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反復的なトレーニングで高齢者の認知機能と手指巧緻性が向上する

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手指巧緻性トレーニング機器を開発し、これを用いて高齢者が自発的に自宅で12週間、毎日トレーニングを行ったところ、複雑な動作を伴う手指巧緻性および認知機能が向上することを確認しました。

手指巧緻性は、物を持ち運んだり、文字を書いたり、料理をしたり、ボトルの蓋を開けたりするなど、いわゆる手段的日常生活動作に直結する重要な身体機能の一つです。この機能は、加齢により低下し、とりわけ高齢者においては、認知機能とも関連することが知られています。本研究では、手指巧緻性の動作を繰り返す(トレーニングする)と認知機能を選択的に向上させることができるのではないかという仮説を立て、その検証を行いました。また、手指巧緻性動作のトレーニング中における脳への刺激(認知負荷)の有無についても確認しました。

茨城県内在住高齢者57名(平均年齢:73.6±6.1歳,女性割合:68.4%)を対象に、無作為でトレーニング群28名(平均年齢:72.9±5.6歳,女性割合:67.9%)と対照群29名(平均年齢:74.4±6.5歳,女性割合:69.0%)に振り分け、トレーニング群には12週間の手指巧緻性動作トレーニングを毎日行いました。その結果、トレーニングの難易度が高くなるほど、前頭前野の脳血流が増大することを確認され、認知機能の中でも実行機能が、コントロール群に比べて介入群で有意に改善されました。実行機能以外の認知機能においても、トレーニング群の方が大きい効果量を示しました。以上より、手指巧緻性動作トレーニングにより、高齢者の手指巧緻性と認知機能を改善できることが明らかになりました。

 

研究代表者

筑波大学体育系

大藏倫博教授

 

研究の背景

手指巧緻性注1)は、物を持ち運んだり、文字を書いたり、料理をしたり、ボトルの蓋を開けたりするなど、いわゆる手段的日常生活動作に直結する重要な身体機能の一つですが、加齢によりその機能は低下します。本研究グループはこれまでに、高齢者の身体機能の中で認知機能と一番強く関連する項目は手指巧緻性であることを発見しており(尹&大藏ら2010)、他の先行研究でも、認知機能低下者をスクリーニングするツールとして手指巧緻性が有効であるなど(Sobinov & Bensmaia, 2021;Diamond, 2013)、高齢者の手指巧緻性が認知機能と関連するエビデンスが蓄積されつつあります。

本研究グループは、作業療法分野で手指動作を訓練・評価するペグ移動テストと、紙とボールペンを使って数字やひらがなを順番に早く結ぶ認知機能テスト(トレイルメイキングテスト注2))を結合したトレイルメイキングペグテスト注3)を開発するとともに、非接触センサーおよび表示パネルを追加することで、自動測定が可能となり、自宅でも一人で利用できるような手指巧緻性トレーニング機器に改良しました(図1)。これにより、毎回、課題が無作為で表示させることが可能で、学習効果を取り除いたトレーニングができるようになりましたが、そのトレーニング効果についてはまだ検討されていませんでした。そこで本研究では、この手指巧緻性トレーニング機器を、茨城県内に在住する高齢者57名に配布し、自宅で毎日トレーニングを行うことが、認知機能および手指巧緻性に及ぼす効果を検討しました。

 

研究内容と成果

まず、トレーニングの課題が脳への刺激(認知負荷注4))を有するのかを調べるため、調査対象者57名に対して、機能的近赤外線分光法を用いて課題中における前頭前野の脳血流の活性化(ヘモグロビン濃度の上昇)を確認しました(図2)。この57名を無作為でトレーニング群(n = 28)、 対 照 群 (n= 29)に振り分け、7種の手指巧緻性トレーニングモード(Aモード:数字の順番にペグを差し込む、Bモード:数字とひらがなを交互に差し込む、Cモード:ペグを数字の順番に差し入れて抜くことを繰り返す、Fモード:横に並ぶ記号のうち異なる記号を見つけ出す、Mモード:最初のパターンを覚えて別の作業後に思い出す、Pモード:上部にあるペグを中部の穴に片手で全部動かす、Vモード:もぐらたたきのように、光る箇所に差し込む)を毎日、約20分間行いました。月・水・金曜日は利き手(右手)を、火・木・土曜日は非利き手(左手)の訓練日とし、日曜日は、1週間において足りないと思った側の手を訓練しました。また、トレーニング群には、スタッフが週1回、電話にて実践状況、機器に不具合などがないかの確認を行いました。対照群は、普段通りの生活を維持しました。機器に保存される記録を集計した結果、全トレーニングモードにおいて、週ごとに手指巧緻性が改善していく様子が確認できました(図3)。

