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社会から孤立する失語症者―コミュニケーションのバリアフリーを目指す言語聴覚士【宇野園子】

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脳損傷により、判断力や記憶に問題がなくても、聴く・話す・読む・書くの言語機能の全てが障害される失語症。失語症者は、身近な人にも理解され難いその症状により、社会との接点を絶たれ、孤独を感じているという。そのような失語症者を支援する専門職の1つが、言語聴覚士(ST)だ。しかし、医療で提供されるリハビリを受けても完治は難しく、退院後は周囲から孤立することが多い。外出先のコミュニケーションにも不自由するため、付き添う家族の負担も大きい。そこで、地域で失語症者のコミュニケーションを支える支援者の役割に期待が集まっている。

本日は、そのような意思疎通支援者である「失語症会話パートナー」の養成を20年以上続けてこられているSTの宇野さんに、会話パートナーの起源や役割について教えて頂く。

 

ー先生のこれまでのキャリアを教えて下さい。

宇野:大学を卒業後、STとして静岡県の伊豆韮山温泉病院に就職しました。当時、STは国家資格ではなかったので、最初に親にSTになりたいと言った時は「なんだ、そのわけのわからない仕事は」と言われましたね。それでも、臨床経験を積み、学びを深めるうちに、この仕事が楽しくなってきました。

 

東京に戻ってからは、大学院で学び直したり、複数の医療・福祉機関で働いていました。全国失語症友の会連合会(現日本失語症協議会)の訪問事業にも携わりました。その中で、病院を退院した失語症の方々が地域に戻っても「外来以外に行き場がない」、「仲間がいない」ことを痛感し、地域に失語症友の会を作るお手伝いも始めました。また、2000年からSTの仲間たちと、「失語症会話パートナー」の養成を始め、2005年に法人化し、2017年から代表を務めています。

 

ーなぜ、失語症会話パートナーの養成を始めることになったんですか?

宇野:1990年代ごろから、地域の福祉センター等でもリハビリテーションが始まりつつありましたが、担当職員には「言葉の障害なら、みんなでワイワイやればそのうち良くなる」といった風潮がありました。でも、実際の失語症の方のご様子を拝見すると、ワイワイとはいかないですよね。指示もわからない、会話も質問も自由にできないので、一人「お客様」のような感じでニコニコしているだけなんです。

 

障害者のためのプログラムに参加しても面白くないから、参加しなくなったり、外に出ることを嫌がられたりするようになります。当時、地域で働くSTで勉強会をしていたのですが、その「地域ST連絡会」の中でも、失語症の方を社会から孤立させない支援方法、いわば手話通訳みたいなものがあればいいね、という話が挙がっていました。

 

そんな時に、カナダのケーガンというSTの「失語症者のためのサポート付き会話(Supported Conversation for Adults with Aphasia)」という論文に出会いました。ケーガンの施設では、訓練を受けた会話パートナーと呼ばれるボランティアが失語症者と一緒に活動しているというので、連絡会の一部のSTが実際にカナダまで見学に行って、日本でもそのような人を養成しようという流れになりました。

 

失語症会話パートナーとは

写真:失語症コミュニケーション支援講座 会話実習の様子

ー会話パートナーとはどのような役割を指すんですか?

宇野:失語症についての正しい知識と適切な会話技術を駆使して、失語症の人の不自由なコミュニケーションを補いながら会話ができる人を言います。失語症者の悩みや生活の不便さに寄り添い、失語症者と社会との橋渡しをします。

 

ー失語症の訓練と、会話パートナーで求められることの違いは何ですか?

宇野:会話パートナーは「よき隣人」と言えるでしょうか。支援を必要とする失語症者の言葉が不自由でも、それをどうこうするのではなく、会話を通して必要な情報を伝え、その方の思いを周囲に伝え、その方がその方らしく社会につながるように支援するという立場ですね。STの仕事の中心はやはり訓練です。症状や状況をきちんと評価し、訓練計画を立て、どうすればその方の症状や生活がもっとよくなるかを考えて、実践するのが職務ではないでしょうか。

 

ー会話パートナーはどんな場面で活動するんですか?

宇野:今は、一番多いのが失語症友の会のお手伝いですね。失語症の方が集まる場で会話の支援をする役割が多いかと思います。失語症の方々は、皆さんすごく喋りたいんですよ。うまく引き出してあげるとたくさん話されるし、失語症者同士でお話が盛り上がります。

 

会話パートナーを自治体独自で養成している地域では、当事者もボランティアも地域の方同士で、会話の他に、料理や歌なんかを一緒に楽しむという活動をするところもあるみたいです。また、いろいろな人に失語症を知ってもらいたいと言って、失語症の方がカフェをやって、そのお手伝いをしている会話パートナーさんもいますよ。そのような場で、失語症の方たちが、自分の不自由さを知ってもらいたい、助けてもらいたい、と外に向かって言えるのは良いことだと思います。

 

ー地域に理解者や仲間が増えるって素敵ですね。

宇野:失語症の方に、病気をして言葉も体も不自由になって、こんな大変な思いどうやって乗り越えてきましたか?と聞くと、「仲間がいたから。」と異口同音におっしゃいます。「病院でのリハビリが終わりました、あとは自宅で生活してください。」というのだけでは、元のような生活には戻っていかれないでしょう。リハビリの意味がありませんね。言葉や体が不自由だと、引きこもってしまうのも理解できます。そんな失語症者を地域で支える会話パートナーの存在は大きいといえます。

 

ー他にどんな場所で会話パートナーのニーズがあるんですか?

