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慢性期脊髄損傷に対する細胞移植の治療効果を高めることに成功-リハビリテーションとの併用治療で運動機能回復-

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慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授、整形外科学教室の中村雅也教授、名越慈人専任講師、柴田峻宏助教、リハビリテーション医学教室の田代祥一非常勤講師らを中心とした研究グループは、慢性期の脊髄損傷モデルマウスにヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞を移植し、強度漸増型のトレッドミル歩行訓練(注 1)によるリハビリテーションを併用することで、運動機能や組織学的所見を回復させることに成功しました。

これまで本研究グループでは、亜急性期の脊髄損傷に対するヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞移植の有効性を報告してきましたが、治療感受性の乏しい慢性期の脊髄損傷に対する細胞移植の治療効果は限定的であり、薬剤やリハビリテーションなどの併用療法の必要性が指摘されていました。リハビリテーション治療の最適化へ向け、本研究グループは、これまでに脊髄損傷モデルマウスに対する強度漸増型のトレッドミル歩行訓練方法を開発し(参考 1)、この方法を用いることで、慢性期であっても、腰髄における神経栄養因子発現や神経活動性の上昇を伴って、ある程度の運動機能改善効果を発揮することを報告していました。今回、脊髄損傷の慢性期モデルマウスを用いて、臨床研究に耐えうる品質水準のヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞の移植と前述した訓練法によるリハビリテーションの併用治療を行い、その効果を検証しました。リハビリテーション治療の併用により、移植された神経幹/前駆細胞の生存率が向上し、成熟ニューロンへの分化が促進されました。さらに、損傷部を含む脊髄組織内において神経栄養因子がより多く発現し、脊髄内の神経活動性の亢進や縫線核脊髄路神経線維(注 2)の増加を認めました。結果として、細胞移植とリハビリテーションの併用治療は細胞移植の単独治療よりも、優れた運動機能回復を示しました。

今回の研究は、慢性期脊髄損傷に対してヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞移植とリハビリテーションの併用治療を検討した初めての報告であり、臨床における慢性期脊髄損傷に対する再生医療の治療基盤を構築する上で、非常に大きな成果であると考えます。

本研究成果は、2023 年 1 月 17 日(米国東部時間)に、STEM CELLS Translational Medicineのオンライン版に掲載されました。

 

研究の背景と概要

脊髄損傷は、中枢神経である脊髄実質に対して、外傷等による損傷を契機とし、損傷部以下の永続的な麻痺、感覚障害、膀胱機能障害といった重度の身体障害を呈する病態です。脊髄損傷により生じた麻痺などの機能障害に対しては、未だ根本的かつ有効な治療法は確立されていません。しかし、近年の基礎研究の目覚ましい進歩により、再生不可能と考えられてきた損傷脊髄においても適切な環境が整えば再生することが明らかになり、さまざまな治療方法が開発されています。

本研究グループは、脊髄損傷に対するヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞を用いた細胞移植治療の研究に取り組んでおり、主に亜急性期の脊髄損傷動物モデルに対して、その有効性を示してきました。そもそも、脊髄損傷は受傷から間もない急性期および亜急性期と、時間の経過した慢性期とでは治療感受性が大きく異なります。脊髄損傷患者のほとんどは、治療感受性の乏しい慢性期に当たるため、慢性期脊髄損傷に対する治療は重要な課題です。慢性期脊髄損傷に対するヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞移植の治療効果は限定的であり、移植細胞を機能的に宿主の神経回路に組み込むためのリハビリテーションなどの併用が必要不可欠であると考えられています。そこで本研究グループでは、将来を見越してリハビリテーション治療の最適化を目指し、必要十分な負荷・時間の運動療法を可能とする強度漸増型のトレッドミル歩行訓練方法を開発していました。

本研究では、慢性期脊髄損傷に対する細胞移植とリハビリテーションの併用治療に注目し、相乗効果による運動機能の改善を期待しました。脊髄損傷マウスにヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞を移植した上で、トレッドミル歩行訓練によるリハビリテーション治療を行い、その有効性を検証しました。

 

研究の成果と意義・今後の展開

脊髄圧座損傷マウスに対して、慢性期にあたる損傷後 49 日目にヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞を移植し、その 3 日後より強度漸増型トレッドミル歩行訓練を合計 8 週間行った訓練群と、訓練を行わなかった非訓練群とで比較検討を行いました。その結果、以下のことが明らかとなりました。

 

(1)訓練群は、非訓練群と比較し、移植した細胞の生存率が向上し、より多くの細胞が成熟ニューロンへ分化しました。さらに、訓練群では、腰髄において神経活動性の亢進とマウスの運動機能回復に重要であるセロトニン陽性神経線維の増加を認めました。

(2)訓練群は、非訓練群と比較し、脊髄組織内における BDNF や NT-3 といった神経栄養因子の蛋白の発現が増加しました。

(3)脊髄損傷後に低下したマウスの後肢運動機能は、非訓練群に比べて訓練群が有意に改善しました。

 

以上の結果から、トレッドミル歩行訓練を用いたリハビリテーション治療は、脊髄組織内において神経栄養因子の発現を増強し、さらに移植細胞の生存向上と分化促進、腰髄における神経活動性の亢進に関与したと考えられました。そして、ヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞移植とリハビリテーションの相乗効果によって、宿主の脊髄神経回路にさまざまな可塑的変化が生じ、運動機能の回復につながることが明らかとなりました(図 1)。

 

【図 1】本研究のまとめ。ヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞移植とリハビリテーションの併用治療による相乗効果によって、慢性期脊髄損傷マウスの運動機能は回復しました。

 

特記事項

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化研究拠点(拠点 A)「iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」、慶應義塾大学医学部研究奨励費及び一般社団法人日本損害保険協会交通事故医療研究助成の支援によって行われました。

 

論文

英文タイトル:Rehabilitative Training Enhances Therapeutic Effect of Human-iPSCDerived Neural Stem/Progenitor Cells Transplantation in Chronic SpinalCord Injury

タイトル和訳:リハビリテーション治療は慢性期脊髄損傷に対するヒト iPS 細胞由来神経幹/前駆細胞移植の治療効果を向上させる

著者名:柴田峻宏、田代祥一*、芝田晋介、篠崎宗久、信藤知子、橋本将吾、河合桃太郎、北川剛裕、吾郷健太郎、松本守雄、中村雅也、岡野栄之*、名越慈人*

(* Corresponding authors)

掲載誌:STEM CELLS Translational Medicine オンライン版

DOI:10.1093/stcltm/szac089

 

【用語解説】

(注 1)トレッドミル歩行訓練:リハビリテーション治療のひとつであり、回転するベルトの上を歩かせる訓練のことです。ベルトの速度は手動で調整することができます。

(注 2)縫線核脊髄路神経線維:脳、脊髄内の神経伝導路のひとつであり、セロトニンを主な伝達物質としています。マウスでは歩行パターンの改善に寄与すると報告されてい

ます。

 

【参考】

(参考 1)論文「慢性脊髄損傷モデルマウスに対する過負荷の原理に基づくトレッドミル訓練は運動機能の改善を促進する」

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0014488621002429?via%Dihub

 

詳細▶︎https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2023/2/3/28-135209/

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

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