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レントゲン1枚から「X線年齢」を算出 -新しい健康指標として期待-

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理化学研究所(理研)生命医科学研究センター 循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チームの伊藤 薫 チームリーダー、家城 博隆 研修生(研究当時、現 理研 生命医科学研究センター 循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チーム 訪問研究員、東京大学医学部附属病院 循環器内科 医師、榊原記念病院 非常勤研究員)、東京大学大学院 医学系研究科 循環器内科学分野の小室 一成 教授、榊原記念病院の佐地 真育 医長、長友 祐司 医長、井口 信雄 副院長・主任部長、吉川 勉 研究所・研修所所長、磯部 光章 院長らの共同研究グループは、胸部X線(レントゲン)画像から患者の年齢を推定する人工知能(AI)[1]モデルを開発し、その臨床的有用性を明らかにしました。

本研究成果の「X線年齢」は、一般診療で異常なしとされる画像からもより詳細にリスクを検証できる可能性を示すと同時に、心臓病に関する新たな健康の指標として臨床での応用が期待できます。

加齢やそれに伴う老化は、心臓病を含むさまざまな疾患の原因となるため、これまでに加齢や老化の程度を推定する手法の開発が多く試みられてきました。しかし、胸部X線画像のみから年齢を推定する手法や、推定した年齢の心臓病などへの医学的な意味付けは分かっていませんでした。

今回、共同研究グループは、AIを用いて胸部X線画像1枚から患者の年齢を推測するモデルを開発し、このAIモデルによる推定精度は胸部X線の診断に長けた専門医を上回る精度を示しました。また、推定年齢(X線年齢)を心不全患者1,562人に当てはめたところ、心疾患などの併存疾患がある患者はX線年齢が実年齢よりも高く推定されることが分かりました。さらにX線年齢が実年齢よりも高い患者は、低い患者に比べて、心不全による再入院・死亡率が有意に高いことも明らかになりました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Communications Medicine』(12月9日付)に掲載されました。

X線年齢の臨床応用のイメージ

 

背景

加齢やそれに伴う老化は、心臓病を含むさまざまな疾患の原因となります。この加齢・老化の程度を推定するため、これまでにさまざまな手法の開発が試みられてきました。血管の動脈硬化や呼吸機能検査の検査値から推定される「血管年齢」や「肺年齢」は健康の指標として広く用いられています。

近年、深層学習(ディープニューラルネットワーク)[2]の発展により、磁気共鳴画像法(MRI)[3]などの医療画像から年齢推定を試みる研究が報告されています。深層学習を用いて心電図1枚から年齢を推定するAIモデルは、年齢を6.9歳の絶対誤差で推定可能であり、その推定した年齢が心疾患の併存率などに関連していることが報告されています注1)。また、頭部MRI画像から年齢を推定するAIモデルは、推定した年齢が将来の認知症発症頻度に関連することが報告されています注2)。このように、医療画像から推定した年齢が健康指標として有用である可能性があり、注目を集めています。

胸部X線(レントゲン)は最も多く行われる医療画像検査の一つで、心疾患・肺疾患などの診断や経過観察に広く用いられています。しかし、胸部X線画像から患者の年齢を正確に推定することができるか、医師による推定と比較して精度が高いのか、推定年齢と実年齢との差が与える心疾患への医学的な意義は十分に分かっていませんでした。

 

注1)Johnny Wang et al, Age and Sex Estimation Using Artificial Intelligence From Standard 12-Lead ECGs. Circ Arrhythm Electrophysiol. 2019; 12(9):e007284

注2)Johnny Wang et al, Gray Matter Age Prediction as a Biomarker for Risk of Dementia. Proc Natl Acad Sci U S A. 2019; 116(42):21213-21218

 

研究手法と成果

共同研究グループは、胸部X線画像の公共のデータベースである米国のNIH Chest X-rayデータセット注3)から10万枚以上のX線データを用いて、胸部X線の正面画像1枚のみから患者の年齢を推定するAIモデルを開発・検証しました。深層学習のモデルには、Squeeze-and-Excitation Network(SENet)という畳み込みニューラルネットワーク[4]モデルを用いました。

