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日本全国の在宅療養高齢者におけるポリファーマシーの実態

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医療経済研究機構(東京都港区、所長:遠藤久夫)は、当機構研究部副部長の浜田将太らが行った、日本全国の在宅療養高齢者におけるポリファーマシー注1の実態に関する研究成果を「Journal of General Internal Medicine」にて発表しましたので、その概要をお知らせいたします。

匿名レセプト情報・匿名特定健診等情報データベース(NDB)注2 を用いて、訪問診療を受けた 75 歳以上の高齢者に処方された薬剤を分析し、2015 年と 2019 年で比較を行いました。この期間は、高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015(日本老年医学会編)の発表、高齢者の医薬品適正使用の指針 総論編・各論編(療養環境別)(厚生労働省)の発表、薬剤総合評価調整管理料/加算の新設といった、様々なポリファーマシー対策が実施された時期にあたります。

薬剤種類数や多剤処方(5 種類以上と定義)の割合は 2015 年と 2019 年で同程度でしたが、薬物治療内容が変化していることが明らかとなりました。高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015 に基づく、高齢者に特に慎重な投与を要する薬物(potentially inappropriate medications、PIM)のうち、処方頻度の高いものでは、ベンゾジアゼピン系睡眠薬/抗不安薬・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬や H2 受容体拮抗薬の処方割合は低下したものの、利尿薬や認知症患者への抗精神病薬の処方割合は低下しませんでした。

本研究により、在宅療養高齢者の薬物治療には良い変化がみられましたが、継続的な課題や新たな課題も特定することができました。安全かつ効果的な在宅医療を実現するためには、今後も薬物治療の最適化に注力する必要があることが示唆されます。

背景と目的

高齢化が進むにつれ、在宅療養高齢者も増加することが見込まれています。日本では、医療・介護資源の確保や高齢者の在宅療養の希望を満たすため、在宅医療が推進されています。在宅療養高齢者は、様々な疾患や機能制限を有していることが多く薬物有害事象のリスクが高い状態にあることから、薬物治療の効果だけではなく、安全性にも十分に注意を払う必要があります。例えば、在宅療養高齢者における多剤併用や PIM の処方は、入院リスクと関連することがわかっています。しかし、日本における在宅療養高齢者のポリファーマシーの実態については、十分に調査されていませんでした。

一方で、近年、高齢者のポリファーマシーの問題の解消に向けた動きが活発化しており、主なものとして、高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015(日本老年医学会編、2015 年)や高齢者の医薬品適正使用の指針 総論編・各論編(療養環境別)(厚生労働省、2018 年及び 2019 年)の発表、薬剤種類数の削減を診療報酬で評価する薬剤総合評価調整管理料/加算の新設(2016年)がありました。このような背景の中、本研究では、2015年から2019年にかけて、在宅療養高齢者の薬物治療がどうのように変化したのか、特にPIMの処方変化に着目して検討を行いました。

 

主な成果

匿名レセプト情報・匿名特定健診等情報データベース(NDB)を用いて、訪問診療を受けた 75 歳以上の高齢者に処方された薬剤を分析し、2015 年(499,850 人)と 2019 年(657,051 人)で比較を行いました。薬剤の評価は、各年 10 月の最初の訪問診療日から 30 日間に処方された薬剤(主に内服薬)を対象とし、レセプト上から頓服薬とされるものなどを除外して行いました。ランダム効果ロジスティック回帰分析を用いて、一部の対象者(140,399 人)の両年での重複を考慮して、統計学的な調整を行った上で、調査年と処方との関連を評価しました。

薬剤種類数は、両年ともに中央値で 6 種類、四分位範囲で 4~9 種類であり、また多剤処方(5 種類以上の処方と定義)の割合も約 70%と変化はありませんでした。2015 年と 2019 年で処方を比較すると、処方頻度の高い PIMでは、ベンゾジアゼピン系睡眠薬/抗不安薬・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が17.6%減少し(調整後オッズ比:0.52)、H2受容体拮抗薬が 35.3%減少(調整後オッズ比:0.45)したものの、利尿薬や認知症患者への抗精神病薬の処方に減少はみられませんでした。

