日本の介護保険制度が2000年に導入されてから約20年がたちました。この間、介護費の地域差が指摘されてきました。介護サービスを公平かつ効率的に提供するためには、より最近のデータでその程度を把握し、関連する要因は何かを検討することが求められています。 本研究では、一般公開されている2019年度の「介護保険事業状況報告」と「社会・人口統計体系」のデータを用い、自治体(市区町村)における高齢者1人当たりの年間介護費の地域差を把握し、その差を説明できる要因を解析しました。
解析対象となった1460自治体で、高齢者1人当たり年間介護費は約13万円〜55万円(最大/最小比 4.1倍)でした。自治体ごとの年齢・性別の分布を統計学的に調整後も、最大/最小比は3.6倍と大きな地域差がありました。さらに、地域差を説明できる要因としては、自治体における要介護認定率及び重度要介護者の割合の高さの説明率が高いことが明らかになりました。
本研究の結果を基に、介護費の高い自治体においては、介護予防対策などを実施して要介護認定率や重度要介護者の割合を改善し、それが介護費低下につながるかを検証していくことが望まれます。
本研究と並行し、筑波大学ヘルスサービス開発研究センターは、無料アプリ「あなたの街の介護が見える」を開発、公開(https://longtermcare.md.tsukuba.ac.jp/)しました。本研究で収集・整理した一般公開情報を用い、各市区町村の住⺠や行政担当者が介護に関する統計を簡便、迅速に確認できるようにしたものです。開発に際し、筑波大学発ベンチャー・輝日株式会社の協力を得ました。
研究代表者
筑波大学 医学医療系/ヘルスサービス開発研究センター
田宮 菜奈子 教授
研究の背景
日本の介護保険制度は、2000 年に導入されてから約 20 年がたちました。利用者本位の介護サービスを、所得によらず公平かつ効率的に提供するために構築されたものです。基本的に介護費の1割を利用者が負担し、残りは介護保険料と公費(税金)で半分ずつ賄われています。公費の 1/4 は市区町村が負担しており、地域のニーズによって自治体の財政にかかる負担は異なることになります。
以前から自治体間の介護費の地域差は指摘されてきましたが、より最近のデータで地域差の程度を把握することが重要です。また、その地域差に関連する要因について、これまで十分な検討は行われていませんでした。
研究内容と成果
本研究では、一般公開されている2019 年度の「介護保険事業状況報告」(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450351&tstat=000001031648)と「社会・人口統計体系」(https://www.e-stat.go.jp/stat-search?page=1&toukei=00200502)のデータ用いました。自治体(市区町村)別の高齢者1人当たりの年間介護費の地域差の現状を把握し、さらに地域差を説明できる要因を明らかにすることを目的としています。
自治体別の高齢者1人当たりの年間介護費は、その自治体の介護費総額を 65 歳以上の高齢者の数で割って算出しました。さらに、地域差を説明し得る要因として、上述の公開データの中から、需要(demand)に関する項目(自治体の年齢構成、性別構成、要介護度の内訳、要介護認定率)、供給 (supply)に関する項目(自治体の介護施設ベッド数、介護従事者数、要介護認定者の中のサービス利用者割合)、構造(structure)に関する項目(財政力指数および失業率)を選出しました。多変量線形回帰分析注1)によるShapley アプロ―チと呼ばれる手法を用いて、各項目の地域差(分散)が介護費の地域差(分散)を説明できる割合(Shapley %R2)を計算しました。
小規模(人口が 2000 人未満)の自治体や複数の市町村が集まった「連合(union)」を除き、最終的に解析に含まれた 1460 自治体において、高齢者1人当たりの年間介護費は、約 13 万円〜55 万円(最大/最小比 4.1 倍)であり、大きな地域差があることが明らかになりました(参考図)。自治体ごとの年齢・性別の分布を統計学的に調整しても、最大/最小比は 3.6 倍であり、年齢・性別だけでは説明できない大きな地域差があると考えられました。
一方、多変量線形回帰分析の結果、上述の選択項目により自治体間の介護費の分散の 84%を説明することができました。特に、需要要因の説明力が著しく高く(Shapley %R2 の合計値 85.7%)、中でも自治体における要介護認定率(Shapley %R2 22.8%)及び重度(要介護度 3〜5)の要介護者の割合の高さ(Shapley %R2 32.7%)が、介護費の地域差の多くを説明できることが明らかになりました。
今後の展開
本研究では、一般公開されている最新の公的統計データを用い、高齢者1人当たりの介護費には(年齢・性別を統計学的に調整しても)大きな地域差があることを確認しました。さらに、その大部分を需要要因(特に、自治体の要介護認定率および重度要介護者の割合の高さ)が説明できることを明らかにしました。本研究の結果を基に、介護費の高い自治体において、介護予防などの対策を進めて要介護認定率や重度要介護者の割合などの指標を改善することにより、最終的に介護費を下げることができるかを検証していくことが望まれます。
【無料アプリ「あなたの街の介護が見える」の開発・リリースについて】
論文発表と並行し、筑波大学ヘルスサービス開発研究センターは、各市区町村の住⺠や行政担当者が介護に関する統計をすぐに確認できる無料アプリ「あなたの街の介護が見える」を開発し、公開しました(https://longtermcare.md.tsukuba.ac.jp/)。本研究にあたって収集・整理した一般公開情報を用いたもので、筑波大学発ベンチャーである輝日株式会社の協力を得ました。自治体の介護の実態を把握し、介護負担を減らすための議論のきっかけとなることを期待しています(図2)。
参考図
図1:介護費の地域差(論文のFigure 1(a)より引用改変)
注1:解析対象となった 1460 自治体を(292 自治体ずつ)5等分し色分けした。
注2:介護保険広域連合に含まれている 219 市町村および小規模の市町村。
注3:沖縄を左上に移動した地図である。
図2:無料アプリ「あなたの街の介護が見える」のフロントページ(https://longtermcare.md.tsukuba.ac.jp/)
用語説明
注1)多変量線形回帰分析 複数の予測変数(本研究では自治体の年齢構成、性別構成、要介護度の内訳、要介護認定率、自治体の介護施設ベッド数、介護従事者数、要介護認定者の中のサービス利用者割合、財政力指数、失業率)からアウトカム(本研究では自治体別の高齢者1人当たりの年間介護費)を線形関係として最もよく表す数式を作成すること。
研究資金
本研究は日本学術振興会科研費 JP22K17299 の助成(研究代表者:金雪瑩)を受けて実施されました。
掲載論文
【題名】
Regional variation in long-term care spending in Japan. (日本における介護費の地域差)
【著者名】
Jin X※1),2)(金雪瑩), Iwagami M(岩上将夫)1)、3), Sakata N(佐方信夫)1)、3)、4), Mori T(森隆浩)1)、5), Uda K(宇田和晃)1)、3), Tamiya N(田宮菜奈子)1)、3) ※は責任著者
1)筑波大学ヘルスサービス開発研究センター
2)国立研究開発法人 国立⻑寿医療研究センター
3)筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野
4)医療法人平成博愛会
5)国際医療福祉大学成田病院
【掲載誌】
BMC Public Health
【掲載日】
2022 年 9 月 23 日
【DOI】
https://doi.org/10.1186/s12889-022-14194-6
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220930140000.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。