日本放射線技術学会が所有するJSRTデータという日本人の胸部X線からなる独立したテストデータ[5](245枚の胸部X線画像)を用いて、AIモデルの精度を検証したところ、平均絶対誤差4.95歳、推定年齢と実年齢の相関は0.916(ピアソンの相関係数)と高精度に年齢推定可能なことが分かりました(図1左)。また、医師による年齢推定精度と比較するために、同じ245枚の胸部X線画像を用いて、循環器内科医師、呼吸器内科医師、放射線専門医の合計7名による年齢推定を行いました。7名の医師による年齢推定精度は、平均絶対誤差10.9歳、推定年齢と実年齢の相関は0.698(ピアソンの相関係数)とAIモデルの精度に及びませんでした(図1右)。

 

図1 AIモデルによる年齢推定精度(左)と医師による年齢推定精度(右)

AIモデル(左)は平均して5歳以下の誤差で、年齢を正確に推定することができ、医師7名による複合的な推定(平均誤差10.9歳)よりも高精度であった。

 

続いて、このAIモデルにより推定した年齢、すなわち「X線年齢」が持つ臨床的意義を調べるため、米国NIHデータセットの胸部X線画像にこのAIモデルを当てはめて、患者の病歴や予後との関連を解析しました。その結果、胸部X線画像に胸水[6]や線維化[7]などの異常所見を持つ患者では、X線年齢が実年齢よりも高齢に推定されることが分かりました。

また、榊原記念病院に心不全のため入院した1,562人のデータベースを用いて、入院時のX線年齢を算出し、X線年齢と患者の併存疾患との関連を検討しました。その結果、高血圧症や心房細動・心房粗動を持つ患者では、X線年齢が実年齢よりも1歳程度高齢に推定されることが明らかになりました(図2)。これらの結果から、X線年齢が胸部X線画像の異常所見や患者の隠れた合併症を推測するのに役立つ可能性が示されました。

 

図2 併存疾患がX線年齢に与える影響

高血圧症、心房細動・心房粗動の併存疾患を持つ患者は、それぞれ0.87歳、1.22歳、X線年齢が高めに推定されることが明らかになった。

 

また、X線年齢と1,562人の心不全患者の予後との関連を検討したところ、X線年齢が実年齢よりも高齢に推定された患者では、心不全による再入院および死亡率の頻度が有意に高いことが明らかになりました(図3)。米国の集中治療に関するデータベースであるMIMIC-IVデータ注4)の中で心疾患のために集中治療室に入院した患者においても、やはりX線年齢が高齢に推定された患者は死亡率が高いことが分かりました。X線年齢が併存疾患の指標だけでなく、寿命にも関連することを示唆する結果です。

 

図3 X線年齢と心不全の予後との関連

X線年齢が高齢に推定された患者群(緑)は、若く推定された患者群(青)と比較して心不全による再入院率や死亡率が有意に高い。(年齢、性別、腎機能、貧血、心不全のマーカーなどの因子を補正したCox proportional hazard modelによる生存解析)

 

注3)Wang X et al. ChestX-ray8: Hospital-scale Chest X-ray Database and Benchmarks on Weakly-Supervised Classification and Localization of Common Thorax Diseases. IEEE CVPR 2017,

注4)MIMIC-IV database

 

今後の期待

本研究では、胸部X線画像1枚から高い精度で年齢を推定するAIの開発に成功しました。このAIモデルは医師による年齢推定よりも高精度であり、さらにX線から推定されるX線年齢が併存疾患や心疾患による寿命と関連していることを世界で初めて明らかにしました。これはこのAIモデルを用いることで、胸部X線画像1枚から患者の加齢・老化を推定でき、一般診療で見逃される異常にも注意喚起できる可能性があることを示唆する結果です。

胸部X線という最も広く用いられている医療画像検査の新しい活用方法およびX線年齢という新たな健康指標の有用性を示すものとして、臨床での応用が期待できます。

 

補足説明

1.人工知能(AI)

人間が行う複雑なタスクや知的な振る舞いを、ソフトウェアを用いて人工的に模倣するコンピューターシステム。

2.深層学習(ディープニューラルネットワーク)

機械学習の手法の一つ。脳の神経細胞を模した構造で、多層のニューラルネットワークを指す。他の機械学習手法では、捉えられないような複雑な特徴を学習できるという特性を持つ。

