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ランニング時のストレス反応の脳内調節機構を解明~主役は視床下部の二つのホルモン~

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「ストレス」と聞くと悪いイメージを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、一定程度のストレスまでは生体が適応でき、たくましい身心を育むなど有益な面もあります。医学生理学的には、生体において副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌量を増やす刺激がストレスと定義されます。息が上がる程度のランニングなど中強度の身体運動も、健康の維持・増進効果を持つストレスです。

 一般に、ストレス反応の制御は脳の視床下部という領域が担いますが、ストレスの条件によりこの調節機構は異なります。運動時にも視床下部がストレス反応を制御するのか、さらには、どのような因子がストレス反応を調節するのかは分かっていませんでした。 

 これらのメカニズムの解明には、関与が想定される因子の働きだけを阻害して、その結果がどうなるかを調べる薬理的介入が有益です。本研究ではこの方法を用いて、視床下部から放出されることが知られている二つのホルモン、アルギニン・バソプレッシン (AVP) と副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン (CRH) がランニング時のACTH分泌調節に関与するかどうかを検証しました。

 ラットがランニングをする前に、AVP または CRH の受容体作用を特異的に阻害する薬を投与すると、ランニングで生じるACTHの分泌量上昇が、投与しない場合に比べて減少しました。AVP とCRHの作用をどちらも阻害すると、ACTH の分泌量上昇はより強く抑制されました。また、ランニング時にはAVP とCRHを産生する視床下部の神経細胞が活性化することも確認されました。

 これらの結果から、ランニング時に生じるACTH応答は視床下部が制御しており、その因子はAVP とCRHであることが初めて証明されました。

 中強度の運動は健康に有益なストレスとなりますが、過度になるとオーバートレーニング症候群を引き起こすなど悪いストレスにもなり得ます。運動時のストレス反応を調節する機構の解明は、運動がこのような対極的効果をもたらす機序を明らかにし、適切な運動処方の提案などに発展することが期待されます。

 

研究代表者

筑波大学体育系/ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)

征矢  英昭  教授 

 

研究の背景

 中強度の運動 (ややきつい運動)は、生活習慣病の予防や改善などの健康増進効果が認められており、運動療法も行われています。しかし、中強度の運動がもたらす生理 ・生化学的な反応の詳細は、実は十分には分かっていません。その一つが、エネルギー供給等に貢献するストレス反応の調節機構です。

 生体が、その恒常性を乱す、あるいは乱す恐れのある刺激 (ストレス)に暴露されると、さまざまな脳領域のネットワークを通じて、信号が視床下部に集約されます。視床下部は、ストレスの条件により数種類の因子を使い分けて下垂体に信号を送ります。この時、ストレスの条件によらず、下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン (ACTH)の分泌は共通して生じるため、ACTH の血中濃度の上昇 (ACTH 応答)が定型的なストレス反応の指標とされています。運動の場合は、ACTH 応答が生じる乳酸性作業閾値 (LT)注1)以上の強度がストレスとなります。これまでの研究で、運動時の ACTH 応答は視床下部で産生されるアルギニン・バソプレッシン (AVP)1) や副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン (CRH) 2)により調節される可能性が示唆されてきましたが、視床下部の関与を示す決定的証拠は得られていませんでした。

 そこで本研究では、AVP と CRH の ACTH 分泌促進作用を仲介する受容体を特異的・薬理的に阻害することで、ランニング時の ACTH 応答が視床下部で産生される AVP や CRH により調節されるかどうかを検証しました。

 

研究内容と成果

 本研究は、ヒトの運動時の生理応答を模倣した、動物 (ラット)のランニングストレスモデルで検証しました。通常、中強度のランニングを 30 分間行うと ACTH 応答が生じます。もしランニングによる ACTH応答に AVP や CRH が関与しているのであれば、これらの作用を阻害すると、この応答が弱まったり消失したりするはずです。

 そこで実験では、ACTH 分泌促進作用を仲介する AVP と CRH それぞれの受容体に特異的な拮抗薬を、ランニング前のラットに投与しました。その結果、どちらの受容体を阻害した際にも、ランニングで生じるACTH応答は減弱し、さらに、二つの受容体拮抗薬を併用投与すると、その後のランニングによるACTH応答は強力に抑制されました(図1)。また、ACTH 応答を伴うランニング時には、視床下部の AVP やCRH の神経細胞が活性化することが確認されました(図2)。