宇野:当事者同士の会議などで、発言をサポートしたり、会議の流れをホワイトボードに書き出してみんながわかるようにする役割を果たすこともあります。さらに、講演会等では、お話の内容を要約してプロジェクターを使って映し出す「ポイント筆記」の需要もありますよ。

 

行政も動き出す。意思疎通支援者の養成

ー失語症者向け意思疎通支援者とは何ですか?

宇野:聾の方に手話通訳があるように、失語症者が外出して、買い物や銀行などで日常の用をたすときに会話の手助けをする人ですね。もちろん失語症者と会話ができることがその前提です。意思疎通支援者は、都道府県ごとに養成され、意思疎通支援の業務には、市区町村から報酬が支払われる仕組みです。全国で約8割の都道府県で養成が始まっていますが、業務に対する報酬に予算をつけている市町村はものすごく少なくて、支援者として養成されたのにまだ活動できていないという方が多いのが現状です。

 

ー失語症会話パートナーとどんな違いがあるんですか?

宇野:私たちが養成する失語症会話パートナーの活動と内容はほとんど同じだと思います。20年前からやってきた活動が、まさか行政でも始まると思っていなかったので、制度化された時は驚きました。ただ、国は、外出に同行して会話の橋渡しをすることを業務の中心に考えているのに対して、会話パートナーは失語症者と会話ができることを主目的にしているという違いがあるかもしれません。そして、意思疎通支援者は「制度」として支援が保証されるというのが、大きな違いですね。

 

意思疎通支援者としては活動できないが会話技術は学びたいという方がいるので、NPO法人和音では、会話パートナーの養成を続けています。その他に、意思疎通支援者を養成する導入として市民講座をやりたいとか、ST向けの研修をやりたいという都道府県士会や自治体からの依頼で、会話支援の意義や実際をお話したりしています。今後、失語症への理解や会話支援の輪がますます広がっていくことを期待しています。

 

ST学生、現役STに向けて

ーSTの養成校では会話技術に特化した授業はありませんでしたが、会話技術はSTにとって必要不可欠ですよね。

宇野:私は、STの学生は実習に出る前に、もっと会話技術を学べたらいいのに、と思いますね。失語症以外の他の分野でも必要ですし、共通する部分がありますよね。例えば、「ゆっくり話してください」とか、「文字を書いてください」というのは、失語症はもちろん、難聴の高齢者に当てはまる話し方ですよね。「当事者の話を先取りしないでゆっくり最後まで聞いてあげてください」というのは構音障害の方とか吃音の方と話す時に、当事者の方が求めていることなんですよね。

 

ーこういった生活にすぐに生かせる技術こそ、患者様やご家族に伝える必要があるように感じます。

宇野:家族は一番身近な支援者で、会話技術を学びたいという方もいますが、また当事者でもあるので、会話技術を負担に感じられる方もいます。なので、もっと広い範囲で失語症者と関わる人たちにお伝えしていきたいと講座を続けてきました。

 

一般の方に会話技術を伝える上で和音が大切にしていることは、専門語を使わないことと、実際にやってみることの2点です。知っていただきたいのは、用語ではなくて、具体的な症状と、それに対する会話技術です。専門用語を知っていたら何でもわかったつもりになって、全然わかっていないことって少なくないんです。そして、いろいろな会話技術をロールプレイでやってみて、当事者の方にもご協力いただいて、練習します。会話技術は、とにかくたくさん会話経験を積まないと身につかないと思います。

 

ー最後に、若手STにむけ、キャリアについてメッセージがあればお願いします。

宇野:一時ベストセラーになったノートルダム清心女子大の学長をされていた故 渡辺和子先生の「置かれた場所で咲きなさい」という本がありますけれど、この言葉のように、病院とか仕事を選べなかったとしてもそこで自分の活躍の場を見つけられるといいなと思います。私も、色々な職場を経験したことで、今の職に役立つ知識を得られたと思うんですよ。

 

今の若い方はたくさん職場を選べて恵まれていると思いますが、かえって迷うことがあるのではないでしょうか。どこでも行ったところで楽しみを見つけられれば成長できるのではと思います。あとは、たくさんの方と繋がっておくといいと思います。学校の友達、同じ職場、同じ分野だけではなく、研修や学会などに出ていって色々なSTや他職種と知り合うことを大切にするといいですね。色々な角度で物事をみることができるようになりますしね。

 

インタビュアー:三輪桃子(言語聴覚士)

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