3.磁気共鳴画像法(MRI)

生体内に存在する水素原子核と外部からの電磁波の相互作用を利用し、生体内情報を可視化する方法。医療や脳科学研究に広く用いられる生体画像化法の一つ。MRIはMagnetic Resonance Imagingの略。

4.畳み込みニューラルネットワーク

他のニューラルネットワーク同様いくつかの層で構成されるが、畳み込み層で入力データを特定の畳み込みフィルターを通すことによって、特定の特徴を活性化する。画像の中からパターンを見つけるのに有用であり、画像以外にも音声認識、ゲノムデータ解析などにも応用される。

5.テストデータ

AIモデルの性能を判定するために用いられる独立したデータ。統計学や機械学習モデルの性能評価に、訓練データだけでは学習されたモデルを十分に評価できないという問題(過剰適合や過学習と呼ばれる)がある。この問題を解決するために、学習に用いないデータを用意し、学習モデルの評価を行う。

6.胸水

胸部X線画像の所見の一つで、胸腔に溜まった液体のこと。心不全や肺炎、肺がんなどの心疾患、肺疾患を示唆する。

7.線維化

胸部X線画像の所見の一つで、肺のすりガラス状の陰影のこと。間質性肺炎などの肺疾患を示唆する。

 

共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター

循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チーム

チームリーダー 伊藤 薫(イトウ・カオル)

研修生(研究当時)家城 博隆(イエキ・ヒロタカ)(現 理研生命医科学研究センター 循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チーム 訪問研究員、東京大学医学部附属病院 循環器内科 医師、榊原記念病院 非常勤研究員)

 

東京大学

大学院医学系研究科 循環器内科学分野

教授 小室 一成(コムロ・イッセイ)医学部(循環器内科学)

講師 赤澤 宏(アカザワ・ヒロシ)大学院医学系研究科 先進循環器病学講座

特任准教授 藤生 克仁(フジウ・カツヒト)医学部附属病院 循環器内科

助教[特任講師(病院)] 小寺 聡(コデラ・サトシ)

助教 東邦 康智(ヒガシクニ・ヤストミ)

 

榊原記念病院

院長 磯部光章(イソベ・ミツアキ)

研究所・研修所所長 吉川 勉(ヨシカワ・ツトム)

副院長・主任部長 井口 信雄(イグチ・ノブオ)

医長 佐地 真育(サヂ・マイク)

医長 長友 裕司(ナガトモ・ユウジ)

医師 高田 香織(タカダ・カオリ)

医師 苅安 俊哉(カリヤス・トシヤ)

医師 町田 治彦(マチダ・ハルヒコ)

 

東京工業大学 工学院システム制御系システム制御コース

准教授 川上 玲(カワカミ・レイ)

 

研究支援

本研究は科学研究費助成事業基盤研究(B)「心不全発症の基盤となる心筋脆弱性を規定する遺伝要因の解明」(研究代表者:伊藤薫)、榊原記念病院非常勤研究員制度「ディープラーニングを用いた医療画像からの新たな健康指標の構築」(研究者:家城博隆)による助成を受けて行われました。

 

原論文情報

Hirotaka Ieki, Kaoru Ito*, Mike Saji, Rei Kawakami, Yuji Nagatomo, Kaori Takada, Toshiya Kariyasu, Haruhiko Machida, Satoshi Koyama, Hiroki Yoshida, Ryo Kurosawa, Hiroshi Matsunaga, Kazuo Miyazawa, Kouichi Ozaki, Yoshihiro Onouchi, Susumu Katsushika, Ryo Matsuoka, Hiroki Shinohara, Toshihiro Yamaguchi, Satoshi Kodera, Yasutomi Higashikuni, Katsuhito Fujiu, Hiroshi Akazawa, Nobuo Iguchi, Mitsuaki Isobe, Tsutomu Yoshikawa, Issei Komuro*, "Deep learning-based age estimation from chest X-rays indicates cardiovascular prognosis", Communications Medicine, 10.1038/s43856-022-00220-6

 

詳細▶︎https://www.riken.jp/press/2022/20221215_2/index.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

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