 これらの結果から、中強度のランニング時の ACTH 応答は視床下部が制御しており、AVP と CRH の二因子によって調節されることが初めて明らかになりました。AVP と CRH は協調して作用することでお互いの ACTH 分泌促進能力を強めること3)や、AVP と CRH はそれぞれ ACTH 分泌促進能力を発揮する作用時間が異なること4)がこれまでに研究で分かっています。適切かつ効率的に ACTH 応答を引き起こし、十分なエネルギーを供給するために、ランニング時には AVP と CRH が協調して ACTH 応答を調節しているのかもしれません。

 

今後の展開

 本研究では、視床下部の AVP と CRH が、一過的なランニング時の ACTH 応答を担うことを明らかにしました。今後は、この応答を抑制的に制御する脳内機構を検証し、ランニング時の ACTH 応答の複雑な仕組みをさらに明らかにする予定です。また、運動を習慣的に実施した場合やオーバートレーニングを引き起こすような激しい運動を継続した場合に、ACTH 分泌調節機構がどう変化するかついても検証を進めることで、オーバートレーニングを予防しストレスの有益な効果を引き出せる運動プログラムの開発につながることが期待されます。

 

参考図

図1  ランニング時の ACTH 分泌に対する AVP と CRH の薬理的な作用阻害効果

 30 分間のランニングにより生じる ACTH 応答は、AVP と CRH どちらの作用を阻害しても抑制され、両因子を阻害するとその抑制はより顕著となる。aa: p < 0.01 vs. 0 min. **: p < 0.01 vs. 溶媒投与群. ##: p < 0.01 vs. AVP 拮抗薬投与群. $$: p < 0.01 vs. CRH 拮抗薬投与群.

 

図 2  視床下部 AVP と CRH の神経細胞活性に対するランニングの効果

 ACTH 応答を伴う 30 分間のランニングにより、視床下部の AVP 神経細胞と CRH 神経細胞が活性化した。写真の緑は AVP または CRH 神経細胞、赤は細胞活性マーカーを示す。**: p < 0.01 vs. 安静群.

 

参考文献

1) Saito T and Soya H., Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2004;286(3):R484-90 

2) Timofeeva E et al., Neuroendocrinology. 2003;77(6):388-405

3) Whitnall MH. Prog Neurobiol. 1993;40(5):573-629

4) Carroll JA et al., J Vet Med A Physiol Pathol Clin Med. 2007;54(1):7-14 

 

用語解説

注1)乳酸性作業閾値(LT)

 運動強度が高まると糖の利用が高まり、その際の副産物として乳酸の産生量も増加する。乳酸はそれ自身がエネルギー源ともなるため、運動強度を徐々に高めた際、一定の運動強度までは、乳酸の産生量と利用量の均衡が保たれ血中乳酸濃度は低値で安定する。しかし、この均衡が崩れ、血中乳酸値が急激に上昇する強度がある。これを乳酸性作業閾値といい、中強度の運動で出現する。

 

研究資金

 本研究は、文部科学省教育研究特別基金(征矢代表、1111501004)、日本学術振興会戦略的国際研究交流推進事業費補助金(征矢代表、HFH27016)、科学研究費補助金新学術領域研究(征矢代表、16H06405)、科学研究費補助金基盤研究 A(征矢代表、18H04081、21H04858)、JST 未来社会創造事業(征矢代表、JPMJMI19D5)、筑波大学体育系ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター (ARIHHP) の支援を受けて実施されました。

 

掲載論文

【題  名】

Exercise-induced adrenocorticotropic hormone response is cooperatively regulated by hypothalamic arginine vasopressin and corticotrophin-releasing hormone. 

(運動で誘発される副腎皮質刺激ホルモン応答は視床下部アルギニン・バソプレッシンと副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンによって協調的に調節される) 

【著者名】 

Kanako Takahashi, Takeru Shima, Mariko Soya, Jang Soo Yook, Hikaru Koizumi, Subrina Jesmin, Tsuyoshi Saito, Masahiro Okamoto, Hideaki Soya

【掲載誌】 

Neuroendocrinology 

【掲載日】 

2022 年1月 21 日

【DOI】 

10.1159/000521237

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220128140000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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