目次
- 1. 腸骨筋・腸腰筋の全体像
- 2. 腸骨筋の起始・停止・神経・作用
- 3. 腸腰筋の筋膜
- 4. 主な作用のまとめ
- 5. 臨床的意義
- 6. 腸骨筋の評価(トーマステスト+判別法)
- 7. 腸骨筋のストレッチ
- 8. 腸骨筋の筋力トレーニング
- 9. 腸骨筋のトリガーポイント
- 10. 臨床応用のコツと注意点
- 11. 参考文献
本記事では腸腰筋の中でも腸骨筋に焦点を当て、起始停止・神経支配・作用・触診・評価(トーマステストの判別法)・介入を整理します。トーマステスト陽性時に「腸骨筋・大腿直筋・大腿筋膜張筋・縫工筋」のどれが責任組織かを切り分ける判別法は、臨床推論の精度を大きく上げます。
1. 腸骨筋・腸腰筋の全体像
腸腰筋は2〜3つの筋からなる複合筋で、骨盤と大腿骨を連結します。以下の筋で構成されます。
腸骨筋(Iliacus):腸骨内面(腸骨窩)から起始、大腰筋と合流して小転子に停止
大腰筋(Psoas Major):T12〜L4椎体・横突起・椎間円板から起始、腸骨筋と合流して小転子に停止
小腰筋(Psoas Minor):T12〜L1椎体から起始、腸恥隆起に停止。約40〜50%の人で欠如
共通停止:腸骨筋と大腰筋は共同腱として大腿骨小転子に停止(このため「腸腰筋」と総称される)

2. 腸骨筋の起始・停止・神経・作用
起始:腸骨内面(腸骨窩)、仙腸関節靭帯、仙骨外側
停止:大腰筋腱と合流して大腿骨小転子(共同腱を形成)
神経支配:大腿神経(L2・L3・L4)
主作用:股関節屈曲、骨盤前傾、大腿骨外旋(屈曲位での外旋補助)
姿勢保持作用:立位での腰椎前弯保持、骨盤の動的安定化

臨床のポイント:腸骨筋は大腿神経支配だが、大腰筋は腰神経叢からの直接枝(L1-L3)支配で異なる。L2-L4神経根症では両筋とも障害されうるが、選択的麻痺は稀。
3. 腸腰筋の筋膜
腸腰筋は腸恥筋膜(腸骨筋膜の一部)に覆われており、この筋膜は鼠径部で大腿筋膜に連続します。腸腰筋の硬化・短縮は周囲の血管・神経走行(大腿神経・大腿動静脈)に影響を与え、大腿前面しびれや循環障害の遠因にもなりえます。
臨床のポイント:腸腰筋の筋膜は腰部・骨盤・大腿前面を縦断的につなぐため、鼠径部痛・大腿前面痛・腰痛が連動して訴えられる症例では、腸腰筋筋膜の評価が有効。

4. 腸骨筋の主な作用のまとめ
① 股関節屈曲:最も強力な股関節屈筋。歩行のスイング期、立ち上がり、階段昇降で主働
② 骨盤前傾:両側収縮で骨盤前傾を誘導、腰椎前弯保持
③ 体幹屈曲(座位):体幹固定下では大腿を引き寄せるが、座位では体幹を前屈させる
④ 立位姿勢制御:直立時の体幹後傾を抑制し、垂直軸を保持
⑤ 屈曲位での外旋補助:股関節屈曲時には外旋作用に転じる
5. 腸骨筋の臨床的意義
腸腰筋(腸骨筋+大腰筋)の機能不全は、姿勢・歩行・腰痛・転倒リスクなど多くの問題と関連します。
短縮(硬化)の影響:骨盤前傾増大、腰椎前弯過剰、立位での体幹前傾、股関節伸展制限、反張膝
筋力低下の影響:歩行時の足の引きずり、つまずき、階段昇降困難、椅子からの立ち上がり困難、転倒リスク増加
関連する病態:変形性股関節症・腰椎椎間板ヘルニア後の屈筋拘縮、長期座位生活者の慢性腰痛、高齢者のサルコペニア性歩行障害
高齢者での重要性:腸腰筋の筋断面積は転倒・歩行能力と強く相関
Ikezoe 2011[1]
臨床のポイント:高齢者の歩行能力評価では、CT・MRIによる腸腰筋断面積(PMI:Psoas Muscle Index)が予後予測指標として注目されている。サルコペニア評価の補助指標としても有用。
6. 腸骨筋の評価
トーマステスト(Thomas Test)
手順:患者背臥位、両膝を抱えて骨盤を後傾位に固定。検査側下肢をベッド上に伸展させ、対側膝は抱えたまま。
陽性所見:検査側大腿がベッドから浮く(股関節屈曲拘縮)。
主たる対象組織:腸腰筋(腸骨筋+大腰筋)
信頼性:検者間 ICC 0.60〜0.91(骨盤後傾の固定が前提)
Vigotsky 2016[2]

トーマステスト陽性時の責任組織判別法
① 大腿が浮き、膝が伸展する:大腿直筋の短縮(二関節筋として股屈+膝伸が連動)
② 大腿が浮き、外転する:大腿筋膜張筋・腸脛靭帯の短縮
③ 大腿が浮き、外旋する:縫工筋の短縮
④ 大腿は浮くが膝伸展なし・外転なし・外旋なし:腸腰筋(腸骨筋+大腰筋)の純粋な短縮
臨床のポイント:トーマステスト陽性で「責任組織は何か」を切り分けるとリハ介入の精度が上がる。膝伸展なら大腿直筋(リリース・ストレッチ)、純粋な大腿浮上なら腸腰筋(PNF・伸張・筋膜リリース)と方針を変える。
大腿直筋短縮との判別