本研究では、PIM 以外の薬剤の処方状況もあわせて検討することにより、以下に例示するように、PIMの処方についてより深く理解することができました。まず、睡眠薬全体としては処方割合に変化はみられなかったものの、その内訳は変化しており、PIMであるベンゾジアゼピン系睡眠薬の処方が減少し、新しい種類の睡眠薬(ラメルテオンやスボレキサント)の処方が増加していました。このことは、薬剤の中止が難しい場合であっても、より安全な代替薬が利用できる場合には、薬剤選択が変化し、より安全な薬物治療につなげることができることが示唆されます。次に、抗認知症薬では、コリンエステラーゼ阻害薬からメマンチンへのシフトがみられました。その背景のひとつとして、メマンチンの認知症の周辺症状(behavioral and psychological symptoms of dementia、BPSD)への有用性が期待されていることがあると推察されます。一方で、抗精神病薬(認知症患者の BPSD に用いられるが PIM である)の処方は減少していないことから、少なくとも在宅医療の状況において、認知症患者の BPSD への対応が難しいことを示唆するものと考えられ、継続的な課題といえます。

最後に、胃酸分泌抑制薬のうち、PIM である H2 受容体拮抗薬の処方が減少し、プロトンポンプ阻害薬の処方が増加していました。プロトンポンプ阻害薬は、高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015ではPIMとされていないものの、腎疾患、感染症、骨折等のリスクと関連していることが近年明らかになっています。この場合、課題の解決(H2 受容体拮抗薬の処方が減少)とともに、新たな課題(プロトンポンプ阻害薬の処方が増加)が生じている可能性があります。

研究の意義と今後の展開

本研究は、NDB を用いて、在宅療養高齢者の薬物治療の実態を明らかにした初めての研究です。広範囲にわたる様々な薬剤の処方実態を示したことで、薬剤種類数だけではなく、その内訳がどのように変化しているのかが明らかとなりました。今後注意すべき課題を示した点、今後も在宅医療において薬物治療の最適化に注力する必要があることに改めて注意喚起を行った点に意義があると考えます。今後の展開としては、特定された課題をどのように解決していくか、という次の段階に研究を進めていきたいと考えています。

用語解説

注1:単に服用する薬剤数が多いことではなく、それに関連して薬物有害事象のリスク増加、服薬過誤、服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態、と定義されています(厚生労働省.高齢者の医薬品適正使用の指針 総論編.2018年5月.)。

注2:全国の保険医療機関から発行された診療報酬明細書をデータベース化したもので、第三者提供という形で匿名化データの研究利用が可能となっています。

研究資金

本研究は、科学研究費補助金 若手研究「地域包括ケアの実践・発展に向けた地域在住高齢者の不適切な多剤処方の適正化」(20K18868)(研究代表者:浜田将太)および科学研究費補助金 基盤研究(C)「高齢者のフレイルや要介護状態に応じた薬物療法の実態とアウトカム」(22K10406)(研究代表者:浜田将太)の助成を受けたものです。

書誌情報

著者と所属:

浜田将太 1,2,3,*、岩上将夫 2、佐方信夫 2,4、服部ゆかり 5、木棚究 3、石崎達郎 6、田宮菜奈子 2、秋下雅弘 5、山中崇 3(* 連絡責任著者)

  1.  一般財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構 研究部
  2.  筑波大学医学医療系 ヘルスサービスリサーチ分野
  3.  東京大学大学院医学系研究科 在宅医療学講座
  4.  平成医療福祉グループ総合研究所
  5.  東京大学大学院医学系研究科 加齢医学講座
  6.  東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム

タイトル:

Changes in Polypharmacy and Potentially Inappropriate Medications in Homebound Older Adults in Japan, 2015–2019: a Nationwide Study

雑誌名:

Journal of General Internal Medicine

DOI 番号 :

10.1007/s11606-023-08364-4

掲載日:

2023年8月24日 オンライン掲載

詳細▶︎https://www.ihep.jp/

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

日本全国の在宅療養高齢者におけるポリファーマシーの実態

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