また、認知機能の評価として、ストループテスト注5)(実行機能注6))と運転免許更新用認知機能検査(記憶力、判断力)、また、手指巧緻性の評価として、パーデューペグボードテスト注7)を用いました。12週間の介入の結果、トレーニング群は、ストループテストのうちストループ干渉注8)が、介入前に比べて良好に短縮されました(図4a)。また、パーデューペグボードテストの中で、両手を使って複数のパーツを組み立てる課題において介入前に比べて良好に改善しました(図4b)。運転免許更新用認知機能検査の得点においてもトレーニング群の方が対照群に比べて効果量が大きいという結果が得られました。

以上のことから、認知機能と関連すると知られていた手指巧緻性をピンポイントで訓練することで認知機能を向上させることが明らかになりました。認知機能が優れている者が手指巧緻性が良好なのか、手指巧緻性が優れている者が認知機能が良好なのか、という因果関係は、これまで明確になっていませんでしたが、手指巧緻性を反復的にトレーニングすることで認知機能を改善できることが分かりました。

 

今後の展開

本研究では、比較的健康な高齢者が対象であったため、今回の結果を一般化するには限界があります。今後、認知症や軽度認知症(認知症の前段階)の高齢者の更なる増加が想像されることを踏まえると、こういった高齢者を対象に、手指巧緻性トレーニングの認知機能への効果をより詳細に検証していくことが重要な課題です。

 

参考図

図1本研究で用いた手指巧緻性トレーニング機器

中部のパネルに表示される課題に対して、上部に刺されている赤いペグを中部の穴に素早く動かして差し込む。ペグには非接触センサーが付けられており、正解でない場所に差し込むと警告音が鳴る。計7種のトレーニングモードがある。

 

図2 Pモード、Aモード、Bモードにおける課題実行中の前頭前野の脳血流の活性化

いずれも横軸は課題実行時間を表し、100%で課題完了となる。$:PモードとAモードとの有意な違い。*:PモードとBモードとの有意な違い。#:AモードとBモードとの有意な違い。

図3 全モードのトレーニング期間中の記録の変化推移

時間(秒)が短いほど、また、ペグ本数(個)が多いほど、手指巧緻性が良好であることを意味する。

 

図4介入前後におけるストループ干渉(実行機能)と組立課題(複雑で難しい手指巧緻性課題)の結果

時間(秒)が短いほど、また、ペグ本数(個)が多いほど、認知機能が良好であることを意味する。

 

用語解説

注1)手指巧緻性

指先の器用さ、精巧で緻密な作業ができること。

注2)トレイルメイキングテスト

無作為に散らばった数字、もしくは数字とひらがなを、できるだけ早く順番に線で結ぶ認知機能テスト。注意機能、ワーキングメモリ、視空間探索、処理速度などを総合的に評価することができる。

注3)トレイルメイキングペグテスト

ペグ移動テストとトレイルメイキングテストを結合した身体機能テスト。手指巧緻性が測定できる。

注4)認知負荷

課題遂行中に脳に与えられる刺激。知覚負荷、視覚負荷、動作負荷で構成される。

注5)ストループテスト

赤、⻘、緑など、色名の単語が表す色とは異なる色で実際に印字された色名の単語を読み上げるテスト。認知機能のうち実行機能の評価ができる。

注6)実行機能

複雑な課題を実行するために、注意や行動を適切に制御する機能。

注7)パーデューペグボードテスト

ピン、ワッシャー、カラーなどを組み立て、より複雑で難しい手指巧緻性を測定するテスト。

注8)ストループ干渉

色から分かる情報と意味がわかる情報が矛盾している場合、即座に色を判断できなくなる現象。

 

研究資金および利益相反の開示

本研究は、科研費による研究プロジェクト(21F21110)、JST共創の場形成支援プログラム(JPMJPF2017)および株式会社ニューコム、株式会社地球快適化インスティテュートからの研究助成を受けて実施されました。また、本研究に用いた手指巧緻性トレーニング機器は、株式会社ニューコム社から無償提供を受けました。なお、本機器は、筑波大学と株式会社ニューコム社により特許を共同出願(特開2019-187682)しています。

 

掲載論文

【題名】

Effects ofhome-based manual dexteritytraining on cognitive function among older adults:a randomized controlled trial.(自宅で行う手指巧緻性トレーニングが高齢者の認知機能に及ぼす効果:ランダム化比較試験)

【著者名】

Jaehoon Seol, Namhoon Lim, Koki Nagata, Tomohiro Okura

【掲載誌】

European Review ofAging and PhysicalActivity

【掲載日】

2023年4月22日

【DOI】

10.1186/s11556-023-00319-2

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20230502140000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

反復的なトレーニングで高齢者の認知機能と手指巧緻性が向上する

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