冬眠期のツキノワグマ血清には ヒトの筋肉細胞量を増やす効果があることを発見

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【本研究成果のポイント】

  • ・冬眠期において採取したツキノワグマ血清と共にヒト筋肉細胞を培養すると、筋肉細胞の総タンパク質量を増加させることを明らかにしました。
  • ・この筋肉細胞の総タンパク質量の増加は、冬眠期クマ血清の添加が筋タンパク質分解系を抑制することで達成される可能性を示しました。
  • ・これらの成果は、長期間の不活動・栄養不良を経験し、それでもなお筋肉が衰えないという冬眠動物の特徴を説明するものであり、将来的にはヒトの寝たきり防止や効果的なリハビリテーション手法の開発につながることが期待されます。

 

【概要】

広島大学大学院医系科学研究科生理機能情報科学の宮﨑充功准教授は、北海道大学大学院獣医学研究院環境獣医科学分野野生動物学教室の下鶴倫人准教授、坪田敏男教授らの研究グループとの共同研究により、冬眠期ツキノワグマ血清の添加がヒト骨格筋培養細胞のタンパク質分解系を抑制し、筋肉細胞に含まれる総タンパク質量の増加に貢献することを明らかにしました。本研究成果は、アメリカ東部標準時 2022 年 1月 25 日午後 2 時(日本標準時 2022 年 1 月 26 日午後 2 時)に、米国オンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載されました。

 

● 掲載雑誌: PLOS ONE

● URL: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0263085

● 論文題目: Supplementing cultured human myotubes with hibernating bearserum results in increased protein content by modulating Akt/FOXO3a signaling

● 著者: Mitsunori Miyazaki*, Michito Shimozuru, Toshio Tsubota*Corresponding author (責任著者)

● doi: 10.1371/journal.pone.0263085

 

【背景】

骨格筋は身体重量の約 40%程度を占め、力発揮やエネルギー代謝、体熱産生など、ヒトの身体機能を制御する重要な組織の1つです。「筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態」をサルコペニアといい、加齢や不活動、内分泌系因子の変化、骨格筋幹細胞数の減少や活性化不全など様々な要因が複合的に関与することにより引き起こされます。サルコペニアは高齢者の転倒や寝たきりリスクとなるだけでなく、各種疾患への罹患率上昇や生命予後不良、QOL 低下に直結するため、サルコペニアの発症予防方法や効果的なリハビリテーション手法を開発することは、ヒトの健康寿命を延伸する上で極めて重要な課題といえます。

  

ヒト骨格筋の場合、ベッドレストなどの不活動状態に陥ると筋タンパク質量・発揮筋力は 1 日あたり 0.5-1.0%程度の割合で減少し、サルコペニアの進行が加速されます。しかし冬眠動物には、筋肉の大きさや発揮される筋力が冬眠前後で全く変化しない(リスの場合、Andres-Mateos et al., EMBO Mol Med 2013)、または一定程度は減少するがヒトに比較して非常に軽微である(クマの場合、Miyazaki et al.,PLOS ONE 2019)という、骨格筋の萎縮耐性ともいえる未解明の生理機能が存在します。一方で、たとえ冬眠動物であっても、夏季に筋活動量が制限されると筋肉量は大きく減少することも報告されています (Lin et al., J Exp Biol 2012)。

 

つまり冬眠動物における筋肉量維持機構は、リスやクマなど特定の生物種のみが有する生命機能ではなく、冬眠に伴って誘導される何らかの生理学的応答の結果もたらされる適応システムだと考えられています。

 

【研究成果の内容】

宮崎准教授らの研究室ではこれまで、冬眠動物であるツキノワグマを対象とした検討の結果、冬眠中のクマにおける骨格筋の廃用性変化は、ヒトを含むその他の動物種に比較して極めて限定的であることを報告していました(Miyazaki et al., PLOSONE 2019)。この結果は、クマの冬眠中に誘導される何らかの生理学的適応によって、骨格筋を中心とした「廃用症候群に対する耐性」が獲得されるという研究仮説を示唆するものです。

そこで本研究では、実験的に採取したツキノワグマ血清をヒト骨格筋培養細胞に添加するという in vitro*1 の解析系を用いた検討を行ったところ、冬眠期クマ血清の添加により、骨格筋細胞における総タンパク質量が増加することを確認しました。

また冬眠期クマ血清の添加は、タンパク質合成系の制御系である Akt/mTOR 系*2の制御に関与する可能性があること、またタンパク質分解系因子の一つであるMuRF1*3 の発現量を転写因子 FOXO3a の制御系を介して調節することなどを明らかにしました。

 

左図: 分化したヒト骨格筋由来培養細胞、分化マーカーであるミオシン(筋タンパク質の一種)が赤く蛍光染色されている。

右図: 冬眠期クマ血清を 5%濃度で培地に添加すると、活動期血清に比較して筋肉を構成するタンパク質量が増加する。(筋トレの効果と類似した細胞の応答)

 

【今後の展開】

冬眠動物は、生命維持のために一定程度のエネルギー代謝を維持しながら長期間の不活動・栄養不良を経験し、それでもなお筋肉がほとんど衰えないという、不思議な形質を備えています。本研究により、冬眠期のクマ血清に存在する「何らかの因子」がヒト骨格筋培養細胞のタンパク質代謝を制御し、筋肉量維持に貢献する可能性が示されました。しかしながら、この「何らかの因子」の特定には現在も至っていません。

この因子の特定を含め、冬眠動物が有する「使わなくても衰えない筋肉」という未解明の仕組みを明らかにすることで、最終的にはヒトの寝たきり防止や効果的なリハビリテーション手法の開発などが期待されます。

 

【用語解説】

(※1) in vitro
in vitro(イン・ビトロ)とは、“試験管内で(の)”という意味。試験管や培養容器の中でヒトや動物の組織・細胞を用いて、体内と類似した環境を人工的に作り、様々な反応を検出する手法のこと。

(※2) mTOR 系
細胞の中で、ある種のシグナル(情報)が他の種類のシグナルに変換される過程をシグナル伝達という。mTOR(mechanistic target of rapamycin)は、リボゾームにおけるタンパク質合成(翻訳)関連タンパク質の活性化を制御するシグナル分子の一つ。がんやエネルギー代謝など、その他の細胞内現象にも関与することが知られている。

(※3) MuRF1(Muscle RING-Finger Protein 1)
筋肉特異的に発現されるユビキチンリガーゼの一つ。分解したいタンパク質にユビキチンという「目印」をつける役割を持つ。ユビキチン-プロテアソーム系というタンパク質分解経路は、特に筋肉の萎縮時に活性化されることが指摘されている。

詳細▶︎https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/220204_pr3.pdf

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

冬眠期のツキノワグマ血清には ヒトの筋肉細胞量を増やす効果があることを発見

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