の専門家としては失格だと思ったんです。
心筋梗塞は冠動脈の動脈硬化が進んで、詰まってしまう病態のことを指します。もしかすると、ストレッチの物理的な刺激が硬くなっている血管にもいい影響を及ぼしているかもしれない。
ただ、そういう細かい分子機序を解明しようと思ったら、血管を体内から取り出して確かめる必要があります。それは、侵襲度の高い実験になるので倫理的な面、リスクの面で難しかったんです。
それで、動物の細胞を使って、患者さんのモデルに一番近いものをできるだけ作って、検証すればいいんじゃないかと思って、文献を読み漁っていく中でアメリカのフロリダ州に、その領域の権威Judy Muller-Delpがいることが分かったんです。
なぜを答えられないのはいかがなものか
ー それで、どうやってコンタクトを取っていったんですか?
堀田 論文には必ずコレスポンディング・オーサー(責任者)が書いてあって、問い合わせ先のメールアドレスや住所とか全部書いてあります。なので、コンタクトを取ろうと思えば誰でも取れるんですよ。
Judyの研究室は、筋肉の中の微小血管にフォーカスを当てた研究をずっとやっていたので、そこで技術を学べば、ストレッチが筋の中の血管にどういう影響を与えているのか調べることができる、顕微鏡で実際の血管を見ることができると思いました。
「患者さんを対象にした実験でこういう結果が得られて、もっと細かいことを知りたいから、動物モデルで実験させてもらえないか」といった感じでメールを送ったところ、翌日には「イエス」という返事をいただきました。
その時は、VISAなしでも滞在できる最大日数の90日間行って、その日数でできる実験をやって、帰ってきました。
ー なるほど。その時の研究内容は、どういった内容だったんですか。
堀田 血管機能障害を起こした高齢ラットをモデルにして、ストレッチをしたあとに筋を摘出し解析しました。
90日でやれることなんて限られています。ただ、アメリカで行った研究結果が自分の博士論文にも追加できるので、満足していたのですが、それから博士課程を終えて一年ほど経った時に、突然Judyからメールが来ました。
その90日間で行なった研究データを米国のアメリカ国立衛生研究所(NIH)に出したら、けっこうな額の研究費が出ることが決まったということでした。日本でいう科研費に近いものです。そして、その研究費を使って僕を雇用したいということだったんです。
好条件のオファーでしたが、すごく悩みましたよ。
その条件は、給料が貰えて、研究にも多く時間を割けますが、その当時は東北大学病院リハビリテーション部の心臓リハビリテーションチームでこれから内部障害を盛り上げていこうという時期でしたので即決はできず、色んな先生に相談しました。
反対もされましたが、背中を押してくれる方も多く、自分が研究者として生きていくのであれば、もう少しトレーニングが必要だと思って、最終的には行く決断をしました。
ポスドク(博士研究員)というかたちで、家族(妻、息子)を日本に残して2年間行きました。
ー どんな研究をされていたのですか?
堀田 高齢なラットの骨格筋を一か月間ストレッチして、その後に筋の微小血管の機能、形態を調べていました(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=29623692)。さらに、その結果を元に、米国の循環器クリニックと共同研究を立ち上げ、脚の動脈の狭窄・閉塞を有する末梢動脈疾患患者様を対象としたストレッチの臨床研究を進めていました(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=31171470)。
加えて、運動トレーニングが高齢ラットの心臓の拡張機能にどのような影響を与えるのかについて、研究をやっていました(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=28295341)。心臓は収縮して血液に血液を送り出しますが、最近は拡張することがとても大事だと言われています。しっかり拡張して、血液を溜め込め込めないと収縮した時に血液が拍出できません。
年齢を重ねるごとに、拡張機能は衰えるのですが、それはなぜ悪くなるのか、そして、例えば運動するとその拡張度合いは改善するのかっていうことにフォーカスを当てて研究をしていました。
この時の研究はアメリカのMicrocirculatory Societyから「Pappenheimer Postdoctoral Travel Award」という賞もいただくことができました。
CQの見つけ方
ー 大学院に通っているPTから「研究テーマを決めるというのに苦労する」という声を聞くことがあるのですが、先生はクリニカルクエスチョンをどうやって見つけていったんですか?
堀田 僕の場合は、大学院生の頃に卒研の面倒を見ていた学部生が、ストレッチのことを調べたいと言ったので文献を漁り始めたのがきっかけでした。
全身の血液循環は心臓がポンプして血液を送っていますから、その収縮・拡張に合わせて、末梢血管は常に繰り返しストレッチされていることになります。血管や筋はもともと物理的な刺激に常日頃からさらされている臓器で、逆に言えば、脳や消化器にはそういう特性がありません。
ともすれば筋と同様に、その物理的な刺激を感知するシステムがあるんじゃないかと思い、調べてみると、やっぱりそういう機構が存在するんですね。血管の内皮細胞を取り出して、ストレッチ刺激を加えると、細胞の中にカルシウムイオンが外から流入し、元に戻すとカルシウムイオンも元の濃度に戻ります。
つまり内皮細胞は、なんらかの形で物理的な刺激に感知して応答するという特性があるっていうことに文献を読んでいて気がつきました。物理刺激が細胞の応答を変えているという現象を知って、理学療法士も物理を扱う専門職ですから、このテーマに一生賭けてもいいと思ったんですよね。
例えば、ストレッチに限らず、ベッドから離床することだって、重力の影響を受けて血管にも負荷がかかることになります。いわゆる熱や電気刺激などを扱う“物理療法”という狭義の意味でなく、理学療法士が行うあらゆる行為において、血管を構成する細胞に物理的な刺激が加わることになります。
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