膝が伸展する=大腿直筋短縮を示唆。エリーテスト(Ely's Test)で確認することも可能。
大腿筋膜張筋・縫工筋との判別

外転=大腿筋膜張筋(TFL)/外旋=縫工筋。Ober Testで TFL/ITB 評価を補完。
7. 腸骨筋のストレッチ
ランジ式腸腰筋ストレッチ
手順:膝立ちランジ姿勢で患側を後方に。骨盤を後傾させながら(腰椎を反らさず)前方に重心移動し、患側股関節前面の伸張感を得る。両手は前膝に。
狙い:腸骨筋・大腰筋・大腿直筋の伸張
頻度:30秒×3セット、左右、1日2回
臨床のポイント:腰椎を反らせると腰部痛の原因になるため、必ず骨盤後傾+腹圧で行う。鏡で姿勢確認しながら。


8. 腸骨筋の筋力トレーニング
座位ニーアップ(チューブトレーニング)
手順:椅子座位、患側足首にエクササイズチューブの輪を引っ掛け、もう一方を反対側の足で踏む。患側膝を持ち上げ(股屈曲90度以上)下ろすを繰り返す。
狙い:腸腰筋の選択的筋力強化
頻度:10〜15回×3セット、1日1回

ハンギングレッグレイズ
手順:鉄棒・懸垂バーにぶら下がり、両膝を曲げたまま胸に近づける(または伸ばしたまま挙上)。
狙い:腸腰筋+腹直筋下部の同時強化
注意:腰部の反り(過伸展)に注意、骨盤後傾を意識する

9. 腸骨筋のトリガーポイント
腸腰筋のトリガーポイントは深部に位置するため触診が難しいですが、活性化すると腰部・鼠径部・大腿前面に関連痛を引き起こします(Travell & Simons の関連痛パターン)[3]。慢性腰痛・鼠径部痛の原因となりやすく、長時間座位での悪化が特徴です。
関連痛パターン:腰部(脊柱起立筋部)、鼠径部、大腿前面上部
誘発因子:長時間座位、繰り返し腹筋運動、過度のストレッチ、急激な前屈動作
触診部位:腸骨内面(背臥位で患者の腹圧が緩んだ状態で)、大腿三角内(鼠径靭帯遠位、大腿動脈外側)

臨床のポイント:原因不明の慢性腰痛で「座位で悪化/前屈で痛む/立位の方が楽」というパターンは腸腰筋トリガーポイントを疑う。深部触診では大腿動脈に注意して圧迫を避ける。
10. 臨床応用のコツと注意点
トーマステストは「責任組織判別」とセット
「陽性/陰性」だけでなく、大腿の浮き方・膝伸展・外転・外旋のパターンで責任組織(腸腰筋/大腿直筋/TFL/縫工筋)を切り分けると介入精度が上がる。
骨盤後傾を必ず固定する
トーマステスト・ストレッチともに、骨盤後傾の固定が前提条件。固定が不十分だと腰椎前弯による代償が入り、評価・介入の精度が大きく落ちる。
高齢者では「腸腰筋断面積」を意識する
腸腰筋断面積は転倒リスク・歩行能力と相関するため、高齢者リハでは断面積維持のトレーニング(ニーアップ・スクワット)を意識的に組み込む。
腸腰筋トリガーポイントは慢性腰痛の盲点
「整形外科で異常なし」と言われた慢性腰痛で、座位悪化・前屈痛・立位楽のパターンは腸腰筋TPを疑う。深部触診と関連痛確認で診断する。
腰椎を反らせるストレッチは禁忌
腸腰筋ストレッチで腰椎前弯を強めると、椎間関節・椎間孔のストレスが増す。骨盤後傾+腹圧を維持することが必須。
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11. 参考文献
- 【1】Ikezoe T, Mori N, Nakamura M, Ichihashi N. Atrophy of the lower limbs in elderly women: is it related to walking ability? Eur J Appl Physiol. 2011;111(6):989-95.
- 【2】Vigotsky AD, Lehman GJ, Beardsley C, Contreras B, Chung B, Feser EH. The modified Thomas test is not a valid measure of hip extension unless pelvic tilt is controlled. PeerJ. 2016;4:e2325.
- 【3】Travell JG, Simons DG. Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual. Vol. 2. Lippincott Williams & Wilkins; 1992.
- 【4】Ferguson LW, Gerwin R. Clinical Mastery in the Treatment of Myofascial Pain. Lippincott Williams & Wilkins; 2005.
- 【5】Sajko S, Stuber K. Psoas Major: a case report and review of its anatomy, biomechanics, and clinical implications. J Can Chiropr Assoc. 2009;53(4):311-8.
- 【6】Hu H, Zhang J, Lu Y, Zhang Z, Qu B, Liao X, et al. Association between Sarcopenia and Prognosis of Hepatocellular Carcinoma: A Systematic Review and Meta-Analysis. Front Nutr. 2022;9:842382.
理学療法士として整形外科クリニックで3年間勤務し、肩・膝・腰など運動器疾患のリハビリテーションに従事。BCリーグ(プロ野球独立リーグ)のチームトレーナーとしてアスリートのコンディショニングに携わるほか、東京2020パラリンピックでは理学療法士ボランティアとして車椅子バレーの競技サポートに参加。







