【本件のポイント】
・肥満度を表す指標として Body Mass Index が用いられています。本研究では「反実仮想モデル」という手法を用いて、4 年間の BMI の増減が 6 年後の腰痛リスクに影響を及ぼすかどうかを、仮想データと実際のデータを比較して検証しました。
・BMI が 4 年間で 5%増加すると、腰痛の発症リスクが 11%高いことが分かりました。その影響は握力が弱い人に著明で、握力が弱いと BMI が 4 年間で 5%ずつ増加すると、腰痛の発症リスクが 17%高かったが、握力の強い集団においては有意な差は見られませんでした。
・BMI が 4 年間で 10%ずつ減少すると、腰痛の発症リスクが 18%低いことが分かりました。対象者全体でみると、BMI の減少割合が大きくなっても腰痛リスクは大きく減少しませんでした。
【概要】
腰痛は要介護状態を発生させ健康寿命の短縮に大きく影響している症状の一つです。体重の増加は腰痛の危険要因として、減少は腰痛の緩和要因として効果があると考えられています。しかしながら、これまでのところ肥満状態の変化が高齢者において腰痛リスクに及ぼす影響については詳しくわかっていませんでした。また、握力の強弱が肥満状態の変化の腰痛リスクに影響があるかについてもわかっていませんでした。そこで本研究では、肥満状態の変化が腰痛リスクに及ぼす影響を調べるとともに、握力の強弱が肥満状態の変化の腰痛リスクへの影響に違いがあるのかについても検証しました。本研究では 6 年間追跡調査をした英国の大規模データ計6,868 人を対象に、4 年間の肥満度を表す指標である BMI の増減が、6 年後の腰痛リスクに影響を及ぼすかどうかを検証しました。その結果、BMI が 4 年間で 5%ずつ増加すると、腰痛の発症リスクが 11%高いことがわかりました。その影響は握力が弱い人に著明で、握力の弱い集団においては BMI が 4 年間で 5%ずつ増加すると、腰痛の発症リスクが 17%高い結果となりましたが、握力の強い集団においては有意な差は見られませんでした。一方、BMI が 4 年間で 10%ずつ減少すると、腰痛の発症リスクが 18%低いことが分かりました。対象者全体でみると、BMIの減少割合が大きくなっても腰痛リスクは大きく減少しない結果となりました。本研究成果は2022 年 9 月 8 日に国際科学誌 The Journal of Gerontology: Series A に掲載されました。
研究の背景
腰痛は世界的にみて、要介護状態を発生させ健康寿命の短縮に大きく影響している症状の一つとして知られています。特に 50 歳以降、腰痛の有症率は増えるため、高齢社会における大きな問題の一つです。体重の増加は腰痛の危険要因として、減少は腰痛の緩和要因として効果があると考えられています。しかしながら、これまでのところ肥満状態の変化が高齢者において腰痛リスクに及ぼす影響については詳しくわかっていませんでした。また、握力の強弱が肥満状態の変化の腰痛リスクに影響があるかについてもわかっていませんでした。一般的に肥満は死亡などの健康リスクを高めることが知られていますが、全身の筋力の目安指標として用いられている握力の強い人ほど、肥満な高齢者であっても死亡リスクが低いことが報告されていました。そこで本研究では、肥満状態の変化が腰痛リスクに及ぼす影響を調べるとともに、握力の強弱が肥満状態の変化の腰痛リスクへの影響に違いがあるのかについても検証しました。
対象と方法
本研究では 6 年間追跡調査をした英国の大規模データ計 6,868 人を対象としました。腰痛の有無は、ベースライン調査時点、4 年後と 6 年後の調査データを用いており、10 段階における痛みの程度(10が痛みの程度が一番強い)が「5」以上あると回答した者を「腰痛あり」と定義しました。肥満の程度を表す指標として Body Mass Index(BMI)を用いました。BMI は体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で計算することができ、18.5 未満で低体重、18.5 以上 25.0 未満で標準、25.0 以上 30.0 未満で体重過多、30.0 以上で肥満と分類されています。本研究では「反実仮想モデル」という手法を用いて、4 年間の BMI を任意の範囲で仮想的に増減させ、その結果 6 年後の腰痛リスクがどうなるのかという仮想データと実際のデータを比較しました。検証した仮想的な BMI の増減は 5/10/15/20/25%の計 10 通りとし、BMI の 4 年間の変化が 6 年後の腰痛リスクにどのような影響があるのかを調べました。なお、BMI増加は BMI が 18.5 以上の者のみ、減少は BMI が 25.0 以上の者のみ増減するようにしています。解析は対象者全員のデータを用いたものに加えて、ベースライン時の握力のデータを用いて、英国の握力データの 50 パーセンタイルをカットオフ値とした握力の弱い群と強い群に分けた層別解析も行いました。解析では、ベースライン調査時点における性別・人種・最終学歴・年齢・所得・婚姻状態・慢性疾患の有無・関節炎の有無・握力・軽/中/重強度の運動習慣・うつ状態・腰痛の有無に加えて、4 年後調査時点における所得・婚姻状態・慢性疾患の有無・関節炎の有無・握力・軽/中/重強度の運動習慣・うつ状態・腰痛の有無を調整しました。
結果
分析の結果、BMI が 4 年間で 5%ずつ増加すると、腰痛の発症リスクが 11%高くなることがわかりました(図 1)。その影響は握力が弱い人に著明で、握力の弱い集団においては BMI が 4 年間で 5%ずつ増加すると、腰痛の発症リスクが 17%高い結果でしたが(図 2)、握力の強い集団においては有意な差は見られませんでした(図 3)。一方、BMI が 4 年間で 10%ずつ減少すると、腰痛の発症リスクが 18%低くなることがわかりました(図 1)。対象者全体でみると、BMI の減少割合が大きくなっても腰痛リスクは大きく減少しませんでした(図 1)。
結論・本研究の意義
BMI の増加が腰痛のリスクを高めることがわかりました。この影響は、握力が弱い集団において著明であることがわかりました。握力は全身の筋力の目安指標として用いられている指標で、握力が強いほど全身の筋力が高いとされています。つまり、握力が弱い集団で特に肥満の予防や肥満への対策が重要であることが本研究によって明らかになりました。
BMI の減少は腰痛のリスクを低くすることもわかりました。対象者全体でみると、BMI の減少割合が大きくなっても腰痛リスクは大きく減少しませんでした。このことから、BMI が 25.0 以上の体重過多および肥満者に対しては、10%の BMI 減少が腰痛リスク減少のための目安となることが示唆される結果となりました。
図 1. BMI の増減と 6 年後の腰痛の有無(相対リスク比)
図 2. 握力が弱い人を対象とした場合の、BMI の増減と 6 年後の腰痛の有無(相対リスク比)
図 3. 握力が強い人を対象とした場合の、BMI の増減と 6 年後の腰痛の有無(相対リスク比)
【論文情報】
Ikeda T, Cooray U, Suzuki Y, Kinugawa A, Murakami M, Osaka K. Changes in body mass indexon the risk of back pain: Estimating the impacts of weight gain and loss. The Journal ofGerontology: Series A. 2022.
詳細▶︎https://www2.id.yamagata-u.ac.jp/information/bmi45610.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。