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言語機能における「小脳」の役割を解明―脳のメカニズム理解に新たな視点を提供―

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東海大学[高輪校舎]情報通信学部の中谷裕教講師、東京大学大学院総合文化研究科の中村優子准教授、帝京大学先端総合研究機構の岡ノ谷一夫教授の共同研究グループは、主に大脳皮質左半球※1が関与していると考えられていた言語機能において、新たに小脳※2が関与していることを明らかにしました。この研究をまとめた論文が、2022年8月4日(木)に国際学術誌『The Cerebellum』(オンライン版)へ掲載されました。

<本件のポイント>

・主に大脳皮質左半球が関与していると考えられていた言語機能への小脳の関与を発見

・小脳右外側部に文法処理と意味処理のそれぞれを担う部位を発見

・言語機能を実現している脳のメカニズムを理解するための新たな視点を提供

■研究概要 

言語機能には大脳皮質左半球が関与していること、また、言語機能に伴って小脳が活動を示すことは、すでに明らかになっています。しかし、言語機能における小脳の役割はこれまで知られていませんでした。本研究では、日本語の短文を読んでいる時の脳活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)※3で計測したところ、文法処理と意味処理のそれぞれに対応した部位が大脳皮質左半球だけでなく小脳右外側部にも存在していることを明らかにしました。 

小脳の外側部はヒトの進化の過程において、ここ数百万年で急激に大きくなったことがわかっています。この領域が言語機能に関与していることを示す本研究成果は、言語の起源と進化を考える上で重要な視点を提供すると期待されます。なお、本研究は文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「共創的コミュニケーションのための言語進化学」の助成を受けて行われました。

■研究背景 

言語はヒトの知性を特徴付ける高次認知機能の一つです。ブローカ野※4やウェルニッケ野※5に代表されるように、大脳皮質の左半球が言語機能に関与していることは従来から知られていました。一方、脳機能イメージングの技術が発達して言語機能に関わる脳活動を計測できるようになると、小脳の右外側部も言語機能に関連して活動を示すことがわかってきました。しかし、小脳の代表的な機能は身体の制御などの運動機能であると考えられており、言語機能における役割は明らかになっていませんでした。 

小脳の外側部はヒトの進化の過程において、ここ数百万年で急激に大きくなったことが知られています。そのため研究グループは、言語のようなヒトを特徴付ける高次認知機能に小脳外側部が密接に関与しているのではないかとの仮説を立て、言語機能における小脳の役割の検証を試みました。

■研究手法と成果 

日本語を母国語とする28人に対して日本語の短文を提示し、その時の脳活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で計測しました。実験ではまず「太郎は花子が試験に合格したと聞いた」のような埋め込み構造のある文を提示して、埋め込みの深さと脳活動の関係を評価しました。文法処理の責任部位としては、大脳皮質左半球にあるブローカ野がよく知られていますが、ブローカ野だけでなく小脳右外側部にあるCrus-I※6という部位が埋め込みの深さに対応した脳活動を示しました(図1)。また、ブローカ野とCrus-Iの脳活動は同期しており、これらの部位が連携して文法処理を行っていることがわかりました。 

次に、①並び替えがなく意味が通るもの、②文節レベルで並び替えて意味が推測できるもの、③単語レベルで並び替えて意味が理解できないもの、この3種類の短文を提示して、並び替えのレベルと脳活動の関係を評価しました。その結果、文法処理には大脳皮質左半球にある側頭葉前部や角回(かくかい)※7が知られていますが、これらの領域だけでなく小脳右外側部にあるCrus-II※8という部位が並び替えのレベルに対応した脳活動を示しました(図2)。また、側頭葉前部や角回とCrus-IIの脳活動は同期しており、これらの部位が連携して意味処理を行っていることがわかりました。

■今後の展開 

ヒトの進化の過程において急激に大きくなった小脳外側部が言語機能に関与しているという事実は、ヒトだけが言語を獲得できたことに大きく関係している可能性を示しています。音声コミュニケーションを多用する鳥類・齧歯類(げっしるい)・霊長類を対象とした動物研究と本研究成果を融合させることで、言語の起源と進化に関する研究が進展するものと期待されます。

■論文情報

雑誌名:The Cerebellum

論文タイトル:Respective Involvement of the Right Cerebellar Crus I and II in Syntactic and Semantic Processing for Comprehension of Language

著者名:Hironori Nakatani, Yuko Nakamura, Kazuo Okanoya

DOI:https://doi.org/10.1007/s12311-022-01451-y

<用語解説>

※1 大脳皮質左半球

人間の大脳は他の動物と比較すると大きく発達しており、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉の4つの部分に分けられている。大脳の表面を覆っているものが大脳皮質であり、認知、情動、運動などの高次機能を担っている。また、大脳は左半球と右半球の2つに分かれており、言語機能に関する部位は主に左半球に存在する。

※2 小脳

小脳は大脳の後方下部に位置している。大きさは大脳の1/10程度であるが、約千億個程度と非常に多くの神経細胞が存在している。小脳の主な役割は運動の制御であり、視覚や触覚などのさまざまな感覚情報と脳から筋肉に向かう運動指令を統合してスムーズな運動を実現している。また、最近は認知機能への関与についても注目されている。

※3 機能的磁気共鳴画像法(fMRI)

核磁気共鳴と呼ばれる物理現象を利用して脳活動を画像化する方法。脳のある部位が活動するとその周辺の酸素が消費されるが、すぐに血流量が増加して消費した以上の酸化ヘモグロビンが供給される。この結果、脳活動が生じた部位の脱酸化ヘモグロビン濃度が一時的に減少する。脱酸化ヘモグロビン濃度の減少は核磁気共鳴信号を強めるため、脳活動の部位を観察することが可能になる。

※4 ブローカ野

脳外科医のポール・ブローカが1861年に報告した失語症患者は、言語理解やその他の認知機能は比較的保たれていたものの、「タン、タン」としか発話することができなかった。この患者が損傷していた大脳皮質左半球の前頭葉の部位は発話や文の階層構造の処理に関与しており、ブローカ野と呼ばれている。

※5 ウェルニッケ野

1874年、脳外科医のカール・ウェルニッケは大脳皮質左半球の側頭葉のある部位を損傷すると言語の理解が困難になることを報告した。この部位はウェルニッケ野と呼ばれている。

※6 Crus-I

小脳の外側部に位置する脳部位。人間への進化の過程で、最近数百万年間で急激に大きくなった脳部位の1つでもある。大脳皮質の前頭前野と結びついていることから高次の認知機能への関与について注目されている。

※7 角回(かくかい)

大脳皮質の頭頂葉に位置する脳部位。語彙や意味処理に関与しており、音声情報と語彙意味情報の統合も担っている。角回を損傷すると、物体認識は行えるが文字を読むことができなくなる読字障害が生じる。

※8 Crus-II

Crus-Iと同様に小脳の外側部に位置し、人間への進化の過程で急激に大きくなった脳部位。大脳皮質の前頭前野と結びついていることから高次の認知機能への関与について注目されている。

詳細▶︎https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20221007100000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

言語機能における「小脳」の役割を解明―脳のメカニズム理解に新たな視点を提供―

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