群⾺⼤学医学部附属病院検査部の常川勝彦講師、村上正⺒教授らは、アスリートの⾼地トレーニングでの運動ストレスを唾液コルチゾール[1]の⾃動測定により検出する新たな⽅法を確⽴しました。
唾液を⽤いた運動ストレス評価についての本研究は、群⾺⼤学の⼈を対象とする医学系研究倫理審査委員会の審議・承認を経て、ヤマダホールディングス陸上競技部の⼥⼦中⻑距離選⼿の同意・協⼒のもとで実施いたしました。
ストレスマーカーであるコルチゾールは、朝⾼く、夜低くなるという概⽇リズム[2]の影響を受けやすいことが問題とされ、特に早朝でのストレス評価は困難でした。以前、運動前後を含めて断続的に採取した唾液中のコルチゾール濃度を⾃動機器で測定する本⽅法を開発し、この⽅法により強度の異なる運動ストレスを評価した成果を2020年に発表しました。
今回の研究では、本⽅法を⾼地トレーニングに応⽤し、標⾼の異なる⾼地での運動ストレスの違いを唾液コルチゾールの⾃動測定法で評価できることを明らかにしました。唾液で簡便に採取・測定できるこの⽅法は、様々な環境のもとで運動ストレスを受ける多くの競技のアスリートにも応⽤可能であり、適切な練習プログラムの提供に活⽤されることが期待されます。
この成果は2022年6⽉13⽇にScientific Reports誌に掲載されました。
本件のポイント
・臨床現場で⽤いている⾎液中のコルチゾール濃度測定のための⾃動機器を唾液に応⽤することで、簡便な採取と多数検体の測定が可能となりました。
・本⽅法により、これまで概⽇リズムのために評価が困難であった運動による唾液コルチゾール濃度の変化を、どの時間帯でも適切に捉えることが可能となりました。
・本⽅法を⽤いることで、2つの標⾼の異なる⾼地での運動ストレスの違いを検出できたことから、今後様々な環境下でのアスリートのストレス評価への応⽤が期待されます。
本件の概要
ヤマダホールディングス陸上競技部の⼥⼦中⻑距離選⼿12⼈に対して、図1の通り、1,700〜1,800mと1,300〜1,550mの標⾼の異なる⾼地合宿の際に、1⽇8回の唾液採取を2⽇間ずつ⾏いました。それぞれの標⾼地において1⽇2回早朝と午後に⾛⾏練習を⾏い、練習内容は1⽇⽬に低い強度、2⽇⽬に⾼い強度の運動としました。採取した唾液のコルチゾール濃度は、⾎液検査⽤のエクルーシス試薬コルチゾールⅡ(ロシュ・ダイアグノスティックス)を⽤い、⾃動測定機器cobas8000(ロシュ・ダイアグノスティックス)にて測定しました。
図1: 異なる標⾼での⾼地合宿における練習と唾液採取のスケジュール
その結果、図2に⽰すように、朝⾼く、夜低くなるというコルチゾールの概⽇リズムの中で、運動前後でのコルチゾール濃度の変化を検出することができました。
早朝では概⽇リズムの影響を強く受けるため、標⾼や運動強度の違いによらず運動後にコルチゾール濃度が低下するため、午後に⽐べて運動後のコルチゾールの変化を捉えることが困難です。⼀⽅で、図3に⽰すように運動前後でのコルチゾール濃度の変化率を算出し、標⾼の異なる合宿地で⽐較することにより、午後だけでなく早朝でも⾼い標⾼地での練習でコルチゾール変化率が⾼値を⽰すことが明らかとなりました。
図2: 異なる標⾼での⾼地合宿における唾液コルチゾール濃度の概⽇リズム
図3: 異なる標⾼での⾼地合宿における運動前後の唾液コルチゾール濃度変化率の⽐較
社会的意義とこれからの展望
本研究は、⾼地トレーニングにおける運動ストレスの変化を唾液コルチゾールの⾃動測定により評価した初めての報告です。さらに、群⾺県内企業であるヤマダホールディングス所属のトップアスリートとの連携により新たな知⾒を得ることができたことは、県内のスポーツ振興への寄与としても⼤変意義のある成果と考えられます。
近年、アスリートのパフォーマンス向上を⽬的として、⾼地トレーニングは様々なスポーツで取り⼊られています。その⼀⽅で、低酸素への適応不良や過度なストレスなど、⾼地トレーニングは様々な健康障害もきたしうるため、この障害を適切に評価できるマーカーの実⽤化に期待が寄せられています。本研究で⽤いた⽅法は、唾液を⽤いることで医療スタッフのいない運動環境でも簡便に検体の採取ができることから、今後様々な競技への応⽤が期待されます。また、この唾液検体を既存の⾎液⽤の検査試薬や機器を⽤いて測定できることから、多くの医療施設でも実⽤化することが可能です。今回の研究成果は、様々な環境下でのアスリートの運動ストレスの評価を可能とし、その結果に基づく適切な練習プログラムの提供に貢献できることが期待されます。
掲載論⽂
https://www.nature.com/articles/s41598-022-13965-w.pdf
⽤語説明
[1] コルチゾール︓
副腎⽪質から分泌されるステロイドホルモンの⼀つ。運動などの⾝体的ストレスや不安、緊張などの⼼理的ストレスによりコルチゾールの分泌は増加する。コルチゾールは臨床現場では⾎液や尿で主に測定されるが、唾液でも測定できる。唾液中のコルチゾールの測定⽅法は、煩雑な⽤⼿法がこれまで⼀般的であった。
[2] 概⽇リズム︓
⼀般的に体内時計と呼ばれている周期のこと。コルチゾールをはじめとした多くのホルモンは、それぞれ特有の周期で分泌されており、⾎液中の濃度は1⽇(24時間)かけてもとのレベルにもどるよう調節されている。コルチゾールは、早朝に⾼く、午後から夜に低値となる概⽇リズムを持つ。
詳細▶︎https://www.gunma-u.ac.jp/information/134341
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。